日本が次世代「Zettaスケール」スーパーコンピュータ構築へ──FugakuNEXTプロジェクトの全貌

2025年8月、日本は再び世界のテクノロジー界に衝撃を与える発表を行いました。理化学研究所(RIKEN)、富士通、そして米国のNVIDIAという三者の強力な連携によって、現行スーパーコンピュータ「富岳」の後継となる 次世代スーパーコンピュータ「FugakuNEXT(富岳NEXT)」 の開発が正式に始動したのです。

スーパーコンピュータは、単なる計算機の進化ではなく、国家の科学技術力や産業競争力を象徴する存在です。気候変動の解析や新薬の開発、地震や津波といった自然災害のシミュレーション、さらにはAI研究や材料科学まで、幅広い分野に応用され、その成果は社会全体の安全性や経済成長に直結します。こうした背景から、世界各国は「次世代の計算資源」をめぐって熾烈な競争を繰り広げており、日本が打ち出したFugakuNEXTは、その中でも極めて野心的な計画といえるでしょう。

今回のプロジェクトが注目される理由は、単に処理能力の拡大だけではありません。世界初の「Zettaスケール(10²¹ FLOPS)」に到達することを目標とし、AIと従来型HPCを有機的に融合する「ハイブリッド型アーキテクチャ」を採用する点にあります。これは、従来のスーパーコンピュータが持つ「シミュレーションの強み」と、AIが持つ「データからパターンを学習する力」を統合し、まったく新しい研究アプローチを可能にする挑戦でもあります。

さらに、日本は富岳の運用で得た経験を活かし、性能と同時にエネルギー効率の改善にも重点を置いています。600 exaFLOPSという途方もない計算能力を追求しながらも、消費電力を現行の40メガワット水準に抑える設計は、持続可能な計算基盤のあり方を示す挑戦であり、環境問題に敏感な国際社会からも注目を集めています。

つまり、FugakuNEXTは単なる「富岳の後継機」ではなく、日本が世界に向けて示す「未来の科学・産業の基盤像」そのものなのです。本記事では、このFugakuNEXTプロジェクトの概要、技術的特徴、国際的な意義、そして同世代に登場する海外のスーパーコンピュータとの比較を通じて、その全貌を明らかにしていきます。

FugakuNEXTの概要

FugakuNEXTは、日本が国家戦略として推進する次世代スーパーコンピュータ開発計画です。現行の「富岳」が2020年に世界ランキングで1位を獲得し、日本の計算科学を象徴する存在となったのに続き、その後継として 「世界初のZettaスケールを目指す」 という野心的な目標を掲げています。

プロジェクトの中心となるのは、理化学研究所(RIKEN)計算科学研究センターであり、システム設計は引き続き富士通が担います。そして今回特筆すべきは、米国のNVIDIAが正式に参画する点です。CPUとGPUという異なる計算リソースを融合させることで、従来以上に「AIとHPC(High-Performance Computing)」を両立させる設計が採用されています。

基本情報

  • 稼働予定地:神戸・ポートアイランド(富岳と同じ拠点)
  • 稼働開始予定:2030年前後
  • 開発予算:約1,100億円(7.4億ドル規模)
  • 計算性能目標:600 exaFLOPS(FP8 sparse演算)、実効性能は富岳の100倍規模
  • 消費電力目標:40メガワット以内(現行富岳と同等水準)

特に注目されるのは、性能向上と消費電力抑制の両立です。富岳は約21.2MWの電力を消費して世界最高性能を実現しましたが、FugakuNEXTはそれを大きく超える計算能力を、同水準の電力枠内で達成する設計となっています。これは持続可能な計算資源の実現に向けた大きな挑戦であり、日本が国際的に評価を受ける重要な要素となるでしょう。

富岳からの進化

「富岳」が従来型シミュレーションを中心に性能を発揮したのに対し、FugakuNEXTはAI活用を前提としたアーキテクチャを採用しています。すなわち、AIによる仮説生成・コード自動化と、シミュレーションによる精緻な実証の融合を可能にするシステムです。この融合は「AI for Science」と呼ばれ、次世代の研究手法として世界的に注目を集めています。

また、研究者や産業界が早期にソフトウェアを適応させられるよう、「virtual Fugaku」 と呼ばれるクラウド上の模擬環境が提供される点も特徴です。これにより、本稼働前からアプリケーション開発や最適化が可能となり、2030年の立ち上げ時点で即戦力となるエコシステムが整うことが期待されています。

国家戦略としての位置づけ

FugakuNEXTは単なる研究用の計算資源ではなく、気候変動対策・防災・エネルギー政策・医療・材料科学・AI産業など、日本の社会課題や経済競争力に直結する幅広い分野での利用が想定されています。そのため、文部科学省をはじめとする政府機関の全面的な支援のもと、国を挙げて推進されるプロジェクトとして位置づけられています。

つまり、FugakuNEXTの概要を一言でまとめるなら、「日本が科学・産業・社会基盤の未来を切り開くために投じる最大規模の計算資源」 ということができます。

技術的特徴

FugakuNEXTが世界的に注目される理由は、その計算性能だけではありません。

AIとHPCを融合させるための 革新的なアーキテクチャ設計、持続可能性を意識した 電力効率と冷却技術、そして研究者がすぐに活用できる 包括的ソフトウェアエコシステム によって、従来のスーパーコンピュータの枠を超える挑戦となっています。

ハードウェア構成 ― MONAKA-X CPU と NVIDIA GPU の融合

従来の「富岳」がArmベースの富士通A64FX CPUのみで構成されていたのに対し、FugakuNEXTでは 富士通のMONAKA-X CPUNVIDIA製GPU を組み合わせたハイブリッド構成が採用されます。

  • MONAKA-X CPU:富士通が新たに開発する高性能CPUで、メモリ帯域・並列処理能力を大幅に強化。大規模シミュレーションに最適化されています。
  • NVIDIA GPU:AI計算に特化した演算ユニットを搭載し、FP8やmixed precision演算に強みを発揮。深層学習や生成AIのトレーニングを高速化します。
  • NVLink Fusion:CPUとGPU間を従来以上に高帯域で接続する技術。データ転送のボトルネックを解消し、異種アーキテクチャ間の協調動作を実現します。

この組み合わせにより、物理シミュレーションとAI推論・学習を同一基盤で効率的に動かすことが可能になります。

ネットワークとI/O設計

スーパーコンピュータの性能を支えるのは、単なる計算ノードの集合ではなく、それらをつなぐ 超高速ネットワーク です。FugakuNEXTでは、富岳で培った独自のTofuインターコネクト技術をさらに発展させ、超低レイテンシかつ高帯域の通信基盤を構築します。

また、大規模データを扱うためのI/O性能も強化され、AI学習に必要な膨大なデータを効率的に供給できるストレージアーキテクチャが採用される予定です。

電力効率と冷却技術

FugakuNEXTが目標とする「600 exaFLOPS」という規模は、従来なら数百メガワット規模の電力を必要とすると予想されます。しかし本プロジェクトでは、消費電力を40メガワット以内に抑えることが掲げられています。

  • 高効率電源ユニットや冷却技術(水冷・液冷システム)を採用し、熱効率を最大限に向上。
  • 富岳で実績のある「液浸冷却」をさらに進化させ、安定稼働と環境負荷軽減を両立させることが期待されています。 この点は「環境負荷を最小限にした持続可能な計算資源」として、国際的にも高く評価されるでしょう。

ソフトウェア戦略 ― AIとシミュレーションの融合

ハードウェアに加えて、FugakuNEXTはソフトウェア面でも先進的です。

  • Mixed-precision演算:AI分野で活用されるFP16/FP8演算をHPCに取り込み、効率的な計算を可能にします。
  • Physics-informed neural networks(PINN):物理法則をAIに組み込むことで、従来の数値シミュレーションを補完し、より少ないデータで高精度な予測を実現。
  • AI for Science:AIが仮説生成や実験設計を支援し、シミュレーションでその妥当性を検証するという新しい科学研究モデルを推進。

これらにより、従来は膨大な計算資源を必要とした研究課題に対しても、より短時間かつ低コストで成果を出せる可能性があります。

研究支援基盤 ― virtual Fugaku と Benchpark

FugakuNEXTでは、研究者が本稼働を待たずに開発を始められるよう、「virtual Fugaku」 と呼ばれるクラウド上の模擬環境が提供されます。これにより、2030年の稼働開始時点から多数のアプリケーションが最適化済みとなることを狙っています。

さらに、米国エネルギー省と連携して開発された Benchpark という自動ベンチマーキング環境が導入され、ソフトウェアの性能測定・最適化・CI/CDが継続的に実施されます。これはスーパーコンピュータ分野では革新的な取り組みであり、従来の「一度作って終わり」ではなく、持続的な性能改善の仕組み を確立する点で大きな意義を持ちます。

まとめ

FugakuNEXTの技術的特徴は、単なる「ハードウェアの進化」ではなく、計算機科学とAI、そして持続可能性を統合する総合的な設計にあります。

MONAKA-XとNVIDIA GPUの協調、消費電力40MWの制約、virtual Fugakuの提供など、いずれも「未来の研究・産業の在り方」を見据えた選択であり、この点こそが国際的な注目を集める理由だといえるでしょう。

同世代のスーパーコンピュータとFugakuNEXT

以下は、2030年ごろの稼働を目指す日本のFugakuNEXTプロジェクトと、ヨーロッパ、イギリスなど他国・地域で進行中のスーパーコンピューティングへの取り組みを比較したまとめです。

国/地域プロジェクト名(計画)稼働時期性能/規模主な特徴備考
日本FugakuNEXT(Zettaスケール)約2030年600 exaFLOPS(FP8 sparse)AI‑HPC統合、消費電力40MW以内、MONAKA‑X+NVIDIA GPU、ソフトウェア基盤充実 世界初のZettaスケールを目指す国家プロジェクト
欧州(ドイツ)Jupiter2025年6月 稼働済み約0.79 exaFLOPS(793 petaFLOPS)NVIDIA GH200スーパーチップ多数搭載、モジュラー構成、暖水冷却、省エネ最優秀 現時点で欧州最速、エネルギー効率重視のAI/HPC共用機
欧州(フィンランド)LUMI2022年~稼働中約0.38 exaFLOPS(379 petaFLOPS 実測)AMD系GPU+EPYC、再生可能エネルギー100%、廃熱利用の環境配慮設計 持続可能性を重視した超大規模インフラの先駆け
欧州(イタリア)Leonardo2022年~稼働中約0.25 exaFLOPSNVIDIA Ampere GPU多数、異なるモジュール構成(Booster/CPU/Front-end)、大容量ストレージ 複数モジュールによる柔軟運用とAI/HPC併用設計
イギリス(事業中)Edinburgh Supercomputer(復活計画)/AIRR ネットワーク2025年以降に整備中Exascaleクラス(10^18 FLOPS)予定国家規模で計算資源20倍へ拡張、Isambard-AIなど既設施設含む UKのAI国家戦略の中核、再評価・支援の動きが継続中

注目点

  • FugakuNEXT(日本)は、他国のスーパーコンピュータを上回る 600 exaFLOPS級の性能を目指す最先端プロジェクトで、Zetta‑スケール(1,000 exaFLOPS)の世界初実現に挑戦しています  。
  • ドイツの「Jupiter」はすでに稼働中で 約0.79 exaFLOPS。AIとHPCを両立しつつ、エネルギー効率と環境設計に非常に優れている点が特徴です  。
  • フィンランドの「LUMI」約0.38 exaFLOPSの運用実績をもち、再生エネルギーと廃熱利用など環境配慮設計で注目されています  。
  • イタリアの「Leonardo」約0.25 exaFLOPS。多モジュール構成により、大規模AIとHPCの両用途に柔軟に対応できる構造を採用しています  。
  • イギリスは国策として 計算資源20倍への拡大を掲げ、Isambard‑AIなどを含むスーパーコンピュータ群とのネットワーク構築(AIRR)を含めた強化策を展開中です  。

FugakuNEXTの国際的意義

  1. 性能の圧倒的優位性  FugakuNEXTは600 exaFLOPSを目指し、「Zetta-スケール」に挑む点で、現在稼働中の最先端機をはるかに上回る性能規模です。
  2. 戦略的・統合的設計  AIとHPCを統合するハイブリッドプラットフォーム、さらに省電力や環境配慮に対しても後発設計で対処されている点で、JupiterやLUMIと比肩しつつも独自性があります。
  3. 国際的競争・協調との両立へ  2025年までには欧州における複数のエクサ級スーパーコンピュータが稼働し始め、日本は2030年の本稼働を目指すことで、世界の演算力競争の最前線で存在感を示す構図になります。

今後の展望

FugakuNEXTの稼働は2030年ごろを予定しており、それまでの数年間は開発、検証、そしてソフトウェアエコシステムの整備が段階的に進められます。その歩みの中で注目すべきは、単なるハードウェア開発にとどまらず、日本の科学技術や産業界全体に及ぶ広範な波及効果です。

1. ソフトウェアエコシステムの成熟

スーパーコンピュータは「完成した瞬間がスタートライン」と言われます。

FugakuNEXTも例外ではなく、膨大な計算能力をいかに研究者や企業が使いこなせるかが鍵となります。

  • virtual Fugaku の提供により、研究者は実機稼働前からアプリケーション開発を進められる。
  • Benchpark による継続的な最適化サイクルで、常に最新の性能を引き出せる環境を整備。 これらは「2030年にいきなりフル稼働できる」体制を築くための重要な取り組みとなります。

2. 国際的な競争と協調

FugakuNEXTが稼働する頃には、米国、中国、欧州でも複数の Exascale級スーパーコンピュータ が稼働している見込みです。特に米国の「FRONTIER」やドイツの「Jupiter」、中国が独自開発を進める次世代システムは強力なライバルとなります。

しかし同時に、国際的な協力関係も不可欠です。理研と米国エネルギー省の共同研究に象徴されるように、グローバル規模でのソフトウェア標準化や共同ベンチマーク開発が進めば、各国の計算資源が相互補完的に活用される未来もあり得ます。

3. 技術的課題とリスク

600 exaFLOPSという目標を実現するには、いくつかの技術的ハードルがあります。

  • 電力制約:40MWという制限内で性能を引き出す冷却技術・電源設計が最大の課題。
  • アプリケーション最適化:AIとHPCを統合する新しいプログラミングモデルの普及が不可欠。
  • 部品調達・サプライチェーンリスク:先端半導体やGPUの供給を安定確保できるかどうか。 これらの課題は、FugakuNEXTだけでなく世界中の次世代スーパーコンピュータ開発に共通するものでもあります。

4. 社会・産業への応用可能性

FugakuNEXTは研究用途にとどまらず、社会や産業のさまざまな分野に直接的なインパクトを与えると考えられます。

  • 防災・減災:地震・津波・台風といった災害の予測精度を飛躍的に向上。
  • 気候変動対策:温室効果ガスの影響シミュレーションや新エネルギー開発に活用。
  • 医療・創薬:新薬候補物質のスクリーニングをAIとHPCの融合で効率化。
  • 産業応用:自動車・半導体・素材産業における設計最適化やAI活用に直結。 これらは単に「計算速度が速い」という話ではなく、日本全体のイノベーション基盤を支える役割を果たすでしょう。

5. 日本の戦略的ポジション

FugakuNEXTが計画通り稼働すれば、日本は再びスーパーコンピューティング分野における リーダーシップ を取り戻すことになります。とりわけ「Zettaスケール」の象徴性は、科学技術政策だけでなく外交・経済戦略の観点からも極めて重要です。AI研究のインフラ競争が国家間で激化する中、FugakuNEXTは「日本が国際舞台で存在感を示す切り札」となる可能性があります。

まとめ:未来に向けた挑戦

FugakuNEXTは、2030年の完成を目指す長期プロジェクトですが、その過程は日本にとって大きな技術的・社会的実験でもあります。電力効率と性能の両立、AIとHPCの融合、国際協調と競争のバランス、社会応用の拡大――これらはすべて未来の科学技術のあり方を先取りする挑戦です。

今後数年間の開発と国際的な議論の進展が、FugakuNEXTの成否を決める鍵となるでしょう。

おわりに

FugakuNEXTは、単なる「スーパーコンピュータの後継機」ではありません。それは日本が掲げる 未来社会の基盤構築プロジェクト であり、科学技術力、産業競争力、さらには国際的な存在感を示す象徴的な取り組みです。

まず技術的な側面では、600 exaFLOPS級の演算性能MONAKA-X CPUとNVIDIA GPUのハイブリッド設計、そして 消費電力40MW以内という大胆な制約のもとに設計される点が特徴的です。これは「性能追求」と「環境配慮」という相反する要素を両立させようとする試みであり、持続可能なスーパーコンピューティングの未来像を提示しています。

次に研究手法の観点からは、AIとHPCを融合した「AI for Science」 の推進が挙げられます。従来のシミュレーション中心の科学研究から一歩進み、AIが仮説を生成し、シミュレーションがその妥当性を検証するという新しいアプローチが主流になっていく可能性があります。このシナジーは、医療や創薬、気候変動シミュレーション、災害予測といった社会的に極めて重要な分野に革新をもたらすでしょう。

さらに国際的な文脈においては、FugakuNEXTは単なる国内プロジェクトにとどまらず、米国や欧州、中国といった主要国が進める次世代スーパーコンピュータとの 競争と協調の象徴 でもあります。グローバル規模での研究ネットワークに接続されることで、日本は「科学の島国」ではなく「世界的な計算資源のハブ」としての役割を担うことになるでしょう。

社会的な意義も大きいと言えます。スーパーコンピュータは一般市民に直接見える存在ではありませんが、その成果は日常生活に広く浸透します。天気予報の精度向上、新薬の迅速な開発、安全なインフラ設計、新素材や省エネ技術の誕生――こうしたものはすべてスーパーコンピュータの計算資源によって裏打ちされています。FugakuNEXTの成果は、日本国内のみならず、世界中の人々の生活を支える基盤となるでしょう。

最終的に、FugakuNEXTは「計算速度の競争」に勝つためのものではなく、人類全体が直面する課題に答えを導くための道具です。気候変動、パンデミック、食糧問題、エネルギー危機といったグローバルな課題に立ち向かう上で、これまでにない規模のシミュレーションとAIの力を融合できる基盤は欠かせません。

2030年に稼働するその日、FugakuNEXTは世界初のZettaスケールスーパーコンピュータとして科学技術史に刻まれるとともに、「日本が未来社会にどう向き合うか」を示す強いメッセージとなるはずです。

参考文献

光電融合技術(PEC):未来の高速・省エネコンピューティングへ

近年インターネットやAIの急拡大に伴い、データ通信と処理の高速化・省エネ化が求められています。そこで注目されるのが、光電融合技術(Photonic‑Electronics Convergence, PEC)。これは、電気回路で演算し、光回路で伝送するシームレスな融合技術であり、NTTのIOWN構想を筆頭に世界中で研究・標準化が進んでいます。

🌟 なぜ光電融合が注目されるのか?

私たちが日常的に利用するスマートフォン、動画配信サービス、クラウド、AIアプリケーション──これらすべては背後で膨大なデータ通信と演算処理を必要としています。そして、この情報爆発の時代において、大量のデータを高速・低遅延かつ低消費電力で処理・転送することは極めて重要な課題となっています。

従来の電子回路(エレクトロニクス)では、データ伝送の際に電気信号の抵抗・発熱・ノイズといった物理的限界が付きまとい、特に大規模データセンターでは消費電力や冷却コストの増大が深刻な問題になっています。

以下は、光電融合技術が注目される主要な理由です:

1. 電力消費の大幅削減が可能

データセンターでは、CPUやメモリの演算処理だけでなく、それらをつなぐ配線・インターコネクトの電力消費が非常に大きいとされています。

光信号を使えば、配線における伝送損失が激減し、発熱も抑えられるため、冷却装置の稼働も抑えることができます。

例えば、NTTのIOWN構想では、現在のインターネットと比較して、

  • 消費電力を100分の1に
  • 遅延を1/200に
  • 伝送容量を125倍にする という目標を掲げており、これはまさに光電融合が実現のカギとなる技術です。

2. AI・IoT時代に求められる超低遅延性

リアルタイム性が重要な自動運転、遠隔医療、産業用ロボット、メタバースなどの分野では、数ミリ秒以下の応答時間(レイテンシ)が求められます。

従来の電気信号では、長距離通信や複数のノードを介した接続により遅延や信号の揺らぎが発生してしまいます。

光通信を組み込むことで、信号の遅延を物理的に短縮できるため、リアルタイム応答性が飛躍的に高まります。

特に、光電融合で「チップ内」や「チップ間」の通信まで光化できれば、従来のボトルネックが根本的に解消される可能性があります。

3. 大容量・高帯域化に対応できる唯一の選択肢

AI処理やビッグデータ分析では、1秒あたり数百ギガビット、あるいはテラビットを超えるデータのやり取りが当たり前になります。

こうした爆発的な帯域要求に対し、光通信は非常に広い周波数帯(数百THz)を使えるため、電気では実現できない圧倒的な情報密度での伝送が可能です。

さらに、波長多重(WDM)などの技術を組み合わせれば、1本の光ファイバーで複数の信号を並列伝送することもでき、スケーラビリティの面でも大きな優位性を持っています。

4. チップレット技術・3D集積との相性が良い

近年の半導体開発では、単一の巨大チップを作るのではなく、複数の小さなチップ(チップレット)を組み合わせて高性能を実現するアーキテクチャが主流になりつつあります。

このチップレット間を電気で接続する場合、ボトルネックになりやすいのが通信部分です。

ここに光電融合を適用することで、チップ間の高スループット通信を実現でき、次世代CPUやAIアクセラレータの開発にも重要な役割を果たします。

すでにNVIDIAやライトマターなどの企業がこの領域に本格参入しています。

5. 持続可能なIT社会の実現に向けて

世界中のエネルギー問題、CO₂排出削減目標、そしてESG投資の拡大──これらの観点からも、ITインフラの省電力化は無視できないテーマです。

光電融合は単なる技術進化ではなく、環境と経済の両立を目指す社会的要請にも応える技術なのです。

🧩 PECの4段階ロードマップ(PEC‑1〜PEC‑4)

NTTが提唱するIOWN構想では、光と電気の融合(PEC:Photonic-Electronic Convergence)を段階的に社会実装していくために、4つのフェーズから成る技術ロードマップが描かれています。

このPECロードマップは、単なる回路設計の変更ではなく、情報通信インフラ全体の抜本的な見直しと位置づけられており、2030年代を見据えた長期的な国家・業界レベルの戦略に基づいています。

それぞれのステージで「どのレイヤーを光化するか」が変化していく点に注目してください。

ステージ領域内容予定時期
PEC‑1ネットワークデータセンター間の光通信化(APN商用化)既に実施 
PEC‑2ボード間サーバー/ネットワーク機器間ボード光化~2025年
PEC‑3チップ間チップレット光接続による高速転送2025〜2028年
PEC‑4チップ内CPUコア内の光配線で演算まで光化2028〜2032年+

🔹 PEC‑1:ネットワークレベルの光化(APN)【〜現在】

  • 概要:最初の段階では、データセンター間や都市間通信など、長距離ネットワーク伝送に光技術を導入します。すでに商用化が進んでおり、IOWNの第1フェーズにあたります。
  • 技術的特徴
    • 光ファイバー+光パケット伝送(APN: All-Photonics Network)
    • デジタル信号処理(DSP)付きの光トランシーバー活用
    • WDM(波長分割多重)による1本の線で複数の通信路
  • 利点
    • 帯域幅の拡張
    • 長距離通信における遅延の最小化(特にゲームや金融などに効果)
  • 実績
    • 2021年よりNTTが試験導入を開始し、2023年から企業向けに展開
    • NTTコミュニケーションズのAPNサービスとして一部稼働中

🔹 PEC‑2:ボードレベルの光電融合【2025年ごろ】

  • 概要:2段階目では、サーバーやスイッチ内部のボード同士の接続を光化します。ここでは、距離は数十cm〜数mですが、データ量が爆発的に多くなるため、消費電力と発熱の削減が極めて重要です。
  • 技術的特徴
    • コパッケージド・オプティクス(CPO:Co-Packaged Optics)の導入
    • 光トランシーバとASICを同一基板上に配置
    • 光配線を用いたボード間通信
  • 利点
    • スイッチ機器の消費電力を最大80%削減
    • システム全体の冷却コストを大幅に抑制
    • 通信エラーの減少
  • 主な企業動向
    • NVIDIAがCPO技術搭載のデータセンタースイッチを2025年に発売予定
    • NTTはIOWN 2.0としてPEC‑2の社会実装を計画中

🔹 PEC‑3:チップ間の光化【2025〜2028年】

  • 概要:3段階目では、1つのパッケージ内にある複数のチップ(チップレット)間を光で接続します。これにより、次世代のマルチチップ型CPU、AIプロセッサ、アクセラレータの性能を飛躍的に引き上げることが可能となります。
  • 技術的特徴
    • 光I/Oチップ(光入出力コア)の開発
    • シリコンフォトニクスと高密度配線のハイブリッド設計
    • 超小型のマイクロ光導波路を使用
  • 利点
    • チップレット間通信のボトルネックを解消
    • 高スループットで低レイテンシな並列処理
    • 複雑な3D集積回路の実現が容易に
  • 活用例
    • AIアクセラレータ(例:推論・学習チップ)の高速化
    • 医療画像処理や科学シミュレーションへの応用

🔹 PEC‑4:チップ内の光化【2028〜2032年】

  • 概要:最終フェーズでは、CPUやAIプロセッサの内部配線(コアとコア間、キャッシュ間など)にも光信号を導入します。つまり、演算を行う「脳」そのものが光を使って情報を伝えるようになるという画期的な段階です。
  • 技術的特徴
    • 光論理回路(フォトニックロジック)や光トランジスタの実装
    • チップ内の情報伝達路すべてを光導波路で構成
    • 位相・偏波制御による論理演算の最適化
  • 利点
    • 熱によるスローダウン(サーマルスロットリング)の回避
    • チップ全体の動作速度向上(GHz→THz級へ)
    • システム規模に比例してスケーラブルな性能
  • 研究段階
    • 産総研、NTTデバイス、PETRA、NEDOなどが先行開発中
    • 10年スパンでの実用化が目指されている

🧭 ロードマップ全体を通じた目標

NTTが掲げるIOWNビジョンによれば、これらPECステージを通じて達成されるのは以下のような次世代情報インフラの姿です:

  • 伝送容量:現在比125倍
  • 遅延:現在比1/200
  • 消費電力:現在比1/100
  • スケーラビリティ:1デバイスあたりTbps〜Pbps級の通信

このように、PECの4段階は単なる半導体の進化ではなく、地球規模で持続可能な情報社会へのシフトを可能にする基盤技術なのです。

🏭 各社の取り組み・最新事例

光電融合(PEC)は、NTTをはじめとする日本企業だけでなく、世界中の大手IT企業やスタートアップ、大学・研究機関までもが関わるグローバルな技術競争の最前線にあります。

ここでは、各社がどのようにPECの開発・商用化を進めているか、代表的な動きを紹介します。

✔️ NTTグループ:IOWN構想の中核を担う主導者

  • IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想のもと、PECの4段階導入を掲げ、APN(All Photonics Network)や光電融合チップの研究開発を推進。
  • NTTイノベーティブデバイス(NID)を設立し、PEC実装をハードウェアレベルで担う。光I/Oコア、シリコンフォトニクスなどで2025年商用化を目指す。
  • 2025年の大阪・関西万博では、IOWN技術を使ったスマート会場体験の提供を計画中。実証フィールドとして世界から注目されている。

🧪 注目技術

  • メンブレン型半導体レーザー
  • 光トランジスタ
  • シリコンフォトニクス+電気LSIのハイブリッドパッケージ

🧪 NVIDIA:次世代データセンターでのCPO導入

  • 高性能GPUのリーダーであるNVIDIAは、光インターコネクトに強い関心を持ち、CPO(Co-Packaged Optics)への取り組みを強化。
  • 2025年に予定されている次世代データセンタースイッチでは、光トランシーバをASICと同一パッケージに搭載することで、従来の電気配線の課題を根本的に解決。
  • メリットは「スイッチポート密度向上」「消費電力抑制」「冷却効率向上」など。光配線技術がGPUクラスタの拡張に直結する。

📊 ビジネス的インパクト

  • HPC/AIクラスタ向けインターコネクト市場を狙う
  • 将来的にはNVIDIA Grace Hopper系統のSoCとも統合可能性

🧪 Lightmatter(米国):AIと光電融合の統合戦略

  • 2017年創業のスタートアップで、光によるAI推論処理チップと光通信を同一パッケージに統合
  • フォトニックプロセッサ「Envise」は、AIモデルの前処理・後処理を電気で、行列演算のコアを光で行うハイブリッド設計。
  • さらに、光スイッチFabric「Passage」も開発しており、チップレット構成における光配線による柔軟な接続構造を提案。

ロードマップ

  • 2025年夏:光AIチップ商用化予定
  • 2026年:3D積層型光電融合モジュールを展開

🧪 Intel:シリコンフォトニクスの量産体制構築

  • 2010年代から光トランシーバや光I/O製品の商用化を行っており、データセンター向けに広く出荷。
  • PEC技術の先進的応用として、チップレット間接続や冷却機構と組み合わせた3D光パッケージの開発にも力を入れている。
  • 大手クラウドベンダー(Hyperscaler)と提携し、100G/400G光I/Oの開発と製造を拡大中。

🔧 実績

  • 100G PSM4モジュール
  • Coherent光トランシーバ(CPO設計)

🧪 産総研(AIST):国内の基礎研究・標準化をリード

  • フォトニクス・エレクトロニクス融合研究センター(PEIRC)を設立。PECに必要な光導波路、光スイッチ、フォトニック集積回路を網羅的に研究。
  • 量産を見据えた高信頼・高密度光実装技術や、光I/Oコアチップなどのコンソーシアムも支援。

🧪 産学連携

  • NEDO、PETRA、大学、民間企業と連携し国際標準策定にも貢献
  • 日本のPECロードマップ立案において中心的役割

📊 その他の主要プレイヤー・動向

  • Broadcom/Cisco:400G/800Gトランシーバを軸にCPOに向けた研究を強化。
  • 中国勢(華為・中興):光I/Oやチップパッケージ特許申請が活発。中国内でのPEC技術独自育成を目指す。
  • EU/IMEC/CEA-Leti:エネルギー効率の高いフォトニックアクセラレータの共同研究プロジェクトが複数進行中。

✔️ まとめ:技術競争と共創の時代へ

光電融合(PEC:Photonic-Electronic Convergence)は、単なる技術革新の1つにとどまらず、今後の情報社会の構造そのものを変革する起爆剤として注目されています。

本記事を通じて紹介したとおり、PECはNTTのIOWN構想をはじめ、NVIDIAやIntel、産総研、Lightmatterといった国内外の主要プレイヤーが、それぞれの強みを生かして段階的な社会実装と技術開発を進めています。

✔️ なぜ今、光電融合なのか?

私たちはいま、「限界を迎えつつある電気回路の時代」から、「光が支える新しい計算・通信インフラ」への転換点に立っています。

スマートフォンやクラウドサービス、生成AIなど、利便性が高まる一方で、それを支えるインフラは電力消費の増大、物理限界、冷却コストの上昇といった深刻な課題に直面しています。

光電融合は、こうした課題を根本から解決する手段であり、しかもそれを段階的に社会へ導入するための技術ロードマップ(PEC-1〜PEC-4)まで明確に描かれています。これは、革新でありながらも「現実的な未来」でもあるのです。

✔️ 技術競争だけでなく「共創」が鍵

世界中のIT企業・半導体メーカー・研究機関が、この領域で激しい競争を繰り広げています。

NVIDIAはデータセンター市場での覇権を視野に入れたCPO技術を、Lightmatterは光演算と通信の一体化によってAI領域の最適解を提示し、Intelは長年の光トランシーバ開発をベースに量産体制を築こうとしています。

一方、NTTや産総研を中心とする日本勢も、独自の強みで世界に挑んでいます。

しかし、光電融合という分野は、電気・光・材料・設計・ソフトウェア・システム工学といった多層的な知識・技術の統合が必要な領域です。

1つの企業・研究機関では完結できないため、いま求められているのは、国境や業界の垣根を超えた「共創」なのです。

✔️ 私たちの未来とどう関係するのか?

PECは一般消費者の目に触れることは少ない技術です。しかし、今後数年のうちに、以下のような変化を私たちは日常の中で体験することになるでしょう:

  • ✔️ 動画の読み込みが瞬時に終わる
  • ✔️ 遠隔医療や遠隔操作がストレスなく利用できる
  • ✔️ AIとの対話が人間と変わらないほど自然になる
  • ✔️ データセンターがより環境にやさしく、電力使用量が削減される

これらはすべて、裏側で動く情報処理・伝送技術が劇的に進化することによって初めて実現できる世界です。

🏁 結びに

光電融合は、単なる“未来の技術”ではありません。すでにPEC-1は現実となり、PEC-2〜4へ向けた準備も着々と進んでいます。

この技術が本格的に普及することで、私たちの社会インフラ、産業構造、ライフスタイルまでもが大きく変化していくことは間違いありません。

これからの数年、どの企業が主導権を握るのか、どの国が標準を制するのか──その動きに注目することは、未来を読み解くうえで非常に重要です。

そして、その未来は意外とすぐそばに迫っているのです。

光と電気が融合する時代──それは、持続可能で豊かな情報社会への第一歩です。

📚 参考文献

EUが進めるAIスーパーコンピューティングセンター構想とは

欧州連合(EU)は、AI分野における技術的主権を確立し、グローバルな競争に対応するため、AIスーパーコンピューティングセンター、いわゆる「AIギガファクトリー」の構想を進めています。これは、欧州委員会が主導する「InvestAI」プログラムの中核であり、民間企業や研究機関からなるコンソーシアムが提案・運営を担う形で展開されるのが特徴です。

背景には、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデルの登場により、AIの訓練や推論に必要な計算資源が急激に増大しているという状況があります。これまでは米国のハイパースケーラー(Amazon、Google、Microsoftなど)がその多くを担ってきましたが、EUはその依存から脱却し、自前でAI基盤を構築する方針に大きく舵を切っています。

EUは、最終的に3〜5か所のAIギガファクトリーと、15か所以上のAIファクトリーを設置する計画です。これにより、域内で高性能な計算資源を自給可能にし、米国や中国に依存しない形でAIモデルの開発・運用を推進しようとしています。

各国の提案と動向

オランダ

オランダでは、De Groot Family Officeが中心となったコンソーシアムがAIセンターの設立を提案しています。この構想は、北海の洋上風力発電を活用したグリーン電力供給と、高速ネットワークを強みとするもので、サステナビリティと技術基盤の両立を狙っています。AMS-IX(アムステルダム・インターネット・エクスチェンジ)、ASML、ING、TU Eindhovenといった有力企業・機関が支援を表明しており、ヨーロッパの中心的なAI拠点として期待が高まっています。

スペイン

スペインでは、Móra la Novaを拠点とした構想が進んでいます。建設大手ACS、通信事業者Telefónica、さらにGPU開発企業Nvidiaが連携する50億ユーロ規模の提案は、バルセロナ・スーパーコンピューティング・センターとの連携も想定されており、南欧の拠点として有力視されています。スペイン政府とカタルーニャ州政府もこのプロジェクトを積極的に支援しており、地域経済への波及効果も期待されています。

ドイツとイタリア

ドイツでは、クラウド事業者のIonosやFraunhofer研究機構、建設大手Hochtiefなどが関与し、国家レベルでのインフラ構築が進行中です。提案内容には、分散型AI処理インフラの整備や産業用途向けAIクラウドの提供などが含まれています。一方、イタリアではBolognaを中心に、EUのAI Factoryフェーズ1に既に採択されており、EuroHPCとの連携の下、Leonardoスパコンなどのリソースも活用されています。

エネルギー問題とAIインフラの関係

AIスーパーコンピューティングセンターの建設において最も大きな課題の一つが、電力供給です。1拠点あたり数百メガワットという膨大な電力を必要とするため、安定かつクリーンなエネルギーの確保が必須となります。これにより、AIギガファクトリー構想はエネルギー政策とも密接に結びついています。

この点でオランダの風力発電、フィンランドの水力、フランスの原子力など、各国のエネルギー政策が提案の評価に大きく影響しています。フィンランドでは、LUMIという再生可能エネルギー100%によるスーパーコンピュータがすでに稼働しており、EU内でのモデルケースとされています。また、エネルギー効率を重視する新たなEU規制も導入されつつあり、データセンターの設計そのものにも環境配慮が求められています。

ウクライナ紛争を契機に、EUはロシア産エネルギーへの依存からの脱却を急速に進めました。LNGの輸入元多様化、電力グリッドの整備、そして再エネへの巨額投資が進行中です。AIギガファクトリー構想は、こうしたエネルギー転換とデジタル戦略を結びつけるプロジェクトとして、象徴的な意味を持っています。

支持企業と民間の関与

この構想には、欧州内外の大手企業が積極的に関与しています。オランダ案ではAMS-IXやASML、スペイン案ではTelefónicaとNvidia、ドイツ案ではIonosやFraunhoferなどが支援を表明しており、技術・資本・人材の面で強力なバックアップが得られています。

とりわけ注目されるのは、Nvidiaの動向です。同社は「主権あるAI(sovereign AI)」の概念を提唱しており、米国の法規制や供給リスクを回避しつつ、各国・地域ごとのAIインフラ自立を支援する立場を明確にしています。ASMLもまた、最先端の半導体露光装置を提供する立場から、欧州内のAI・半導体連携において中心的な存在です。

これらの企業の参加によって、欧州域内で高性能な計算資源を確保するだけでなく、AIに必要な半導体供給やネットワーク整備、ソフトウェア基盤の強化にもつながると期待されています。

今後の展望と課題

AIギガファクトリー構想は、単なるデジタルインフラの拡充にとどまらず、エネルギー政策、技術主権、経済安全保障といった広範なテーマと密接に関係しています。今後、EUがどの提案を選定し、どのように実行していくかは、欧州のAI戦略全体に大きな影響を与えるでしょう。

また、センターの建設や運用には、土地の確保、電力網との接続、地元自治体との調整、住民の理解など、多くのハードルが存在します。さらには、数年単位で更新が求められるGPUの世代交代や、冷却技術、運用コストの圧縮など、持続可能性の確保も無視できません。

それでも、これらの挑戦に応えることで、EUは「グリーンで主権あるAI社会」の実現に一歩近づくことができるはずです。AIの地政学的な主戦場がクラウドからインフラへと移行しつつある中、この構想の進展は国際社会にとっても注目すべき試みであると言えるでしょう。

参考文献

  1. If Europe builds the gigafactories, will an AI industry come?
    https://www.reuters.com/technology/artificial-intelligence/if-europe-builds-gigafactories-will-an-ai-industry-come-2025-03-11
  2. El Gobierno propone a Móra la Nova (Tarragona) como sede para una de las gigafactorías europeas de IA(El País)
    https://elpais.com/economia/2025-06-20/el-gobierno-propone-a-mora-la-nova-tarragona-como-sede-para-una-de-las-gigafactorias-europeas-de-inteligencia-artificial.html
  3. ACS busca entrada en el plan para la autonomía europea en la IA por la vía española y alemana(Cinco Días)
    https://cincodias.elpais.com/companias/2025-06-21/acs-busca-entrada-en-el-plan-para-la-autonomia-europea-en-la-ia-por-la-via-espanola-y-alemana.html
  4. Barcelona contará con una de las siete fábricas de inteligencia artificial de Europa
    https://elpais.com/tecnologia/2024-12-10/el-gobierno-y-la-generalitat-impulsan-la-primera-fabrica-de-inteligencia-artificial-en-barcelona.html
  5. EU mobilizes $200 billion in AI race against US and China(The Verge)
    https://www.theverge.com/news/609930/eu-200-billion-investment-ai-development
  6. EIB to allot 70 bln euros for tech sector in 2025-2027 – officials(Reuters)
    https://www.reuters.com/technology/eib-allot-70-bln-euros-tech-sector-2025-2027-officials-2025-06-20
  7. EU agrees to loosen gas storage rules(Reuters)
    https://www.reuters.com/business/energy/eu-agrees-loosen-gas-storage-rules-2025-06-24

Nvidia規制で加速する中国のAI半導体自前化戦略

経緯

2018年以降、米中間の貿易摩擦が激化する中、米国は中国に対して先端半導体技術の輸出規制を段階的に強化してきました 。特に、AI用途で世界市場をリードするNvidiaのGPU(Graphics Processing Unit)への輸出を制限する措置が注目されます。  

2022年9月、米国政府はNvidia製の「A100」や「H100」などハイエンドGPUを対象に、中国企業や研究機関向けの輸出許可を厳格化すると発表し、これは同年10月に施行されました 。これにより、AI学習や推論のために高性能GPUを必要とする中国のクラウド事業者や研究機関は、従来どおりの供給ルートから調達できなくなりました。  

2022年10月には、米国商務省がさらに踏み込み、Nvidiaの「A100」や「H100」などを含むAI向け先端チップを対象とした輸出規制を施行しました 。これにより、Nvidiaの正規ルートでの対中国輸出は大幅に制限されることとなりました。  

2022年初頭、トランプ政権下で打ち出された一連の規制は、バイデン政権でも解除されることなく引き継がれました 。特に「米国製ソフトウェア(CUDAを含む)とライセンスを組み合わせたGPUボード」も対象に含まれたため、中国企業はNvidia製GPUを活用することが困難となりました。  

こうした環境下で、中国の主要テック企業は「既存のGPUプラットフォームに依存し続けることのリスク」を強く認識するに至りました。

2023年、Alibaba(阿里巴巴)、Tencent(騰訊)、Baidu(百度)などは、それまでNvidiaのGPUを用いて自社データセンターでAI研究やクラウドサービスを提供してきましたが、在庫が逼迫し始めたことで「国内メーカー製チップへの切り替え計画」を正式に策定しました 。  

同年末から2024年にかけて、Huawei(華為技術)が開発する「Ascend」シリーズをはじめ、Cambricon(寒武紀)、T-Head(兆芯)など複数の国産AIチップメーカーが、データセンター向けのサーバーデザインおよび大量製造のパートナーシップ構築を表明しました 。  

2024年春、NvidiaのBlackwell(次世代アーキテクチャ)搭載サーバーが米国国内で先行投入されたものの、対中国向けには「高帯域メモリ(HBM)を除外したセーフティバージョン」のみが許可される見込みと報じられました 。これに伴い、中国テック企業は「学習用途には残存分の旧世代Nvidia GPUを、推論用途には国産チップを併用」というハイブリッド戦略を取らざるを得ない状況となりました。  

2024年末から2025年初頭にかけて、Alibaba傘下のAI研究機関「DAMO Academy」はAI関連チップ(RISC-V CPUやFPGAなど)の開発を進め、その成果の一部(例:サーバーグレードCPU C930の2025年3月納入開始予定など)を公表しました 。これに続き、Tencent傘下のクラウド部門も国産チップを搭載したAIサーバーを試験導入しました。さらに、Baiduは「AI推論専用クリスタルボード」の量産に向けたラインを立ち上げ、中国政府系VCから数十億円規模の出資を取り付けました。  

同時に、北京、上海、深圳などには「AIチップ開発特区」が設置され、税制優遇や補助金支給を通じてスタートアップや既存大手企業の競争を促進しています 。2024年までに、多数の国内企業が「7nm以下のプロセス技術を用いたAIチップ」の製造を目指すプロジェクトを公表し、2025年には一部製品のサンプル出荷を目指しています 。代表例は、Iluvatar CoreX(天罡100シリーズ)、MetaX(GPGPU製品)、Biren Technology(BR100)、Black Sesame Technologies(ADAS・自動運転向けAIチップ)などです 。

背景

中国政府は2015年に「中国製造2025」を正式発表し 、その中で「半導体自給率向上」を国家戦略の重要課題の一つと位置づけました。以降、国家資金や地方政府の補助金を投入しつつ、国内企業の研究開発投資を強化してきました。  

一方、2022年以降の米国による輸出規制強化は、中国にとって「外部からの技術流入を遮断しようとする動き」として受け止められました。特に2022年10月のNvidia製先端GPUに対する輸出規制強化は、中国企業のAI開発ロードマップに大きな影響を及ぼしました 。  

中国には豊富な電力インフラが整備されています。2023年にハイテク産業向け電力消費は前年比11.2%増(一部資料では11.3% )となり 、再エネ・火力を合わせた発電能力が急速に拡大していることから、「演算性能あたりの消費電力がやや高い国産チップを複数並列稼働させても電力面で吸収可能」との見方が広がっています。  

また、マイニング用途でかつて大量に投入されたGPUが電力逼迫や環境面の課題を引き起こした一方、現在はAI用途向けにより効率的な専用チップを開発するほうが有益と判断されています 。こうした経緯もあり、「マイニング規制で獲得したデータセンター運用ノウハウをAIチップ開発に転用しやすい」というアドバンテージも存在すると言われています 。  

さらに、中国国内の大規模ユーザー(インターネット企業、金融機関、製造業など)が急速にAI需要を拡大していることから、国内市場だけで十分な需要が見込める点も、企業各社の自前化を後押ししています。「中国製造2025」では、2025年までに半導体自給率を70%に引き上げるという目標が掲げられていました 。政府は引き続き半導体の国内生産能力向上を目指しており、この目標達成に向けた官民連携が加速しています。  

今後の影響予測

技術的自立の進展と国際競争

国産AIチップがある程度の性能を有し、Nvidia製GPUとのギャップを埋められれば、グローバルにおける選択肢が拡大し、中国製チップが他国のデータセンターやAIプロバイダーにも採用される可能性があります 。特に、価格競争力のあるチップが登場した場合、北米・欧州との間で技術競争が激化し、NvidiaやAMD、Intelといった従来のプレイヤーはさらなる研究開発投資を迫られるでしょう 。  

サプライチェーンの再構築

2025年以降、中国は国産素材と製造装置の内製化を加速し、製造装置メーカー(EUVリソグラフィ装置など)への投資を強化する動きが予測されます 。将来的には、「製造から設計までの垂直統合型エコシステム」を構築し、外部リスク(米国の追加規制など)に耐えうる自律的な供給網を確立する可能性が高いです 。また、日本やオランダなどの先端装置メーカーも、対中ビジネスの在り方を見直し、「協業か取引制限か」の選択を迫られることになるでしょう 。  

国内AIエコシステムへの影響

中国国内のAIプラットフォームは、国産チップの普及によってコスト構造が変化し、AIサービスの価格低下と導入企業の拡大が進むと考えられます 。これにより、医療画像診断や自動運転、スマートシティなどの分野でAI導入が加速し、「産業全体のデジタルトランスフォーメーション」が一気に進展する可能性があります 。加えて、AI関連スタートアップも国産ハードウェアを活用しやすくなることで、開発のハードルが下がり、イノベーションの創出速度が向上するでしょう 。  

地政学的リスクと世界経済への波及

中国製チップが世界市場で一定のシェアを獲得すれば、米中両国間の技術覇権争いはさらなる激化を迎えます 。米国は追加の制裁や輸出規制を打ち出す一方、中国は対抗策として関税引き下げや輸出奨励を行う可能性が高いです 。この結果、「技術ブロック化」(Tech Bloc)の傾向が強まり、世界のサプライチェーンはさらに分断されるリスクがあります 。特に半導体素材や製造装置の二極化が進むと、日本や韓国、欧州諸国は両陣営の間で揺れる立場を余儀なくされるでしょう 。  

国内雇用と産業育成

国産AIチップの量産化が進めば、中国国内では「設計エンジニア」「プロセス開発技術者」「データセンター運用エンジニア」などの需要が急増し、人材育成ニーズが拡大します 。これに呼応して、大学や研究機関は半導体設計・製造分野のカリキュラムを強化し、国内の技術者供給を担保する動きが活発化するでしょう 。その結果、ハイテク産業の雇用創出効果が高まり、中国経済の高度化をさらに加速させる要因となります

まとめ

米国のエヌビディアGPU輸出規制に端を発した中国のAI半導体自前化戦略は、「国家安全保障上の必要性」と「膨大な国内市場の存在」という二つの要因に後押しされています。Nvidia規制前は高性能GPUを輸入に依存していた中国企業が、2023年以降は自社・国内メーカー製のAIチップにシフトし、既存のデータセンターアーキテクチャを改変して対応することを余儀なくされました 。政府の補助金や税制優遇措置、設計・製造拠点の集約化などを通じて、国内ベンダーは短期間で「7nmプロセスAIチップ」のプロトタイプ開発を達成しました 。2025年には一部企業が量産体制の構築を目指し、中国製AIチップの実運用が現実味を帯び始めています。  

今後、中国製チップの国際競争力が高まれば、世界のAIハードウェア市場は二極化傾向を強める可能性があります。技術ブロック化の懸念が高まる中、日本や欧州などのサプライチェーンは新たな調整を迫られるでしょう。国内ではAIサービスの普及と産業のデジタル化が加速し、ハイテク人材需要の高まりを背景に経済成長への寄与が期待できます。一方、米中間での技術覇権争いが激化すれば、半導体素材・製造装置の流通が一層限定され、各国は自国の供給網を強化せざるを得ない状況に陥るでしょう。

以上のように、「エヌビディア規制で加速する中国のAI半導体自前化戦略」は、単なる技術的トレンドにとどまらず、地政学的・経済的に重大なインパクトを伴う大きな潮流と言えます。

参考リンク

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