日本で浮上する「戦略的ビットコイン準備金」論 ― 政府は慎重姿勢、議員から提案も

近年、ビットコインをはじめとする暗号資産を「国家の外貨準備」として活用できるのではないか、という議論が世界的に浮上しています。外貨準備は本来、為替介入や国際決済、通貨の信用維持といった目的で各国が保有する資産であり、米ドルやユーロ、日本円、さらには金や米国債といった安全資産が中心でした。しかし、世界経済の変動、インフレの進行、米ドル基軸体制の将来不安、さらにはデジタル金融技術の進展によって、従来の枠組みだけで十分なのかという疑問が強まりつつあります。

特にビットコインは、発行上限が存在し、国際的に単一のネットワークで利用できる「デジタルゴールド」としての性質を持ちます。そのため、複数の国が外貨準備に正式に組み込めば、従来の複数通貨をまたぐ資産運用に比べ、はるかに効率的で政治的に中立な準備資産として機能する可能性があると注目されています。

こうした流れの中で、日本でも一部の国会議員が「戦略的ビットコイン準備金(Strategic Bitcoin Reserve)」の必要性を訴えるようになりました。もっとも、政府与党は現時点で否定的な立場を崩しておらず、国内でも賛否が分かれています。海外では米国が法案提出段階に進み、エルサルバドルはすでに国家戦略として導入するなど、国ごとにスタンスの違いが鮮明になっています。

本記事では、この議論がなぜ起きているのかを背景から整理するとともに、日本と各国の取り組みを比較し、さらに利点と懸念点を多角的に検討していきます。

日本における動き

日本では、暗号資産を外貨準備に組み込むという議論はまだ初期段階にあり、政府と一部議員の間でスタンスが大きく異なっています。

まず、政府与党の立場としては極めて慎重です。2024年12月、国会での質問に対し、石破内閣は「暗号資産を外貨準備に含める考えはない」と明言しました。理由としては、暗号資産は日本の法制度上「外国為替」には該当せず、従来の外貨準備の定義や運用ルールにそぐわないためです。外貨準備は為替安定や国際決済のために安定した価値を持つ資産で構成されるべきとされており、価格変動が大きく市場リスクの高いビットコインを組み込むのは適切ではない、というのが政府の公式見解です。

一方で、野党や一部議員の提案は前向きです。立憲民主党の玉木雄一郎氏や参政党の神谷宗幣氏は、2025年夏にビットコイン支持派として知られる Samson Mow 氏と面会し、「戦略的ビットコイン準備金(Strategic Bitcoin Reserve)」を検討すべきだと意見交換しました。Mow 氏は、日本がデジタル時代の経済戦略を構築するうえで、ビットコインを国家レベルの資産として保有することは有益だと提案。米国では既に同様の法案が提出されており、日本も取り残されるべきではないと強調しています。

さらに、国内でも暗号資産に関連する制度整備が徐々に進んでいます。2025年1月には、政府が「暗号資産に関する制度の検証を進め、6月末までに結論を出す」と国会で明言しました。これには税制改正、ビットコインETFの可能性、暗号資産を用いた資産形成の推進などが含まれており、外貨準備という文脈には至っていないものの、制度的基盤の整備が進めば議論が現実味を帯びる可能性もあります。

つまり日本における動きは、政府与党が「現行制度では不適切」として消極的な姿勢を示す一方、野党や一部議員は将来的な国際競争力を見据えて積極的に導入を模索しているという二極化した構図にあります。国際的な動向を踏まえれば、このギャップが今後の政策議論の焦点になっていくと考えられます。

海外の動き

暗号資産を外貨準備として扱うべきかどうかについては、各国で温度差が鮮明に表れています。米国のように法案提出まで進んだ国もあれば、EUのように規制整備に注力しつつも慎重な立場を取る地域もあり、また新興国の中には経済リスクを背景に積極的な導入を検討する国もあります。

米国

米国では、超党派の議員によって「戦略的ビットコイン準備金(Strategic Bitcoin Reserve, SBR)」の創設を目指す法案が提出されました。これは、米国の外貨準備資産にビットコインを組み込み、国家の財政・金融基盤を多様化することを目的としています。背景には、ドル基軸通貨体制の揺らぎに対する警戒心があります。米国は世界の基軸通貨国であるため、自国通貨の信頼性低下は国際金融システム全体に波及するリスクを伴います。そのため、ドルと並行してビットコインを「戦略資産」として確保する議論が生まれています。法案はまだ成立段階には至っていないものの、主要国の中でここまで具体的な形に落とし込まれた例は米国が初めてです。

エルサルバドル

エルサルバドルは、2021年に世界で初めてビットコインを法定通貨として採用した国です。政府は国家予算の一部を使ってビットコインを直接購入し、外貨準備に組み込む姿勢を見せています。これにより観光業や海外投資の注目を集めた一方、IMFや世界銀行など国際金融機関からは「財政リスクが高い」として警告が出されています。国際社会からの圧力と国内の経済再建のバランスを取る必要があるため、先進国のモデルケースというよりは「リスクを取った挑戦」と評価されています。

欧州(EU)

EUは、暗号資産市場規制(MiCA)を世界に先駆けて導入し、市場の透明性や投資家保護を整備する動きを進めています。しかし、外貨準備に暗号資産を含めるという政策は、現時点では検討されていません。欧州中央銀行(ECB)はビットコインを「ボラティリティが高く、安定した価値保存手段とは言えない」と位置づけ、むしろデジタルユーロの導入を優先課題としています。EUの姿勢は、暗号資産を制度的に整理しつつも、準備資産としては不適切とするものです。

新興国

アルゼンチンやフィリピン、中東の一部産油国などでは、外貨不足やインフレ、経済制裁といった現実的な課題を背景に、ビットコインを外貨準備の一部に組み込む議論が散見されます。アルゼンチンではインフレ対策としてビットコインを推進する政治家が支持を集める一方、フィリピンでは送金需要の高さから暗号資産の利用拡大が議論されています。また、中東産油国の一部では、石油ドル依存からの脱却を目指し、暗号資産を資産多様化の一環として検討する声もあります。ただし、現時点で公式に外貨準備に含めたのはエルサルバドルのみであり、大半は検討や議論の段階にとどまっています。

要点

  • 米国:法案提出まで進んでおり、主要国の中では最も制度化が具体的。
  • エルサルバドル:唯一、国家として実際に外貨準備に組み込み済み。
  • EU:規制整備は先進的だが、外貨準備には否定的。
  • 新興国:経済課題を背景に前向きな議論はあるが、導入例は少数。

暗号資産を外貨準備に含める利点

暗号資産を外貨準備に加える議論が起きているのは、単なる技術的興味や一時的な投機熱によるものではなく、国家レベルでの金融安全保障や資産戦略における合理的な要素があるためです。以下に主な利点を整理します。

1. 資産の多様化とリスク分散

従来の外貨準備は米ドルが中心であり、次いでユーロ、円、金といった構成比率が一般的です。しかし、ドル依存度が高い体制は米国の金融政策やインフレに強く影響されるというリスクを伴います。

ビットコインを準備資産に組み込めば、従来の通貨と相関性の低い資産を保有することになり、通貨リスクの分散に寄与します。特に制裁や通貨危機に直面している国にとっては、自国経済を守るためのヘッジ手段となります。

2. 国際的な共通性と取り回しの良さ

ビットコインは、国境を超えて単一のネットワーク上で流通しているため、複数国が外貨準備に認めれば「一つの資産で複数の外貨を準備したことに近い効果」を発揮できます。

通常はドル・ユーロ・円といった通貨を使い分け、為替取引を行わなければならないところ、ビットコインであればそのままグローバルに利用できるのが強みです。これは決済インフラや資金移動コストを削減し、資産運用の効率化につながります。

3. 即時性と流動性

従来の外貨準備は、資金移動や為替取引に一定の時間とコストがかかります。一方で、ビットコインは24時間365日、国際的に即時決済可能です。これにより、為替市場が閉じている時間帯や金融危機時でも迅速に資金移動を行えるため、緊急時の対応力が向上します。流動性の観点でも、主要取引所を通じれば数十億ドル規模の取引が可能になっており、実務上も大規模な外貨準備運用に耐え得る水準に近づいています。

4. 政治的中立性

米ドルや人民元といった法定通貨は、発行国の金融政策や外交戦略の影響を強く受けます。これに対し、ビットコインは発行主体を持たず、政治的に中立な資産として利用できる点が特徴です。

複数国が共通して外貨準備に組み込むことで、どの国の影響も受けない中立的な国際決済資産を持つことができ、外交・経済の独立性を高めることにつながります。

5. デジタル経済時代への対応

世界的にデジタル通貨やCBDC(中央銀行デジタル通貨)の研究が進む中で、ビットコインを外貨準備に含めることはデジタル金融時代におけるシグナルともなります。国家が公式に暗号資産を準備資産とすることは、国内の金融市場や投資家にとっても安心材料となり、Web3やデジタル金融産業の発展を後押しする効果も期待できます。

要点

  • 資産分散:ドル依存リスクを下げる
  • 共通資産性:複数通貨に相当する柔軟性
  • 即時性:緊急時の決済・資金移動に強い
  • 中立性:発行国の影響を受けない
  • デジタル化対応:金融産業振興や国際競争力強化

懸念点と課題

暗号資産を外貨準備に組み込むことは一定の利点がありますが、同時に解決すべき課題やリスクも数多く存在します。特に国家レベルでの準備資産として採用する場合、以下のような深刻な懸念が指摘されています。

1. 価格変動の大きさ(ボラティリティ)

ビットコインは「デジタルゴールド」と呼ばれる一方で、価格の変動幅が依然として非常に大きい資産です。

  • 過去には1年間で価格が数倍に急騰した事例もあれば、半分以下に暴落した事例もあります。
  • 外貨準備は本来「安定性」が最優先されるべき資産であるため、急激な値動きは為替介入や通貨防衛の際にかえってリスクになります。
  • 金や米国債と異なり、価値の安定性が十分に確立されていない点は、最大の懸念材料と言えます。

2. 盗難・セキュリティリスク

ブロックチェーン上の取引は不可逆であり、一度正規の秘密鍵で送金されると元に戻すことはできません。

  • 取引所やカストディサービスへのハッキングによる大規模盗難事件は2025年に入っても続発しており、国家規模で保有した場合のリスクは極めて高い。
  • 個人ウォレットへのフィッシングや「レンチ攻撃」(暴力による秘密鍵開示強要)のような物理的リスクも報告されており、国家レベルでのセキュリティ体制が不可欠です。
  • 現金や金のように「盗難後に利用を止める仕組み」が存在しないため、一度盗まれると価値を回復できない点は大きな弱点です。

3. 制度的不整備と評価の難しさ

  • 会計上、暗号資産は「金融資産」や「外国為替」として扱えず、評価基準が曖昧です。
  • 国際的に統一された外貨準備資産としての枠組みがなく、各国が独自に評価するしかない状況です。
  • 国際通貨基金(IMF)や国際決済銀行(BIS)が準備資産として正式に認めていないため、統計的に「外貨準備」として扱えない点も課題です。

4. 政治・外交的摩擦

  • ビットコインを国家準備に組み込むことは、既存の基軸通貨国(米国や中国)にとって自国通貨の地位低下を意味する可能性があり、外交摩擦を引き起こす可能性があります。
  • エルサルバドルのケースでは、IMFが「財政リスクが高い」と警告を発し、支援プログラムに影響を与えました。
  • 大国が主導権を持たない「中立的資産」を持つことは利点であると同時に、国際秩序の変化をもたらす可能性があり、地政学的緊張を招きかねません。

5. 技術・運用上の課題

  • 大規模な外貨準備を保有するには、安全なカストディ環境(コールドウォレット、多重署名、地理的分散など)が不可欠ですが、その整備コストは高額です。
  • ネットワーク自体は強固ですが、将来的に量子コンピュータなど新技術による暗号破壊のリスクも議論されています。
  • マイニングのエネルギー消費が多大である点も、環境政策や国際的な批判と絡む可能性があります。

要点

  • 安定性欠如:価格変動が大きすぎる
  • セキュリティリスク:盗難後に無効化できない
  • 制度不備:会計・統計で外貨準備と認められない
  • 政治摩擦:基軸通貨国との対立リスク
  • 運用コスト:カストディや技術リスクの対応負担

まとめ

暗号資産を外貨準備に含めるべきかどうかという議論は、単なる金融商品の選択肢を超え、国際通貨体制や金融安全保障に直結するテーマです。世界を見渡すと、米国のように法案提出レベルまで議論が進んでいる国もあれば、エルサルバドルのように既に国家戦略に組み込んでいる国もあります。一方、EUや日本政府は慎重な立場をとり、現時点では「準備資産としては不適切」というスタンスを維持しています。つまり、各国の姿勢は利点とリスクの評価軸によって大きく分かれているのが現状です。

ビットコインを外貨準備に組み込む利点としては、ドル依存を減らす資産分散効果、国際的に共通する中立資産としての利用可能性、即時性や透明性などが挙げられます。特に複数の国が同時に導入すれば、「一つの資産で複数の外貨を持つ」ことに近い利便性を実現できる点は、従来の準備通貨にはない特長です。デジタル経済の進展を見据えれば、将来的に国際金融インフラにおける存在感が増す可能性は否定できません。

しかし同時に、価格変動の大きさ、盗難やセキュリティリスク、制度的不整備、政治摩擦、運用コストといった課題は依然として重大です。特に「盗まれた暗号資産を無効化できない」という特性は、国家レベルの保有においても無視できないリスクです。また、安定性を最優先とする外貨準備において、急激に変動する資産をどこまで許容できるのかという点は、慎重に検討すべき問題です。

結局のところ、暗号資産を外貨準備に含めるかどうかは「利便性とリスクのトレードオフ」をどう評価するかにかかっています。短期的には、米国や新興国のように前向きな議論が進む一方、日本やEUのように慎重派が多数を占める国では当面「検討対象」以上に進むことは難しいでしょう。ただし、国際的な金融秩序が揺らぐ中で、このテーマは今後も繰り返し浮上し、いずれ国家戦略の選択肢として現実的に議論される局面が訪れる可能性があります。

参考文献

Windows 11 更新プログラム KB5063878 をめぐる不具合報告と現在の状況

はじめに

2025年8月12日、Microsoft は Windows 11 バージョン 24H2 向けに累積セキュリティ更新プログラム「KB5063878」を配布しました。累積更新は毎月の定例配布(いわゆる「Patch Tuesday」)の一部として提供され、通常であればセキュリティ強化や既知の不具合修正が中心です。そのため多くのユーザーにとっては「入れて当然」の更新に分類されます。

しかし今回の KB5063878 では、更新を適用した一部のユーザーから SSD や HDD が突然認識されなくなる、あるいはファイルシステムが破損する、といった深刻な報告が相次ぎました。特定のコントローラを搭載した SSD に偏って発生しているものの、広くユーザーを巻き込む可能性があり、単なる個別事例では済まされない状況です。さらに、ストレージ障害に加えて OBS や NDI を利用した映像配信に遅延や音声不具合を引き起こすケースも確認され、一般ユーザーだけでなくクリエイターや配信者にも影響が及んでいます。

セキュリティ更新は適用を先送りすれば脆弱性リスクを抱えることになります。一方で、適用すればデータ消失の危険性に直面するという「二重のリスク」に直面しており、システム管理者やエンドユーザーの判断が難しくなっています。Microsoft はすでに調査を開始し、SSDコントローラメーカーである Phison も協力を表明しましたが、現時点での明確な解決策は示されていません。

この記事では、KB5063878 の内容と背景、実際に報告されている不具合の詳細、Microsoft およびメーカーの対応、そしてユーザーが今すぐ実行できる対処法を整理し、今後の見通しを考えます。

KB5063878 の概要

KB5063878 は、2025年8月の定例アップデート(Patch Tuesday)の一環として公開された、Windows 11 バージョン 24H2 向けの累積セキュリティ更新プログラムです。適用後のビルド番号は 26100.4946 となります。

累積更新プログラムは、セキュリティ修正や機能改善、安定性向上をまとめて適用する仕組みであり、過去の修正内容も含んで配布されるのが特徴です。そのため、今回の KB5063878 を適用すると、7月以前の修正も一括して反映され、システムを最新状態に保つことができます。

今回の更新内容として Microsoft が公式に発表しているのは以下のポイントです。

  • サービシングスタックの更新 Windows Update を正しく適用するための基盤部分が修正されています。これにより、将来の更新が失敗しにくくなる効果があります。
  • Microsoft Pluton Cryptographic Provider に関連するログ出力 一部環境で Pluton 暗号化プロバイダが無効化されている場合でも、イベントログにエラーが出力される現象が修正対象となりました。実際の機能には影響がないものの、管理者にとっては誤解を招く挙動でした。
  • WSUS(Windows Server Update Services)経由での更新不具合の修正 WSUS を利用して KB5063878 を配布した際に「0x80240069」というエラーコードが表示される問題がありましたが、この更新で解消されました。
  • OBS や NDI を利用したストリーミング環境における通信処理の改善 特定のネットワークプロトコル(RUDP)利用時に、音声や映像が遅延・不安定になる現象が確認されており、Microsoft は回避策として TCP や UDP の利用を推奨しています。

一見すると、セキュリティや安定性に関わる比較的地味な修正に見えますが、更新を適用した後に予期せぬ副作用として SSD や HDD に障害が発生するケースが相次いでおり、結果として「セキュリティ改善のための更新」が「システムを不安定にするリスク」を招く形となっています。

報告されている不具合

KB5063878 を適用した後、複数の深刻な不具合が報告されています。特にストレージ関連の障害はデータ消失に直結する恐れがあり、また配信や映像共有の分野にも影響が及んでいます。以下では、大きく三つの問題に整理して説明します。

SSD/HDDの消失・データ破損

最も深刻なのはストレージ障害です。

  • 発生状況:50GB以上の大容量ファイルをコピー・移動する、または長時間にわたり高負荷で書き込みを行うといった操作で発生しやすいとされています。ディスク使用率が60%を超える環境ではリスクがさらに高まります。
  • 具体的な症状:ドライブが突然認識されなくなる、ファイルシステムがRAW化してアクセス不能になる、SMART情報が読み取れなくなるといった報告が寄せられています。
  • 復旧可否:再起動によって一時的に復旧する例もあるものの、完全に利用不能となるケースも確認されています。一部製品では再起動後も復旧せず、事実上データを失う事態に至っています。
  • 影響範囲:Phison製コントローラを搭載したSSDで多くの事例が報告されていますが、他のメーカーのSSDやHDDでも同様の現象が発生しており、限定的な問題とは言えません。検証では21台中12台でアクセス不能が再現されたとされています。

この問題は単なる動作不安定ではなく、利用中のデータを失う可能性があるため、一般ユーザーだけでなく業務環境にも大きなリスクをもたらします。

ストリーミング・映像配信の不具合

映像配信やリモート会議で広く利用されている NDI(Network Device Interface) を使用している環境でも不具合が確認されています。

  • 症状:音声や映像が遅延する、同期がずれる、映像が途切れるといった現象が発生しています。ライブ配信やオンライン会議での利用において深刻な支障となります。
  • 原因の推測:NDIが標準で利用する RUDP(Reliable UDP) 通信に起因しているとされ、通信方式を UDP や TCP に切り替えることで改善するケースが報告されています。
  • 影響範囲:NDIを利用したワークフローは放送・配信・映像制作の現場で広く活用されており、影響を受けるユーザー層は限定的ではありません。

セキュリティ更新によって配信の安定性が損なわれるのは予期せぬ事態であり、NDIを利用した環境に依存しているユーザーにとっては大きな課題です。

その他の問題

ストレージやNDI以外にも副作用が報告されています。

  • Windows Updateの失敗:WSUSを利用した更新配布で「0x80240069」というエラーが発生し、更新が正しく適用されないケースが確認されました。現在は修正済みとされています。
  • 更新プログラムのアンインストールが困難:不具合回避のため削除を試みてもアンインストールに失敗する事例があり、更新の一時停止やグループポリシーでの制御が必要となる場合があります。
  • イベントログの誤出力:Microsoft Pluton Cryptographic Provider が無効化されている環境で、実害がないにもかかわらずエラーログが出力される事象があり、管理者の誤解を招きやすくなっています。

このように KB5063878 は、セキュリティ更新でありながら複数の副作用を引き起こしていることが報告されています。特にストレージ障害とNDI関連の不具合は深刻であり、利用者は適用判断に慎重さが求められています。

Microsoftとメーカーの対応

今回の KB5063878 に伴う不具合については、Microsoft とストレージメーカー双方が声明を発表しており、その内容に微妙なニュアンスの違いが見られます。加えて、インターネット上では真偽不明の文書や推測も拡散しており、事実と憶測を区別する必要があります。

Microsoftの対応

Microsoft は不具合報告を公式に認識しており、「パートナーと協力して調査を進めている」と表明しています。ただし、同社が自社環境で検証した結果では 一般的な条件下での再現には至っていない としており、発生条件が限定的である可能性を示唆しています。そのため、Microsoft は現時点で「ストレージの消失・破損を再現した」とは発表していません。実際のところ、影響を受けているユーザー環境からのログ収集や再現テストを続けている段階にとどまっています。

また、ストレージ以外の分野では Microsoft 自身が「既知の不具合」として公式に認めているものもあります。代表例が NDI(Network Device Interface)利用時のストリーミング遅延や音切れ です。これは映像制作や配信分野で広く利用されている技術であり、NDI が標準で用いる RUDP 通信方式に問題があるとみられています。Microsoft は暫定的な回避策として TCP あるいは UDP に切り替えること を案内しており、この点については明確な不具合認識が示されています。

Phisonの対応

SSDコントローラ大手の Phison も独自の声明を発表しました。Phison は「今回の不具合は KB5063878 および KB5062660 の影響によって引き起こされたものであり、業界全体に影響が及ぶ」と表明し、Microsoft と連携して調査を進めているとしています。つまり、問題は 自社製コントローラ固有の不具合ではなく、Windows の更新プログラムとの相互作用によって引き起こされている という立場を強調しています。

一方で、インターネット上には「Phison製コントローラが原因だ」とする文書が出回りました。しかし Phison はこれを公式に 偽造文書(いわゆる怪文書)であると否定 し、法的措置も視野に入れて対応すると発表しています。複数の報道でも、Phison がこの“怪文書”を強く否定したことが伝えられています。

現在の合意点と不明点

ユーザーやメディアによる検証では、特に Phison コントローラ搭載 SSD で報告数が多いものの、他社製コントローラや HDD でも類似の問題が発生していることが確認されており、現時点で「Phison製だけの問題」とは断定できません。ある検証では、21台のストレージのうち12台が高負荷時に認識不能となったとされ、影響が広範に及ぶ可能性が示唆されています。

Microsoft は「広範なユーザー環境での再現性は確認できていない」としつつも調査を継続中、Phison は「OS側の更新が要因」と位置付けて調査を続けており、両者の間に微妙な見解の違いが存在しています。どちらも最終的な結論は出していませんが、少なくとも OS更新プログラムとハードウェア制御の相互作用に起因する可能性が高い という点は共通して認識されているようです。

世間の反応と課題

こうした中で、コミュニティやフォーラムでは「Microsoft が不具合を軽視しているのではないか」「Phison が責任を回避しているのではないか」といった憶測も飛び交っています。さらに「Phison側の内部文書」と称する偽造資料が拡散したことが混乱を拡大させ、ユーザーの不信感を強める要因となりました。

一方で、NDIに関する不具合については Microsoft が公式に認めたため、配信や映像制作に携わるユーザーからは迅速な修正を求める声が上がっています。ストレージ障害に比べて再現性が高く、発生条件も比較的明確なため、こちらは比較的早い段階で修正が期待できると見られます。

まとめ

現時点で明らかなのは、

  1. Microsoft はストレージ消失の再現には至っていないが、ユーザー報告をもとに調査を継続している。
  2. Phison は OS 側の更新に起因する業界的な問題と位置付け、Microsoft と協力している。
  3. 「Phisonが原因」と断定する流出文書は偽造と公式に否定されている。
  4. NDI関連の通信不具合については Microsoft が既知の問題として認め、回避策を案内している。

今後、Microsoft からの追加パッチや詳細な技術説明が公開されることが期待されますが、それまではユーザー側での予防策(バックアップ、更新停止など)が最も有効な対応手段となっています。

ユーザーが取り得る選択肢

今回の KB5063878 による不具合は、環境や利用状況によって発生の有無や影響の度合いが大きく異なります。そのため、すべてのユーザーが一律に同じ行動を取るべきだという結論には至りません。むしろ、自分の利用シーンやリスク許容度に応じて、いくつかの選択肢の中から適切な対応を検討することが現実的です。ここでは主な選択肢を整理します。

1. データバックアップの徹底

最も基本的かつ有効な対応は、重要データのバックアップです。

  • 3-2-1ルール(3つのコピー、2種類の媒体、1つはオフサイト保存)を意識することで、万が一ストレージが認識不能になっても復旧可能性が高まります。
  • クラウドストレージやNASを組み合わせて二重三重の冗長性を確保するのも有効です。

この選択肢は、更新を適用するかどうかにかかわらず取っておく価値があります。

2. 更新を適用し続ける

セキュリティ更新を止めないという選択肢です。

  • OSの脆弱性を放置すれば攻撃リスクが高まるため、セキュリティ重視のユーザーや企業環境では更新を適用し続ける方が望ましいケースもあります。
  • その場合は、大容量書き込みなど発生条件とされる操作をなるべく避け、バックアップ体制を強化してリスクを低減するのが現実的です。

3. 更新をアンインストールする

不具合が顕在化した場合の選択肢です。

  • KB5063878 を削除して以前のビルドに戻すことで、問題が解消する事例が多数報告されています。
  • ただし環境によってはアンインストールが失敗するケースもあり、必ずしも実行可能とは限りません。
  • アンインストールに成功しても、自動更新で再適用されるリスクがあるため、一時停止設定と組み合わせる必要があります。

4. 更新の一時停止・延期

リスクを回避するために更新の適用を一時的に止める選択肢です。

  • Windows Update の設定やグループポリシーを用いることで、更新を数週間から数か月延期することが可能です。
  • その間に Microsoft から修正パッチや追加情報が提供されることを期待し、安全が確認されてから適用する戦略を取れます。
  • 一方で、セキュリティ更新を停止することは脆弱性リスクを抱えることにつながるため、ネットワーク環境や用途を考慮して判断する必要があります。

5. 配信・映像共有でNDIを利用している場合の回避策

NDI利用環境では通信方式の切り替えという選択肢があります。

  • デフォルトで利用される RUDP を避け、TCP や UDP に変更することで遅延や映像乱れを回避できる場合があります。
  • 配信や会議でNDIが必須の場合には、安定性を重視してこの選択肢を検討すべきでしょう。

6. ハードウェア側の監視・検証

発生条件が限定的であることから、自分の環境で再現するかどうかを意識的に検証するという選択肢もあります。

  • 予備のストレージを用いてテストを行う、SMART情報を定期的にモニタリングするなど、監視体制を強化することも一つの対応です。
  • 発生しない環境であれば、リスクを理解したうえで更新を継続するという判断も可能です。

まとめ

KB5063878 に関してユーザーが取り得る行動は、

  • 「適用してセキュリティを優先する」
  • 「アンインストールや延期で安定性を優先する」
  • 「回避策や監視を組み合わせてリスクを軽減する」

といった複数の選択肢に整理できます。どれを選ぶかは、利用環境(個人か企業か、重要データを扱うかどうか)、リスク許容度(セキュリティと安定性のどちらを優先するか)、そして不具合が実際に発生しているかどうかに左右されます。現時点では「これを必ず取るべき」という答えはなく、自分の環境と目的に応じて柔軟に判断することが現実的です。

今後の展望

今回の KB5063878 による不具合は、影響が出ているユーザーと出ていないユーザーが混在しており、発生条件も明確には特定されていません。そのため「自分の環境では問題が起きていないから安全」と短絡的に判断するのは危険です。ストレージ障害のようにデータ消失につながるリスクは一度発生すれば取り返しがつかないため、事象が確認されていないユーザーも含め、今後の情報を継続的に追跡していく必要があります。特に企業環境やクリエイティブ用途のユーザーは、実際の被害が出ていなくても監視体制を敷き、Microsoftやメーカーからの公式アナウンスを注視すべきです。

さらに注目されるのは、Windows 11 の次期大型アップデート 25H2 のリリースが目前に迫っていることです。25H2は2025年秋に提供開始予定とされており、KB5063878で浮き彫りになったような更新プログラム由来の不具合が解消されないまま次期バージョンに移行するのは望ましくありません。Microsoftにとっては、25H2の提供前に今回の問題をどのように収束させるかが大きな課題となります。

想定されるシナリオとしては、

  1. 追加の修正パッチを提供する KB5063878で発生した問題を特定し、9月以降の累積更新で修正を盛り込む。
  2. 回避策やガイドラインを強化する 発生条件をある程度絞り込み、ユーザーが安全に運用できるよう情報提供を進める。
  3. 25H2で根本対応を実施する 不具合を25H2の新しいコードベースで修正・回避し、移行を推奨する形で問題を解決していく。

いずれの方法であっても、今後数か月の対応は Windows 11 の信頼性や利用者の印象に大きく影響します。過去にも Windows Update が原因でデバイスに障害を引き起こした事例はありましたが、今回のようにデータ消失リスクを伴う問題は特にセンシティブであり、迅速かつ透明性のある対応が求められます。

したがって、今回の件については「問題が発生した人」だけでなく「問題が起きていない人」にとっても重要な意味を持ちます。OS更新はすべてのユーザーに広く配布されるため、個別の体験に左右されず、Microsoftやストレージベンダーからの続報を継続的に追跡することが欠かせません。そして25H2の公開が迫る中、この問題をどのように収束させ、次期リリースの品質と信頼性を確保するのかが今後の最大の注目点になるでしょう。

おわりに

KB5063878 は本来、Windows 11 24H2 のセキュリティと安定性を強化するための累積更新プログラムとして提供されました。しかし結果として、一部環境で SSD/HDD の消失やデータ破損、さらに NDI を利用した映像配信の不安定化といった重大な副作用が報告されています。これらは単なる操作上の不具合ではなく、データ損失や業務停止に直結する可能性があるため、慎重な対応が求められます。

Microsoft は不具合の存在を認識し、パートナーと調査を進めていますが、ストレージ障害については「社内環境では再現できていない」としています。一方、Phison は「OS更新が原因で業界横断的な影響が出ている」との立場を示し、共同調査を続けています。また、Phison製コントローラが原因だとする偽造文書が拡散し混乱を招きましたが、同社はこれを強く否定しました。現時点で「どこに責任があるのか」という明確な結論は出ていません。

ユーザー側で取れる行動には、バックアップを徹底したうえで更新を継続する、アンインストールや一時停止で安定性を優先する、回避策や監視を強化するなど複数の選択肢があります。ただし重要なのは、「自分の環境では問題が出ていないから安心」と結論づけるのではなく、発生条件が未解明であることを踏まえて継続的に情報を追跡することです。

ここで留意すべき点がもう一つあります。ネット記事や動画の中には「Windows Updateを止める」「パッチを即座にアンインストールする」ことを第一の対処法として挙げているものが目立ちます。しかし、これは必ずしも正しい対応とは言えません。セキュリティ更新を停止すれば既知の脆弱性に晒されることになり、マルウェア感染や不正アクセスといった別のリスクを背負うことになります。特に企業のPCでは、個人の判断ではなく その企業のセキュリティポリシーや運用ルールに従うことが最優先 です。安定性とセキュリティの双方のバランスを考慮し、自分が置かれている環境に応じた判断が求められます。

さらに視野を広げれば、Windows 11 の次期大型アップデート 25H2 が目前に迫っています。Microsoft が25H2をリリースする前に今回の問題をどのように収束させるかは、利用者からの信頼回復のためにも極めて重要です。今後の修正パッチやガイダンスの内容、25H2での恒久的な改善措置に注目が集まるでしょう。

総じて KB5063878 の問題は、単なる一時的な不具合にとどまらず、Windows Update 全体の信頼性やユーザーのセキュリティ行動に影響を与える事案です。影響を受けた人もそうでない人も、安易に更新を外すかどうかを決めるのではなく、リスクの両面を考え、自身の利用環境や組織の方針を踏まえた上で最適な選択をしていくことが求められます。

参考文献

英国企業の約3割がAIリスクに“無防備” — 今すぐ取り組むべき理由と最前線の対策

🔍 背景:AI導入の急加速と不可避のリスク

近年、AI技術の発展とともに、企業におけるAIの導入は世界的に加速度的に進んでいます。英国においてもその動きは顕著で、多くの企業がAIを用いた業務効率化や意思決定支援、顧客体験の向上などを目的として、積極的にAIを取り入れています。PwCの試算によれば、AIは2035年までに英国経済に約5500億ポンド(約100兆円)規模の経済効果をもたらすとされており、いまやAI導入は競争力維持のための不可欠な要素となりつつあります。

しかし、その導入のスピードに対して、安全性やガバナンスといった「守り」の整備が追いついていない現状も浮き彫りになっています。CyXcelの調査でも明らかになったように、多くの企業がAIのリスクについて認識してはいるものの、具体的な対策には着手していない、あるいは対応が遅れているという実態があります。

背景には複数の要因が存在します。まず、AI技術そのものの進化が非常に速く、企業のガバナンス体制やサイバーセキュリティ施策が後手に回りやすいという構造的な問題があります。また、AIの利用が一部の部門やプロジェクトから始まり、全社的な戦略やリスク管理の枠組みと連携していないケースも多く見られます。その結果、各現場ではAIを「便利なツール」として活用する一方で、「どうリスクを検知し、制御するか」という視点が抜け落ちてしまうのです。

さらに、英国ではAI規制の法制度が欧州連合に比べてまだ整備途上であることも課題の一つです。EUは2024年に世界初の包括的なAI規制である「AI Act」を採択しましたが、英国は独自路線を模索しており、企業側としては「何が求められるのか」が見えにくい状況にあります。こうした規制の空白地帯により、企業が自発的にAIリスクへの備えを行う責任が一層重くなっています。

このように、AI導入の波は企業活動に多大な可能性をもたらす一方で、その裏側には重大なリスクが潜んでおり、それらは決して「技術者任せ」で済むものではありません。経営層から現場レベルまで、組織全体がAIに伴うリスクを自分ごととして捉え、包括的な対応戦略を構築していく必要があります。


🛠 CyXcel 最新調査:実態は「認識」だが「無策」が多数

AIリスクへの関心が高まりつつある中、英国企業の実態はどうなっているのでしょうか。2025年5月下旬から6月初旬にかけて、サイバー・リーガル・テクノロジー領域の統合リスク支援を手がけるCyXcelが実施した調査によって、AIリスクに対する企業の認識と対応の「深刻なギャップ」が明らかになりました。

この調査では、英国および米国の中堅から大企業を対象に、それぞれ200社ずつ、合計400社を対象にアンケートが行われました。その結果、30%の英国企業がAIを経営上の「トップ3リスク」として認識していると回答。これは、AIリスクの存在が経営層の課題として顕在化していることを示すものです。にもかかわらず、実際の対応が追いついていないという事実が浮き彫りとなりました。

具体的には、全体の29%の企業が、ようやく「初めてAIリスク戦略を策定した段階」にとどまり、31%の企業は「AIに関するガバナンスポリシーが未整備」であると回答しました。さらに悪いことに、調査では18%の企業がデータポイズニングのようなAI特有のサイバー攻撃にまったく備えていないことも明らかになっています。16%はdeepfakeやデジタルクローンによる攻撃への対策を一切講じていないと答えており、これは企業ブランドや顧客信頼を直撃するリスクを放置している状態といえます。

CyXcelの製品責任者であるメーガ・クマール氏は、調査結果を受けて次のように警鐘を鳴らしています:

“企業はAIを使いたがっているが、多くの企業ではガバナンスプロセスやポリシーが整っておらず、その利用に対して不安を抱いている。”

この言葉は、AI導入の勢いに対して「どう使うか」ではなく「どう守るか」の議論が後回しにされている現状を端的に表しています。

さらに注目すべきは、こうした傾向は英国に限らず米国でも同様に見られたという点です。米国企業においても、20%以上がAIリスク戦略の未策定、約19%がdeepfake対策を未実施という結果が出ており、英米共通の課題として「認識はあるが無策である」という構図が浮かび上がっています。

このギャップは単なるリソース不足の問題ではなく、企業文化や経営姿勢そのものの問題でもあります。AIのリスクを「IT部門の問題」として限定的に捉えている限り、全社的な対応体制は整いません。また、リスクが表面化したときには既に取り返しのつかない状況に陥っている可能性もあるのです。

このように、CyXcelの調査は、AIリスクへの対応が今なお“意識レベル”にとどまり、組織的な行動には結びついていないという実態を強く示しています。企業がAIを安全かつ持続可能に活用するためには、「使う前に守る」「活用と同時に制御する」意識改革が不可欠です。


💥 AIリスクに関する具体的影響と広がる脅威

AI技術の発展は、私たちのビジネスや社会にかつてない革新をもたらしています。しかし、その一方で、AIが悪用された場合の脅威も現実のものとなってきました。CyXcelの調査は、企業の防御がいかに脆弱であるかを浮き彫りにしています。

とくに注目すべきは、AIを狙ったサイバー攻撃の多様化と巧妙化です。たとえば「データポイズニング(Data Poisoning)」と呼ばれる攻撃手法では、AIが学習するデータセットに悪意ある情報を混入させ、意図的に誤った判断をさせるよう仕向けることができます。これにより、セキュリティシステムが本来なら検知すべき脅威を見逃したり、不正確なレコメンデーションを提示したりするリスクが生じます。CyXcelの調査によると、英国企業の約18%がこのような攻撃に対して何の対策も講じていない状況です。

さらに深刻なのが、ディープフェイク(Deepfake)やデジタルクローン技術の悪用です。生成AIにより、人物の顔や声をリアルに模倣することが可能になった現在、偽の経営者の映像や音声を使った詐欺が急増しています。実際、海外ではCEOの音声を複製した詐欺電話によって、多額の資金が騙し取られたケースも報告されています。CyXcelによれば、英国企業の16%がこうした脅威に「まったく備えていない」とのことです。

これらのリスクは単なる技術的な問題ではなく、経営判断の信頼性、顧客との信頼関係、ブランド価値そのものを揺るがす問題です。たとえば、AIによって処理される顧客情報が外部から操作されたり、生成AIを悪用したフェイク情報がSNSで拡散されたりすることで、企業の評判は一瞬で損なわれてしまいます。

加えて、IoTやスマートファクトリーといった「物理世界とつながるAI」の活用が広がる中で、AIシステムの誤作動が現実世界のインフラ障害や事故につながる可能性も否定できません。攻撃者がAIを通じて建物の空調システムや電力制御に干渉すれば、その影響はもはやITに留まらないのです。

このように、AIを取り巻くリスクは「目に見えない情報空間」から「実社会」へと急速に広がっています。企業にとっては、AIを使うこと自体が新たな攻撃対象になるという現実を直視し、技術的・組織的な対策を講じることが急務となっています。


🛡 CyXcelの提案:DRM(Digital Risk Management)プラットフォーム

CyXcelは、AI時代における新たなリスクに立ち向かうための解決策として、独自に開発したDigital Risk Management(DRM)プラットフォームを2025年6月に正式リリースしました。このプラットフォームは、AIリスクを含むあらゆるデジタルリスクに対して、包括的かつ実用的な可視化と対処の手段を提供することを目的としています。

CyXcelのDRMは、単なるリスクレポートツールではありません。サイバーセキュリティ、法的ガバナンス、技術的監査、戦略的意思決定支援など、企業がAIやデジタル技術を活用する上で直面する複雑な課題を、“一つの統合されたフレームワーク”として扱える点が最大の特徴です。

具体的には、以下のような機能・構成要素が備わっています:

  • 190種類以上のリスクタイプを対象とした監視機能 例:AIガバナンス、サイバー攻撃、規制遵守、サプライチェーンの脆弱性、ジオポリティカルリスクなど
  • リアルタイムのリスク可視化ダッシュボード 発生確率・影響度に基づくリスクマップ表示により、経営層も即座に判断可能
  • 地域別の規制対応テンプレート 英国、EU、米国など異なる法域に対応したAIポリシー雛形を提供
  • インシデント発生時の対応支援 法務・セキュリティ・広報対応まで一気通貫で支援する人的ネットワークを内包

このDRMは、ツール単体で完結するものではなく、CyXcelの専門家ネットワークによる継続的な伴走型支援を前提としています。つまり、「導入して終わり」ではなく、「使いながら育てる」ことを重視しているのです。これにより、自社の業種・規模・リスク体制に即したカスタマイズが可能であり、大企業だけでなく中堅企業にも対応できる柔軟性を持っています。

製品責任者のメーガ・クマール氏は、このプラットフォームについて次のように述べています:

「企業はAIの恩恵を享受したいと考えていますが、多くの場合、その利用におけるリスク管理やガバナンス体制が未整備であることに不安を抱いています。DRMはそのギャップを埋めるための現実的なアプローチです。」

また、CEOのエドワード・ルイス氏も「AIリスクはもはやIT部門に閉じた問題ではなく、法務・経営・技術が一体となって取り組むべき経営課題である」と語っています。

このように、CyXcelのDRMは、企業がAIを“安全かつ責任を持って活用するためのインフラ”として位置づけられており、今後のAI規制強化や社会的責任の高まりにも対応可能な、先進的なプラットフォームとなっています。

今後、AIリスクへの注目が一層高まる中で、CyXcelのDRMのようなソリューションが企業の“防衛ライン”として広く普及していくことは、もはや時間の問題と言えるでしょう。


🚀 実践的ガイド:企業が今すぐ始めるべきステップ

ステップ内容
1. ギャップ分析AIリスク戦略・ガバナンス体制の有無を整理
2. ガバナンス構築三層防衛体制(法務・技術・経営)と規定整備
3. 技術強化データチェック、deepfake検知、モデル監査
4. 継続モニタリング定期レビュー・訓練・DRMツール導入
5. 組織文化への浸透全社教育・責任体制の明確化・インセンティブ導入

⚖️ スキル・規制・国家レベルの動き

AIリスクへの対処は、企業単体の努力にとどまらず、人材育成・法制度・国家戦略といったマクロな取り組みと連動してこそ効果を発揮します。実際、英国を含む多くの先進国では、AIの恩恵を享受しながらも、そのリスクを抑えるための制度設計と教育投資が進められつつあります。

まず注目すべきは、AI活用人材に対するスキルギャップの深刻化です。国際的IT専門家団体であるISACAが2025年に実施した調査によると、英国を含む欧州企業のうち83%がすでに生成AIを導入済みまたは導入を検討中であると回答しています。しかしその一方で、約31%の企業がAIに関する正式なポリシーを整備していないと答えており、またdeepfakeやAIによる情報操作リスクに備えて投資を行っている企業は18%にとどまるという結果が出ています。

これはつまり、多くの企業が「技術は使っているが、それを安全に運用するための知識・仕組み・人材が追いついていない」という構造的課題を抱えていることを意味します。生成AIの利便性に惹かれて現場導入が先行する一方で、倫理的・法的リスクの認識やリスク回避のためのスキル教育が疎かになっている実態が、これらの数字から浮かび上がってきます。

このような背景を受け、英国政府も対応を本格化させつつあります。2024年には「AI Opportunities Action Plan(AI機会行動計画)」を策定し、AIの活用を国家の経済戦略の中核に据えるとともに、規制の整備、透明性の確保、倫理的AIの推進、スキル育成の加速といった4つの柱で国家レベルの取り組みを推進しています。特に注目されているのが、AIガバナンスに関する業界ガイドラインの整備や、リスクベースの規制アプローチの導入です。EUが先行して制定した「AI Act」に影響を受けつつも、英国独自の柔軟な枠組みを目指している点が特徴です。

さらに教育機関や研究機関においても、AIリスクに関する教育や研究が活発化しています。大学のビジネススクールや法学部では、「AI倫理」「AIと責任あるイノベーション」「AIガバナンスと企業リスク」といった講義が続々と開設されており、今後の人材供給の基盤が少しずつ整いつつある状況です。また、政府主導の助成金やスキル再訓練プログラム(reskilling programme)も複数走っており、既存の労働人口をAI時代に適応させるための準備が進んでいます。

一方で、現場レベルではこうした制度やリソースの存在が十分に活用されていないという課題も残ります。制度があっても情報が届かない、専門家が社内にいない、あるいは予算の都合で導入できないといった声も多く、国家レベルの取り組みと企業の実態には依然として乖離があります。このギャップを埋めるためには、官民連携のさらなる強化、特に中小企業への支援拡充やベストプラクティスの共有が求められるでしょう。

結局のところ、AIリスクへの対応は「技術」「制度」「人材」の三位一体で進めていくほかありません。国家が整えた制度と社会的基盤の上に、企業が主体的にリスクを管理する文化を育み、現場に浸透させる。そのプロセスを通じて初めて、AIを持続可能な形で活用できる未来が拓けていくのです。


🎯 最後に:機会とリスクは表裏一体

AIは今や、単なる技術革新の象徴ではなく、企業活動そのものを根本から変革する“経営の中核”となりつつあります。業務効率化やコスト削減、顧客体験の向上、新たな市場の開拓──そのポテンシャルは計り知れません。しかし、今回CyXcelの調査が明らかにしたように、その急速な普及に対して、リスク管理体制の整備は著しく遅れているのが現状です。

英国企業の約3割が、AIを自社にとって重大なリスクと認識しているにもかかわらず、具体的な対応策を講じている企業はごくわずか。AIをめぐるリスク──たとえばデータポイズニングやディープフェイク詐欺といった攻撃手法は、従来のセキュリティ対策では対応が難しいものばかりです。にもかかわらず、依然として「方針なし」「対策未着手」のままAIを導入・活用し続ける企業が多いという実態は、将来的に深刻な事態を招く可能性すら孕んでいます。

ここで重要なのは、「AIリスク=AIの危険性」ではない、という視点です。リスクとは、本質的に“可能性”であり、それをどう管理し、どう制御するかによって初めて「安全な活用」へと転じます。つまり、リスクは排除すべきものではなく、理解し、向き合い、管理するべき対象なのです。

CyXcelが提供するようなDRMプラットフォームは、まさにその“リスクと共に生きる”ための手段のひとつです。加えて、国家レベルでの制度整備やスキル育成、そして社内文化としてのリスク意識の醸成。これらが一体となって初めて、企業はAIの恩恵を最大限に享受しつつ、同時にその脅威から自らを守ることができます。

これからの時代、問われるのは「AIを使えるかどうか」ではなく、「AIを安全に使いこなせるかどうか」です。そしてそれは、経営者・技術者・法務・現場すべての人々が、共通の言語と意識でAIとリスクに向き合うことによって初めて実現されます。

AIの導入が加速するいまこそ、立ち止まって「備え」を見直すタイミングです。「便利だから使う」のではなく、「リスクを理解した上で、責任を持って活用する」──そのスタンスこそが、これからの企業にとって最も重要な競争力となるでしょう。

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