紅海の海底ケーブル切断と世界的インターネット遅延 ― 事故か攻撃か

2025年9月6日、紅海で複数の海底ケーブルが同時に損傷し、アジア・中東・欧州を結ぶ国際通信網に大規模な遅延が発生しました。Microsoft Azure など大手クラウド事業者は迂回経路を確保することで通信を維持しましたが、依然としてレイテンシの増大が報告され、世界のインターネットトラフィック全体の約17%が影響を受けたとされています。これにより、日常生活から金融取引、クラウドサービス、オンライン会議に至るまで幅広い分野で通信品質の低下が観測されました。

海底ケーブルは、世界のデータ通信の99%以上を担う不可欠なインフラです。人工衛星通信の存在が広く知られていますが、実際の国際データの大半はこの「見えない海底ネットワーク」を通じて流れています。そのため、ケーブルの損傷や切断は地域的なトラブルにとどまらず、グローバル規模での影響を及ぼします。特に紅海は、アジアと欧州を結ぶ最短ルートとして重要度が高く、ここでの断線は世界経済や通信に直結する問題です。

今回の事象では、原因について「船舶の錨や漁具による偶発的損傷」という説が有力視される一方、イエメン紛争を背景とした「意図的破壊=攻撃説」も取り沙汰されています。つまり、純粋なインフラ障害にとどまらず、地政学的な緊張や安全保障上のリスクとも結びついているのです。海底ケーブルが単なる技術インフラではなく、国際政治や経済安全保障の文脈でも重要な位置を占めることを示す出来事だと言えるでしょう。

本記事では、この紅海の海底ケーブル切断事件をめぐる状況を整理し、事故説と攻撃説の両面から考察するとともに、今後求められる課題や対策について掘り下げていきます。

何が起きたのか

2025年9月6日午前5時45分(UTC)ごろ、紅海を通過する複数の国際海底ケーブルで断線が発生しました。影響を受けたのは、SEA-ME-WE-4(SMW4)、IMEWE、FALCON GCX、EIG といったアジア・中東・欧州を結ぶ幹線ルートで、いずれも世界規模のトラフィックを担う重要なインフラです。これにより、インド・パキスタン・UAEを中心とする中東・南アジア地域から欧州方面への通信に深刻な遅延やパケットロスが発生しました。

Microsoft Azure などの大手クラウド事業者は、直ちに冗長経路へトラフィックを切り替える対応を行いました。例えば、アジアから欧州へのデータ通信を紅海経由ではなくアフリカ西岸経由や大回りの北回りルートに振り分けることでサービス継続を確保しました。しかし、こうした迂回は通常よりも物理的距離が長く、結果として RTT(往復遅延時間)が大幅に増加。特にオンライン会議や金融取引などレイテンシに敏感なサービスで顕著な影響が出ました。

報道によると、この断線は 世界のインターネットトラフィック全体の約17%に影響を及ぼしたとされます。つまり、紅海はグローバルネットワークの「動脈」として機能しており、ここで複数のケーブルが同時に損傷すると、世界各地で遅延や混雑が一気に顕在化するという構造的な脆弱性が露呈したのです。

さらに問題を複雑にしているのは、断線地点が 地政学的に不安定なイエメン沿岸付近であることです。修理船の派遣や現場作業には安全上のリスクが伴い、復旧作業が遅れる可能性が高いと専門家は指摘しています。これにより、影響は数週間から数か月単位で続くと予測され、国際通信の安定性に長期的な不透明感をもたらしています。

要するに今回の事象は、単なる地域的な通信トラブルではなく、世界のインターネットの約6分の1を揺るがす重大インシデントであり、クラウド事業者、通信キャリア、各国政府が対応に追われる事態となったのです。

想定される原因

紅海で発生した今回の海底ケーブル断線については、現時点で公式に「攻撃」と断定された証拠はなく、主流の見解は依然として 事故説 です。ただし、事故であるにせよ攻撃であるにせよ、なぜ複数のケーブルが同時に切断されたのかについては慎重な調査が続けられています。以下では、主に指摘されている原因を整理します。

1. 船舶の錨(アンカー)による損傷

もっとも可能性が高いとされるのが 商船の錨の引きずり(anchor drag) です。

  • 紅海は世界有数の海上交通の要衝であり、大型コンテナ船やタンカーが頻繁に往来します。
  • 停泊や航行時に錨を下ろしたまま移動すると、錨が海底を引きずり、そこに敷設されたケーブルを巻き込んで損傷する恐れがあります。
  • 特に沿岸部や水深の浅い海域では、ケーブルは埋設されているものの完全に保護できない部分があり、事故が集中しやすいのです。

2. 漁業活動による損傷

紅海沿岸は漁業活動も盛んで、底引き網漁(トロール漁) や大型の漁具がケーブルと接触してしまうケースがあります。

  • 世界的な統計でも、海底ケーブル障害の約70〜80%は漁業や船舶活動による人為的損傷とされています。
  • 今回も同様に、網や漁具がケーブルに絡みつき、同時多発的な断線を引き起こした可能性があります。

3. 海底工事や浚渫作業の影響

紅海周辺では港湾建設や資源採取に伴う 海底工事や浚渫作業 が行われています。これらの作業がケーブルの位置を十分に把握せずに行われた場合、誤って切断してしまうことも考えられます。

4. 地政学的リスクと攻撃説

事故説が主流である一方、攻撃による可能性 も完全には否定できません。

  • 紅海はイエメン紛争に近接しており、フーシ派などの武装勢力が海底インフラを標的にする懸念が国際的に指摘されています。
  • イエメン政府も今回の切断を「敵対勢力による妨害行為の可能性がある」と発表しました。
  • ただし、米国や国際通信事業者の調査では「意図的破壊の証拠は現時点で確認されていない」との見解が繰り返されています。

5. 自然現象の可能性

ごく稀ではありますが、地震や海底地滑りなどの自然現象によってケーブルが断裂することもあります。紅海は地殻活動の活発な地域であるため、完全に除外はできません。ただし今回については、他の要因に比べて優先度は低いとされています。


現段階で最も有力視されているのは 船舶の錨や漁業活動による偶発的損傷 です。しかし、紅海という地政学的に不安定な地域であることから、意図的破壊=攻撃説も注視されており、調査は継続中 です。いずれにせよ、複数の幹線ケーブルが同時に断線したことは、世界の通信インフラが想像以上に脆弱であることを示しています。

なぜ世界的影響が大きいのか

今回の紅海における海底ケーブル切断が「地域的な障害」ではなく「世界的な通信遅延」に発展した背景には、紅海ルートの地理的・技術的な特殊性があります。

1. アジアと欧州を結ぶ最短経路

紅海はスエズ運河と直結しており、インド洋と地中海をつなぐ「最短の通信動脈」です。アジアと欧州を結ぶ国際データ通信の多くはここを通過しており、特に金融、貿易、クラウドサービスなど遅延に敏感なトラフィックが集中しています。つまり、紅海ルートは「世界経済を支える情報の高速道路」と言えます。

2. 複数ケーブルが同時に切断されたことによる影響

通常であれば、1本のケーブルが切れても残りのケーブルが迂回路として機能するため、影響は限定的です。ところが今回は、SMW4、IMEWE、FALCON、EIG など複数の主要ケーブルが同時に損傷しました。その結果、迂回可能な帯域が不足し、残存ルートに過剰なトラフィックが集中して輻輳が発生しました。これにより通信遅延やパケットロスが広域に拡大したのです。

3. 冗長ルートの制約

インターネットは冗長性を持つ設計がされていますが、紅海のような「地理的ボトルネック」では代替経路が限られています。

  • アフリカ西岸を経由するルートは距離が長く、物理的な遅延が大きくなる。
  • 北極海やユーラシア大陸を経由するルートは整備中または限定的。
  • 衛星通信は補助的な手段にすぎず、大規模トラフィックを吸収できる能力はありません。

そのため、紅海経由が使えないと即座に「世界規模での遅延」が発生する仕組みになっています。

4. クラウドサービスの集中依存

Microsoft Azure、Amazon Web Services、Google Cloud といったクラウド事業者のデータセンター間通信の多くも紅海ルートを利用しています。クラウドサービスは世界中の企業・個人が利用しているため、バックボーンの断線は ユーザーがどの国にいても遅延や接続不安定を感じる 結果となりました。特にオンライン会議や金融取引、ゲーム配信のようなリアルタイム性が求められるサービスでは影響が顕著です。

5. 地政学的リスクによる復旧遅延

今回の断線地点はイエメン近海に近く、紛争地域に隣接しています。修理船を派遣するにも安全上の制約があり、即座の復旧が難しい状況です。そのため、障害が長引き、影響が世界的に波及し続けるリスクが高まっています。


紅海のケーブル切断は、単に「通信経路が1本減った」というレベルではなく、世界の通信網のハブを直撃した ことで影響が拡大しました。複数ケーブルが同時に切れたことで冗長性が失われ、クラウド依存が進む現代社会では影響が国際的に広がるのは必然でした。今回の事例は、海底ケーブルという「見えないインフラ」が実は世界のデジタル経済の生命線であることを強く印象づけています。

今後の課題と展望

紅海での海底ケーブル切断は、世界の通信インフラが抱える脆弱性を改めて浮き彫りにしました。事故か攻撃かを問わず、今回の事例を踏まえると今後の課題と展望は大きく 「物理的保護」「経路多様化」「国際協力と安全保障」「新技術の活用」 の4つに整理できます。

1. 物理的保護の強化

浅海域におけるケーブルは錨や漁具による損傷リスクが高く、これまで以上の保護対策が必要です。

  • 埋設の深度拡大:従来より深く海底に埋め込むことで、人為的干渉を減らす。
  • 保護管やコンクリート被覆:特に港湾・航路付近など高リスク区域で採用を拡大。
  • リアルタイム監視:ケーブルに振動センサーや監視機器を組み込み、損傷兆候を早期に検知する技術の導入。

2. 経路多様化と冗長化

紅海ルートは地理的に重要であるが故に「ボトルネック」となっています。今後は、代替ルートの構築が急務です。

  • アフリカ西岸経由ルート:距離は長いものの冗長性確保に有効。すでに欧州—アフリカ—アジアを結ぶ新規プロジェクトが進行中。
  • 北極海ルート:温暖化により現実味を帯びつつあるが、環境リスクや高コストが課題。
  • 衛星通信とのハイブリッド化:Starlink や OneWeb など低軌道衛星を補助経路として組み合わせることで、緊急時の最低限の通信を確保。

3. 国際協力と安全保障の強化

海底ケーブルは複数国を跨いで敷設されるため、単独の国家では十分に保護できません。

  • 国際的な監視枠組み:船舶のAIS(自動識別システム)データや衛星監視を活用し、不審な活動を早期に発見。
  • 法的枠組みの強化:国連海洋法条約(UNCLOS)に基づく「海底ケーブル保護区域」の指定を拡大し、違反行為には厳格な制裁を科す。
  • 軍事・沿岸警備との連携:特に紛争地に近い海域では、軍や沿岸警備隊による常時パトロールや監視を強化。

4. 新技術の活用と将来展望

  • スマートケーブル:光ファイバーに加えてセンサー機能を持たせ、地震観測や海流計測を行いながら障害検知を行う「次世代ケーブル」の実用化。
  • AIによるトラフィック最適化:断線や混雑が起きた際に、自動で最適経路に迂回させるルーティング技術を高度化。
  • 量子通信や新素材の研究:長期的には既存光ファイバーに依存しない新しい国際通信技術の模索も進む。

展望

今回の紅海の断線は、インターネットが「クラウドやAIといったソフトウェアの革新」に支えられている一方で、その根底を支えるのは依然として「物理的なケーブル」であることを強調しました。今後は、地政学的リスクを踏まえたインフラ設計と、国際的な協力体制の強化が不可欠です。また、AIや衛星通信などの新技術を補完的に取り入れることで、より resilient(回復力のある)グローバルネットワークを構築することが求められます。

おわりに

紅海で発生した海底ケーブルの同時断線は、世界のインターネットがいかに物理的インフラに依存しているかを如実に示す出来事となりました。クラウドやAIといった先端技術が進化を続けている一方で、その通信を支えるのは数千キロに及ぶ光ファイバーケーブルであり、それらが損傷すれば即座に世界的な遅延や障害が広がるという現実が明らかになったのです。

今回の事象では、原因として「商船の錨の引きずり」や「漁業活動」などの偶発的な事故が有力視されつつも、地政学的に不安定な地域であることから「意図的破壊」の可能性も否定できない状況です。つまり、単なる技術インフラの問題にとどまらず、安全保障や国際政治の文脈とも密接に関わる課題であることが浮き彫りになりました。

また、複数のケーブルが同時に切断されたことによって、通信の冗長性が一時的に失われ、世界トラフィックの約17%に影響が出たことは、冗長化設計の限界とボトルネックの存在を強く印象づけました。復旧には数週間から数か月を要すると見込まれており、その間も企業や個人は遅延に耐えながら業務や生活を続けざるを得ません。

今後は、浅海域での物理的保護を強化するだけでなく、アフリカ西岸経由や北極海経由といった新ルートの開発、さらに衛星通信やスマートケーブルなどの新技術を取り入れることが求められます。併せて、国際的な監視枠組みや法的規制の整備、そして軍・沿岸警備との連携強化といった多層的な対策が必要です。

総じて今回の紅海の断線は、デジタル社会を支える「見えないインフラ」の重要性を世界に再認識させる出来事でした。ソフトウェアやサービスの表層的な進歩だけでなく、その基盤となる物理インフラの強靭化に向けて、各国と事業者がどのように投資と協力を進めていくかが、今後の国際社会における競争力と安全保障を大きく左右すると言えるでしょう。

参考文献

光電融合技術(PEC):未来の高速・省エネコンピューティングへ

近年インターネットやAIの急拡大に伴い、データ通信と処理の高速化・省エネ化が求められています。そこで注目されるのが、光電融合技術(Photonic‑Electronics Convergence, PEC)。これは、電気回路で演算し、光回路で伝送するシームレスな融合技術であり、NTTのIOWN構想を筆頭に世界中で研究・標準化が進んでいます。

🌟 なぜ光電融合が注目されるのか?

私たちが日常的に利用するスマートフォン、動画配信サービス、クラウド、AIアプリケーション──これらすべては背後で膨大なデータ通信と演算処理を必要としています。そして、この情報爆発の時代において、大量のデータを高速・低遅延かつ低消費電力で処理・転送することは極めて重要な課題となっています。

従来の電子回路(エレクトロニクス)では、データ伝送の際に電気信号の抵抗・発熱・ノイズといった物理的限界が付きまとい、特に大規模データセンターでは消費電力や冷却コストの増大が深刻な問題になっています。

以下は、光電融合技術が注目される主要な理由です:

1. 電力消費の大幅削減が可能

データセンターでは、CPUやメモリの演算処理だけでなく、それらをつなぐ配線・インターコネクトの電力消費が非常に大きいとされています。

光信号を使えば、配線における伝送損失が激減し、発熱も抑えられるため、冷却装置の稼働も抑えることができます。

例えば、NTTのIOWN構想では、現在のインターネットと比較して、

  • 消費電力を100分の1に
  • 遅延を1/200に
  • 伝送容量を125倍にする という目標を掲げており、これはまさに光電融合が実現のカギとなる技術です。

2. AI・IoT時代に求められる超低遅延性

リアルタイム性が重要な自動運転、遠隔医療、産業用ロボット、メタバースなどの分野では、数ミリ秒以下の応答時間(レイテンシ)が求められます。

従来の電気信号では、長距離通信や複数のノードを介した接続により遅延や信号の揺らぎが発生してしまいます。

光通信を組み込むことで、信号の遅延を物理的に短縮できるため、リアルタイム応答性が飛躍的に高まります。

特に、光電融合で「チップ内」や「チップ間」の通信まで光化できれば、従来のボトルネックが根本的に解消される可能性があります。

3. 大容量・高帯域化に対応できる唯一の選択肢

AI処理やビッグデータ分析では、1秒あたり数百ギガビット、あるいはテラビットを超えるデータのやり取りが当たり前になります。

こうした爆発的な帯域要求に対し、光通信は非常に広い周波数帯(数百THz)を使えるため、電気では実現できない圧倒的な情報密度での伝送が可能です。

さらに、波長多重(WDM)などの技術を組み合わせれば、1本の光ファイバーで複数の信号を並列伝送することもでき、スケーラビリティの面でも大きな優位性を持っています。

4. チップレット技術・3D集積との相性が良い

近年の半導体開発では、単一の巨大チップを作るのではなく、複数の小さなチップ(チップレット)を組み合わせて高性能を実現するアーキテクチャが主流になりつつあります。

このチップレット間を電気で接続する場合、ボトルネックになりやすいのが通信部分です。

ここに光電融合を適用することで、チップ間の高スループット通信を実現でき、次世代CPUやAIアクセラレータの開発にも重要な役割を果たします。

すでにNVIDIAやライトマターなどの企業がこの領域に本格参入しています。

5. 持続可能なIT社会の実現に向けて

世界中のエネルギー問題、CO₂排出削減目標、そしてESG投資の拡大──これらの観点からも、ITインフラの省電力化は無視できないテーマです。

光電融合は単なる技術進化ではなく、環境と経済の両立を目指す社会的要請にも応える技術なのです。

🧩 PECの4段階ロードマップ(PEC‑1〜PEC‑4)

NTTが提唱するIOWN構想では、光と電気の融合(PEC:Photonic-Electronic Convergence)を段階的に社会実装していくために、4つのフェーズから成る技術ロードマップが描かれています。

このPECロードマップは、単なる回路設計の変更ではなく、情報通信インフラ全体の抜本的な見直しと位置づけられており、2030年代を見据えた長期的な国家・業界レベルの戦略に基づいています。

それぞれのステージで「どのレイヤーを光化するか」が変化していく点に注目してください。

ステージ領域内容予定時期
PEC‑1ネットワークデータセンター間の光通信化(APN商用化)既に実施 
PEC‑2ボード間サーバー/ネットワーク機器間ボード光化~2025年
PEC‑3チップ間チップレット光接続による高速転送2025〜2028年
PEC‑4チップ内CPUコア内の光配線で演算まで光化2028〜2032年+

🔹 PEC‑1:ネットワークレベルの光化(APN)【〜現在】

  • 概要:最初の段階では、データセンター間や都市間通信など、長距離ネットワーク伝送に光技術を導入します。すでに商用化が進んでおり、IOWNの第1フェーズにあたります。
  • 技術的特徴
    • 光ファイバー+光パケット伝送(APN: All-Photonics Network)
    • デジタル信号処理(DSP)付きの光トランシーバー活用
    • WDM(波長分割多重)による1本の線で複数の通信路
  • 利点
    • 帯域幅の拡張
    • 長距離通信における遅延の最小化(特にゲームや金融などに効果)
  • 実績
    • 2021年よりNTTが試験導入を開始し、2023年から企業向けに展開
    • NTTコミュニケーションズのAPNサービスとして一部稼働中

🔹 PEC‑2:ボードレベルの光電融合【2025年ごろ】

  • 概要:2段階目では、サーバーやスイッチ内部のボード同士の接続を光化します。ここでは、距離は数十cm〜数mですが、データ量が爆発的に多くなるため、消費電力と発熱の削減が極めて重要です。
  • 技術的特徴
    • コパッケージド・オプティクス(CPO:Co-Packaged Optics)の導入
    • 光トランシーバとASICを同一基板上に配置
    • 光配線を用いたボード間通信
  • 利点
    • スイッチ機器の消費電力を最大80%削減
    • システム全体の冷却コストを大幅に抑制
    • 通信エラーの減少
  • 主な企業動向
    • NVIDIAがCPO技術搭載のデータセンタースイッチを2025年に発売予定
    • NTTはIOWN 2.0としてPEC‑2の社会実装を計画中

🔹 PEC‑3:チップ間の光化【2025〜2028年】

  • 概要:3段階目では、1つのパッケージ内にある複数のチップ(チップレット)間を光で接続します。これにより、次世代のマルチチップ型CPU、AIプロセッサ、アクセラレータの性能を飛躍的に引き上げることが可能となります。
  • 技術的特徴
    • 光I/Oチップ(光入出力コア)の開発
    • シリコンフォトニクスと高密度配線のハイブリッド設計
    • 超小型のマイクロ光導波路を使用
  • 利点
    • チップレット間通信のボトルネックを解消
    • 高スループットで低レイテンシな並列処理
    • 複雑な3D集積回路の実現が容易に
  • 活用例
    • AIアクセラレータ(例:推論・学習チップ)の高速化
    • 医療画像処理や科学シミュレーションへの応用

🔹 PEC‑4:チップ内の光化【2028〜2032年】

  • 概要:最終フェーズでは、CPUやAIプロセッサの内部配線(コアとコア間、キャッシュ間など)にも光信号を導入します。つまり、演算を行う「脳」そのものが光を使って情報を伝えるようになるという画期的な段階です。
  • 技術的特徴
    • 光論理回路(フォトニックロジック)や光トランジスタの実装
    • チップ内の情報伝達路すべてを光導波路で構成
    • 位相・偏波制御による論理演算の最適化
  • 利点
    • 熱によるスローダウン(サーマルスロットリング)の回避
    • チップ全体の動作速度向上(GHz→THz級へ)
    • システム規模に比例してスケーラブルな性能
  • 研究段階
    • 産総研、NTTデバイス、PETRA、NEDOなどが先行開発中
    • 10年スパンでの実用化が目指されている

🧭 ロードマップ全体を通じた目標

NTTが掲げるIOWNビジョンによれば、これらPECステージを通じて達成されるのは以下のような次世代情報インフラの姿です:

  • 伝送容量:現在比125倍
  • 遅延:現在比1/200
  • 消費電力:現在比1/100
  • スケーラビリティ:1デバイスあたりTbps〜Pbps級の通信

このように、PECの4段階は単なる半導体の進化ではなく、地球規模で持続可能な情報社会へのシフトを可能にする基盤技術なのです。

🏭 各社の取り組み・最新事例

光電融合(PEC)は、NTTをはじめとする日本企業だけでなく、世界中の大手IT企業やスタートアップ、大学・研究機関までもが関わるグローバルな技術競争の最前線にあります。

ここでは、各社がどのようにPECの開発・商用化を進めているか、代表的な動きを紹介します。

✔️ NTTグループ:IOWN構想の中核を担う主導者

  • IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想のもと、PECの4段階導入を掲げ、APN(All Photonics Network)や光電融合チップの研究開発を推進。
  • NTTイノベーティブデバイス(NID)を設立し、PEC実装をハードウェアレベルで担う。光I/Oコア、シリコンフォトニクスなどで2025年商用化を目指す。
  • 2025年の大阪・関西万博では、IOWN技術を使ったスマート会場体験の提供を計画中。実証フィールドとして世界から注目されている。

🧪 注目技術

  • メンブレン型半導体レーザー
  • 光トランジスタ
  • シリコンフォトニクス+電気LSIのハイブリッドパッケージ

🧪 NVIDIA:次世代データセンターでのCPO導入

  • 高性能GPUのリーダーであるNVIDIAは、光インターコネクトに強い関心を持ち、CPO(Co-Packaged Optics)への取り組みを強化。
  • 2025年に予定されている次世代データセンタースイッチでは、光トランシーバをASICと同一パッケージに搭載することで、従来の電気配線の課題を根本的に解決。
  • メリットは「スイッチポート密度向上」「消費電力抑制」「冷却効率向上」など。光配線技術がGPUクラスタの拡張に直結する。

📊 ビジネス的インパクト

  • HPC/AIクラスタ向けインターコネクト市場を狙う
  • 将来的にはNVIDIA Grace Hopper系統のSoCとも統合可能性

🧪 Lightmatter(米国):AIと光電融合の統合戦略

  • 2017年創業のスタートアップで、光によるAI推論処理チップと光通信を同一パッケージに統合
  • フォトニックプロセッサ「Envise」は、AIモデルの前処理・後処理を電気で、行列演算のコアを光で行うハイブリッド設計。
  • さらに、光スイッチFabric「Passage」も開発しており、チップレット構成における光配線による柔軟な接続構造を提案。

ロードマップ

  • 2025年夏:光AIチップ商用化予定
  • 2026年:3D積層型光電融合モジュールを展開

🧪 Intel:シリコンフォトニクスの量産体制構築

  • 2010年代から光トランシーバや光I/O製品の商用化を行っており、データセンター向けに広く出荷。
  • PEC技術の先進的応用として、チップレット間接続や冷却機構と組み合わせた3D光パッケージの開発にも力を入れている。
  • 大手クラウドベンダー(Hyperscaler)と提携し、100G/400G光I/Oの開発と製造を拡大中。

🔧 実績

  • 100G PSM4モジュール
  • Coherent光トランシーバ(CPO設計)

🧪 産総研(AIST):国内の基礎研究・標準化をリード

  • フォトニクス・エレクトロニクス融合研究センター(PEIRC)を設立。PECに必要な光導波路、光スイッチ、フォトニック集積回路を網羅的に研究。
  • 量産を見据えた高信頼・高密度光実装技術や、光I/Oコアチップなどのコンソーシアムも支援。

🧪 産学連携

  • NEDO、PETRA、大学、民間企業と連携し国際標準策定にも貢献
  • 日本のPECロードマップ立案において中心的役割

📊 その他の主要プレイヤー・動向

  • Broadcom/Cisco:400G/800Gトランシーバを軸にCPOに向けた研究を強化。
  • 中国勢(華為・中興):光I/Oやチップパッケージ特許申請が活発。中国内でのPEC技術独自育成を目指す。
  • EU/IMEC/CEA-Leti:エネルギー効率の高いフォトニックアクセラレータの共同研究プロジェクトが複数進行中。

✔️ まとめ:技術競争と共創の時代へ

光電融合(PEC:Photonic-Electronic Convergence)は、単なる技術革新の1つにとどまらず、今後の情報社会の構造そのものを変革する起爆剤として注目されています。

本記事を通じて紹介したとおり、PECはNTTのIOWN構想をはじめ、NVIDIAやIntel、産総研、Lightmatterといった国内外の主要プレイヤーが、それぞれの強みを生かして段階的な社会実装と技術開発を進めています。

✔️ なぜ今、光電融合なのか?

私たちはいま、「限界を迎えつつある電気回路の時代」から、「光が支える新しい計算・通信インフラ」への転換点に立っています。

スマートフォンやクラウドサービス、生成AIなど、利便性が高まる一方で、それを支えるインフラは電力消費の増大、物理限界、冷却コストの上昇といった深刻な課題に直面しています。

光電融合は、こうした課題を根本から解決する手段であり、しかもそれを段階的に社会へ導入するための技術ロードマップ(PEC-1〜PEC-4)まで明確に描かれています。これは、革新でありながらも「現実的な未来」でもあるのです。

✔️ 技術競争だけでなく「共創」が鍵

世界中のIT企業・半導体メーカー・研究機関が、この領域で激しい競争を繰り広げています。

NVIDIAはデータセンター市場での覇権を視野に入れたCPO技術を、Lightmatterは光演算と通信の一体化によってAI領域の最適解を提示し、Intelは長年の光トランシーバ開発をベースに量産体制を築こうとしています。

一方、NTTや産総研を中心とする日本勢も、独自の強みで世界に挑んでいます。

しかし、光電融合という分野は、電気・光・材料・設計・ソフトウェア・システム工学といった多層的な知識・技術の統合が必要な領域です。

1つの企業・研究機関では完結できないため、いま求められているのは、国境や業界の垣根を超えた「共創」なのです。

✔️ 私たちの未来とどう関係するのか?

PECは一般消費者の目に触れることは少ない技術です。しかし、今後数年のうちに、以下のような変化を私たちは日常の中で体験することになるでしょう:

  • ✔️ 動画の読み込みが瞬時に終わる
  • ✔️ 遠隔医療や遠隔操作がストレスなく利用できる
  • ✔️ AIとの対話が人間と変わらないほど自然になる
  • ✔️ データセンターがより環境にやさしく、電力使用量が削減される

これらはすべて、裏側で動く情報処理・伝送技術が劇的に進化することによって初めて実現できる世界です。

🏁 結びに

光電融合は、単なる“未来の技術”ではありません。すでにPEC-1は現実となり、PEC-2〜4へ向けた準備も着々と進んでいます。

この技術が本格的に普及することで、私たちの社会インフラ、産業構造、ライフスタイルまでもが大きく変化していくことは間違いありません。

これからの数年、どの企業が主導権を握るのか、どの国が標準を制するのか──その動きに注目することは、未来を読み解くうえで非常に重要です。

そして、その未来は意外とすぐそばに迫っているのです。

光と電気が融合する時代──それは、持続可能で豊かな情報社会への第一歩です。

📚 参考文献

6Gはどこまで来ているのか──次世代通信の研究最前線と各国の動向

6G時代の幕開け──次世代通信の姿とその最前線

はじめに

2020年代も半ばに差し掛かる今、次世代の通信インフラとして注目されているのが「6G(第6世代移動通信)」です。5Gがようやく社会実装され始めた中で、なぜすでに次の世代が注目されているのでしょうか?この記事では、6Gの基本仕様から、各国・企業の取り組み、そして6Gに至る中間ステップである5.5G(5G-Advanced)まで解説します。

6Gとは何か?

6Gとは、2030年前後の商用化が期待されている次世代の無線通信規格です。5Gが掲げていた「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」といった特徴をさらに拡張し、人間とマシン、物理空間とサイバースペースをより密接に接続することを目指しています。

6Gで目指されている性能は、次のようなものです:

  • 通信速度:最大1Tbps(理論値)
  • 遅延:1ミリ秒以下、理想的には1マイクロ秒台
  • 接続密度:1平方キロメートルあたり1000万台以上の機器
  • 信頼性:99.99999%以上
  • エネルギー効率:10〜100倍の改善

こうした性能が実現されれば、単なるスマートフォンの進化にとどまらず、医療、製造業、教育、エンタメ、交通など、あらゆる分野に革命的変化をもたらします。

通信規格の進化比較

以下に、3Gから6Gまでの進化の概要を比較した表を掲載します。

世代主な特徴最大通信速度(理論値)遅延主な用途
3G音声とデータの統合通信数Mbps数百ms携帯ブラウジング、メール
4G高速データ通信、IPベース数百Mbps〜1Gbps10〜50ms動画視聴、VoIP、SNS
4.5GLTE-Advanced、MIMOの強化1〜3Gbps10ms以下高解像度動画、VoLTE
5G超高速・低遅延・多接続最大20Gbps1ms自動運転、IoT、AR/VR
6Gサブテラヘルツ通信、AI統合最大1Tbps0.1〜1μs仮想現実、遠隔医療、空中ネットワーク

各国・各社の取り組み

6Gはまだ規格化前の段階にあるとはいえ、世界中の企業や政府機関がすでに研究と実証を進めています。

日本:ドコモ、NTT、NEC、富士通

日本ではNTTとNTTドコモ、NEC、富士通などが中心となって、100〜300GHz帯のサブテラヘルツ領域での実証実験を進めています。2024年には100Gbpsを超える通信を100mの距離で成功させるなど、世界でも先進的な成果が出ています。

また、ドコモは海外キャリア(SKテレコム、AT&T、Telefonica)やベンダー(Nokia、Keysight)とも連携し、グローバル標準化を見据えた実証に取り組んでいます。

米国・欧州:Nokia、Ericsson、Qualcomm

NokiaはBell Labsを中心に、AIネイティブなネットワークアーキテクチャとサブテラヘルツ通信の研究を進めています。米ダラスでは7GHz帯の基地局実験をFCCの承認を得て展開しています。

EricssonはAI-RAN Allianceにも参加し、AIによる基地局制御の最適化やネットワークの消費電力削減に注力しています。

Qualcommは6G対応チップの開発ロードマップを発表しており、スマートフォン向けに限らず、IoT・自動運転・XR(拡張現実)などあらゆる領域を視野に入れています。

韓国・中国:Samsung、Huawei、ZTE

Samsungは韓国国内で、140GHz帯を用いたビームフォーミングの実証を進めており、6G研究センターも設立済みです。

Huaweiは政治的な制約を抱えつつも、6G関連技術の論文や特許の数では世界トップクラス。中国政府も国家戦略として6G研究を推進しており、すでに実験衛星を打ち上げています。

5.5G(5G-Advanced):6Gへの橋渡し

5.5Gとは、3GPP Release 18〜19で規定される「5Gの進化形」であり、6Gに至る前の中間ステップとされています。Huaweiがこの名称を積極的に使用しており、欧米では”5G-Advanced”という呼び名が一般的です。

特徴

  • 通信速度:下り10Gbps、上り1Gbps
  • 接続密度:1平方kmあたり数百万台規模
  • 遅延:1ms以下
  • Passive IoTへの対応(安価なタグ型通信機器)
  • ネットワークAIによる最適化

なぜ5.5Gが必要か

5Gは標準化はされているものの、国や地域によって展開の度合いに差があり、ミリ波や超低遅延といった機能は実用化が進んでいない部分もあります。5.5Gはこうした未達成領域をカバーし、真の5G性能を提供することを目的としています。

また、5.5Gは次世代のユースケース──自動運転の高精度化、インダストリー4.0、メタバース通信、XR技術の普及──を支えるための実践的な基盤にもなります。

まとめと今後の展望

6Gは単なる通信速度の高速化ではなく、現実空間と仮想空間を融合し、AIと共に動作する次世代の社会インフラです。ドローンの群制御、遠隔外科手術、クラウドロボティクス、空中ネットワーク(HAPSや衛星)、そして通信とセンシングが統合された世界──こうした未来が実現するには、まだ多くの研究と実験が必要です。

その橋渡しとして、5.5Gの実装と普及が極めて重要です。Release 18/19の標準化とともに、2025年〜2028年にかけて5.5Gが本格導入され、その後の2030年前後に6Gが商用化される──というのが現実的なロードマップです。

日本企業はNEC・富士通・NTT系を中心に研究で存在感を示していますが、今後はチップセットやアプリケーションレイヤーでも世界市場を狙う戦略が求められるでしょう。

用語解説

  • 6G(第6世代移動通信):2030年ごろ商用化が期待される次世代通信規格。超高速・超低遅延・高信頼性が特徴。
  • 5G-Advanced(5.5G):5Gの中間進化版で、6Gの前段階に当たる通信規格。速度や接続性能、AI対応などが強化されている。
  • サブテラヘルツ通信:100GHz〜1THzの高周波帯域を使う通信技術。6Gの主要技術とされる。
  • ミリ波:30GHz〜300GHzの周波数帯。5Gでも使われるが6Gではより高い周波数が想定されている。
  • Passive IoT:自身で電源を持たず、外部からの信号で動作する通信機器。非常に低コストで大量導入が可能。
  • ビームフォーミング:電波を特定方向に集中的に送信・受信する技術。高周波帯での通信品質を高める。
  • ネットワークAI:通信ネットワークの構成・制御・運用をAIが最適化する技術。
  • AI-RAN Alliance:AIと無線ネットワーク(RAN)の統合を進める国際アライアンス。MicrosoftやNvidia、Ericssonなどが参加。

参考文献

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