NFT × 観光DX:JTB・富士通・戸田建設が福井県越前市で試験導入

観光産業は今、デジタル技術の力によって大きな変革期を迎えています。
これまで観光といえば「現地を訪れ、実際に体験する」ことが中心でした。しかし近年では、デジタルを通じて体験の設計そのものを再定義する動きが世界的に加速しています。いわゆる「観光DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。

観光DXの目的は、単に観光情報をオンライン化することではありません。観光客と地域、そして事業者をデータと技術でつなぎ、持続可能な観光経済を構築することにあります。
観光地の混雑をリアルタイムで把握して分散を促すスマートシティ型の施策、交通データや宿泊データを統合して移動を最適化するMaaSの導入、生成AIによる多言語観光案内、AR・VRによる没入型体験――そのどれもが「デジタルを介して旅の価値を拡張する」という共通の思想に基づいています。

そして今、新たな潮流として注目されているのが、NFT(非代替性トークン)を観光体験の中に取り入れる試みです。
ブロックチェーン技術を用いたNFTは、デジタルデータに「唯一性」と「所有権」を与える仕組みです。これを観光体験に応用することで、「訪れた証明」や「体験の記録」をデジタル上に残すことが可能になります。つまり、旅そのものが“記録され、所有できる体験”へと変わりつつあるのです。

その象徴的な事例が、福井県越前市で2025年11月から始まる「ECHIZEN Quest(エチゼンクエスト)」です。JTB、富士通、戸田建設の3社が連携し、地域文化とNFTを組み合わせた観光DXの実証実験を行います。
この取り組みは、観光体験を単なる消費行動から“デジタルによる価値共有”へと変えていく第一歩といえるでしょう。

本稿では、この越前市の事例を起点に、国内外で進む観光DXの動きを整理し、さらに今後の方向性を考察します。NFTをはじめとする新技術が観光体験にどのような変化をもたらし得るのか、その可能性と課題を探ります。

福井県越前市「ECHIZEN Quest」:NFT × 観光DXの実証

観光分野におけるNFT活用は、世界的にもまだ新しい試みです。アートやゲームなどの分野で注目されたNFTを「体験の証明」として応用する動きは、デジタル技術が人と場所の関係性を再定義しつつある象徴といえるでしょう。
従来の観光は「現地で体験して終わる」ものでしたが、NFTを導入することで、体験がデジタル上に“残り続ける”観光が可能になります。これは、旅の記録が単なる写真や投稿ではなく、「ブロックチェーン上で保証された証拠」として残るという点で画期的です。

こうした観光DXの新潮流の中で、実際にNFTを本格導入した先進的なプロジェクトが、福井県越前市で始まろうとしています。それが、JTB・富士通・戸田建設の三社による実証事業「ECHIZEN Quest(エチゼンクエスト)」です。
地域の伝統工芸をデジタル技術と組み合わせ、文化の体験をNFTとして可視化することで、「来訪の証」「地域との絆」「再訪の動機」を同時に生み出すことを狙いとしています。
単なる観光促進策ではなく、観光を介して地域文化を循環させるデジタル社会実験――それがECHIZEN Questの本質です。

プロジェクトの背景

北陸新幹線の敦賀延伸を目前に控える福井県越前市では、地域の魅力を再構築し、全国・海外からの来訪者を呼び込むための観光施策が求められていました。
従来の観光は「名所を訪れて写真を撮る」スタイルが中心でしたが、コロナ禍を経て、地域文化や職人技に触れる“体験型観光”が重視されるようになっています。
そうした潮流を踏まえ、JTB・富士通・戸田建設の3社が協業して立ち上げたのが「ECHIZEN Quest(エチゼンクエスト)」です。

このプロジェクトは、伝統文化とデジタル技術を融合させた新しい観光体験の創出を目的としています。観光地の回遊、体験、記録、共有を一体化し、「訪問の証」をNFTとして残すことで、地域とのつながりをデジタルの上でも継続可能にする試みです。

実証の内容と仕組み

「ECHIZEN Quest」では、越前市の伝統産業――越前和紙、越前打刃物、越前漆器、越前焼、越前箪笥、眼鏡、繊維――をテーマとした体験プログラムが用意されます。
観光客は、市内の各工房や体験施設を巡り、職人の技を実際に体験しながら「クエスト(冒険)」を進めていきます。

各体験を終えると、参加者のウォレットに紫式部をモチーフにしたNFTが発行されます。これは単なる記念品ではなく、「その体験を実際に行った証」としての機能を持ちます。
NFTの発行には富士通のブロックチェーン基盤技術が活用され、トランザクションごとに改ざん不可能な証跡を残します。
また、発行されるNFTは、将来的に地域限定のデジタル特典やクーポン、ポイント制度と連携させる構想もあり、「デジタル経済圏としての地域観光」を形成する足がかりと位置づけられています。

体験の内容は、伝統工芸体験だけでなく、歴史散策や地元飲食店の利用も含まれます。観光客の行動データをもとに、次回訪問時のおすすめルートを提案する仕組みなども検討されており、NFTが観光行動のハブとなる可能性を持っています。

関係企業の役割

  • 戸田建設:事業全体の統括とスマートシティ基盤整備を担当。観光インフラの整備やデータ基盤構築を通じて、地域の長期的なデジタル化を支援。
  • JTB:観光商品の企画・造成、旅行者の送客・プロモーションを担当。観光データを活用したマーケティング支援にも関与。
  • 富士通:NFT発行・デジタル通貨関連基盤の技術支援を担当。NFTウォレット、発行管理、利用トラッキングなどの技術領域を提供。

3社の連携により、「観光 × ブロックチェーン × 地域産業支援」という従来にない多層的な仕組みが実現しました。

狙いと意義

この実証の本質は、“観光体験をデータ化し、地域と来訪者の関係を継続的に可視化すること”にあります。
NFTは、単にコレクションとしての側面だけでなく、「どの地域に、どんな関心を持って訪れたか」を示すデータの単位としても機能します。
このように体験をデジタル上で可視化することで、自治体や事業者は観光行動の傾向を定量的に把握でき、次の施策立案にもつなげられます。

また、越前市のようにものづくり文化が根付いた地域では、“体験を記録し、継承する”という価値観とも親和性が高く、単なる観光消費に留まらない持続可能な関係づくりを支援します。
「NFTを使った観光体験の証明」は、日本の地方観光の再構築における1つのモデルケースになる可能性があります。

将来展望

今回の実証は2025年11月から2026年1月まで行われ、その成果を踏まえて他地域への展開が検討されています。
もし成功すれば、北陸地方だけでなく、全国の観光地が「地域体験のNFT化」を進め、観光のパーソナライズ化と文化の継承を両立する新モデルが生まれる可能性があります。

特に、体験の証をデジタルで所有できる仕組みは、若年層やインバウンド旅行者にとって大きな魅力になります。
「旅をすること」から「旅を残すこと」へ――ECHIZEN Questは、その転換点を象徴するプロジェクトといえるでしょう。

国内における観光DXの広がり

日本の観光産業は、ここ十数年で急速に環境が変化しました。
かつては「インバウンド需要の拡大」が成長の原動力でしたが、パンデミックによる国際移動の停止、円安や物価上昇、そして人手不足が重なり、観光事業はこれまでにない構造的な課題に直面しています。
さらに、SNSの普及によって旅行の目的が「有名地を訪れる」から「自分らしい体験を得る」へと移り変わり、観光の価値そのものが変化しつつあります。

こうした中で注目されているのが、デジタル技術を活用して観光体験と運営を再設計する“観光DX(Tourism Digital Transformation)”です。
観光DXは、単なるオンライン化や予約システムの導入ではなく、観光を構成するあらゆる要素――交通、宿泊、文化体験、地域経済――をデータでつなぎ、継続的に改善していく仕組みを指します。
いわば、観光そのものを「情報産業」として再構築する取り組みです。

この考え方は、地方創生とも強く結びついています。観光DXを通じて地域資源をデータ化し、分析・活用することで、人口減少社会においても地域が経済的に自立できるモデルを作る。これは、観光を超えた「地域経済のDX」とも言える取り組みです。

背景と政策的な位置づけ

日本国内でも観光DXの流れは急速に広がっています。観光業は少子高齢化や人口減少の影響を強く受ける分野であり、従来型の「集客頼み」のモデルから脱却しなければ持続が難しくなりつつあります。
観光庁はこれに対応する形で、2022年度から「観光DX推進事業」を本格化させました。DXの目的を「観光地の持続的発展」「地域経済の循環」「来訪者体験の高度化」の3点に定め、地方自治体やDMO(観光地域づくり法人)を支援しています。

国のロードマップでは、2027年までに「観光情報のデータ化・共有化」「周遊・予約・決済などのシームレス化」「AIによる需要予測と体験最適化」を実現することが掲げられています。
こうした政策的な支援を背景に、自治体単位でのデジタル化や、地域データ連携基盤の整備が進んでいます。観光は単なる地域振興策ではなく、地域経済・交通・防災・文化振興をつなぐ社会システムの一部として再定義されつつあるのです。

技術導入の方向性

観光DXの導入は、大きく次の3つの方向で進展しています。

  • 来訪者体験の高度化(CX:Customer Experience)  AI・AR・MaaSなどを活用して、旅行者が「便利で楽しい」と感じる仕組みを構築。
  • 観光地運営の効率化(BX:Business Transformation)  宿泊・交通・施設運営の統合管理を進め、生産性と収益性を改善。
  • 地域全体のデータ連携(DX:Data Transformation)  観光行動や消費データを横断的に集約・分析し、政策や商品設計に活用。

特に、スマートフォンの普及とQR決済の浸透によって、観光客の行動をデジタル的にトラッキングできる環境が整ったことが、DX推進の大きな追い風になっています。

利便性向上の代表事例

  • 山梨県「やまなし観光MaaS」 公共交通と観光施設をICTで統合し、チケット購入から移動・入場までをスマホ1つで完結。マイカー以外の観光を可能にし、環境負荷低減にも寄与しています。
  • 大阪観光局「観光DXアプリ」 拡張現実(AR)を活用して観光名所にデジタル案内を重ねる仕組みを整備。多言語対応で、インバウンド客の体験価値を向上。
  • 熊本県小国町「チケットHUB®」 チケット販売・入場管理をクラウド化し、複数施設を横断的に運用。観光地全体のデジタル化を自治体主導で進めるモデルとして注目。
  • 山口県美祢市「ミネドン」 生成AIを活用した観光チャットボット。観光案内所のスタッフ不足を補う仕組みで、観光案内の質を落とさずに対応力を拡大。

これらの事例はいずれも、「情報の非対称性をなくし、観光体験を一貫化する」ことを目指しています。観光客の時間と行動を最適化し、“迷わない旅”を実現する仕組みが各地で整備されつつあります。

データ・プラットフォームの整備と連携

観光DXを支える土台となるのが「データ連携基盤」の整備です。

全国レベルでは、観光庁が推進する「全国観光DMP(データマネジメントプラットフォーム)」が構築され、宿泊、交通、商業施設、天候、SNSなどのデータを一元管理できる体制が整いつつあります。

各地域でも同様の取り組みが進んでいます。

  • 福井県「観光マーケティングデータコンソーシアム」では、観光客の回遊データを可視化し、混雑回避策やイベント設計に反映。
  • 山形県「Yamagata Open Travel Consortium」では、販売・予約システムの標準化を行い、広域観光の連携を強化。
  • 箱根温泉DX推進協議会では、観光地のWi-Fi利用データや交通データをもとに、混雑予測モデルを実装。

このように、観光データの活用は「感覚や経験に頼る運営」から「数値と行動データに基づく運営」へと転換を進めています。

生成AI・自動化の活用

近年の注目トレンドとして、生成AIを活用した観光案内や情報整備があります。
熱海市では、観光Webサイトの文章を生成AIで多言語化し、人的リソースを削減。AIが自動的に各国語に翻訳・ローカライズすることで、短期間で情報提供範囲を拡大しました。
また、地方自治体では、観光案内所の対応履歴やSNSの投稿内容を学習させたAIチャットボットを導入し、24時間観光案内を実現している例も増えています。

AIを通じた「デジタル接客」は、今後の観光人材不足に対する現実的な解決策の一つと見られています。

現状の課題と今後の方向性

一方で、観光DXにはいくつかの課題も残っています。
まず、データ連携の標準化が進んでおらず、自治体ごとにシステム仕様が異なるため、広域連携が難しいという問題があります。
また、AIやNFTなどの新技術を活用するには、現場スタッフのリテラシー向上も不可欠です。DXを「IT導入」と誤解すると、現場に負担が残り、持続しないケースも少なくありません。

それでも、方向性は明確です。
今後の観光DXは、「効率化」から「価値創造」へと焦点を移していくでしょう。
データを活用して旅行者の嗜好を把握し、個人ごとに最適化された体験を提供する「パーソナライズド・ツーリズム」が主流になります。さらに、NFTやAIが結びつくことで、観光体験の証明・共有・再体験が可能になり、旅の価値そのものが拡張されていくと考えられます。

海外における観光DXの先進事例

観光DXは、日本だけでなく世界各国でも急速に進展しています。
欧州では「スマートツーリズム(Smart Tourism)」、アジアでは「デジタルツーリズム」、米国では「エクスペリエンス・エコノミー」と呼ばれる流れが広がっており、いずれも共通しているのは、観光をデータで最適化し、地域の持続可能性を高めることです。
パンデミック以降、観光産業は再び成長軌道に戻りつつありますが、その形は以前とはまったく異なります。単に「多くの観光客を呼ぶ」ことではなく、「観光客・住民・行政が共存できる構造をつくる」ことが重視されるようになりました。

DXの核心は、“デジタルで観光地を管理する”のではなく、“デジタルで観光体験を再設計する”ことです。
その思想のもと、欧州・アジア・中南米などで多様なアプローチが実現されています。

欧州:スマートツーリズム都市の先進モデル

アムステルダム(オランダ)

アムステルダムは、観光DXの「都市スケールでの成功例」として世界的に知られています。
同市は「Amsterdam Smart City」構想のもと、交通・宿泊・店舗・観光施設のデータを統合したプラットフォームを構築。観光客の移動履歴や滞在時間を分析し、混雑地域をリアルタイムで検出して、観光客の自動誘導(ルート最適化)を行っています。
また、観光税収や宿泊データを連動させて、季節・天候・イベントに応じた需要調整を実施。観光の「量」ではなく「質」を高める都市運営が実現しています。

バルセロナ(スペイン)

バルセロナは、欧州連合(EU)が推進する「European Capital of Smart Tourism」の初代受賞都市です。
観光客の移動やSNS投稿、宿泊予約などの情報をAIで解析し、住民の生活環境に配慮した観光政策を実現。たとえば、特定エリアの混雑が一定値を超えると、AIが観光バスの経路を自動変更し、地元住民への影響を最小化します。
また、観光施設への入場チケットはデジタルIDで一元管理され、キャッシュレス決済・交通利用・宿泊割引がすべて連動。観光客は「一つのアカウントで街全体を旅できる」体験を享受できます。

テネリフェ島・エル・イエロ島(スペイン領カナリア諸島)

スペインは観光DX分野で最も積極的な国の一つです。
テネリフェ島ではホテル内にARフォトスポットを設置し、観光客がスマートフォンで拡張現実の映像を生成・共有できるようにしています。エル・イエロ島は「スマートアイランド」を掲げ、再生可能エネルギー・IoT・観光データの統合を推進。観光のサステナビリティと地域住民の生活改善を両立させる取り組みとして高く評価されています。

北米:パーソナライズド・ツーリズムとAI活用

アメリカ(ニューヨーク/サンフランシスコ)

米国では、AIとデータ分析を活用した「体験最適化」が観光DXの主流になっています。
ニューヨーク市観光局は、Google Cloudと連携して観光ビッグデータ分析基盤を構築。SNS投稿や交通データをもとに、来訪者の興味関心をリアルタイムで推定し、観光アプリを通じてパーソナライズドな観光ルートを提案します。
また、サンフランシスコでは、宿泊業界と連携してAIによるダイナミックプライシングを導入。イベントや天候に応じて宿泊料金を自動調整し、観光需要の平準化を図っています。

カナダ(バンクーバー)

バンクーバーは、観光地としての環境負荷低減を目指す「グリーンDX」を推進しています。
AIによる交通量の最適化、再生可能エネルギーによる宿泊施設の電力供給、そして観光客の移動を可視化する「Carbon Travel Tracker」を導入。観光客自身が旅行中のCO₂排出量を把握・削減できる仕組みを構築しています。
このように、北米ではデジタル技術を「効率化」ではなく「行動変容の促進」に活かす方向性が顕著です。

アジア:デジタル国家による観光基盤の構築

韓国(ソウル・釜山)

韓国では観光DXを国家戦略として位置づけています。
政府主導の「K-Tourism 4.0」構想では、観光客の移動データ・消費データ・口コミ情報を統合し、AIが自動でレコメンドを行う観光プラットフォームを整備中です。
また、釜山ではメタバース上に「仮想釜山観光都市」を構築。訪問前にVRで街を体験し、現地に到着するとARでリアル空間と重ね合わせて観光できる仕組みを実装しています。

中国(広西省・杭州市)

中国では、文化遺産や歴史的建築物の保護・活用を目的に観光DXを展開。
広西省の古村落では、IoTセンサーとクラウドを活用して建築構造や観光動線を監視し、文化遺産の保全と観光利用の両立を実現。
杭州市では「スマート観光都市」プロジェクトを推進し、QRコードで観光施設の入場・支払い・ナビゲーションを一括管理。観光客はWeChatを通じてルート案内・宿泊・交通すべてを操作できる統合体験を提供しています。

新興国・途上国での応用と展開

デジタルインフラが整備途上の国々でも、観光DXは地域経済振興の中核に位置づけられています。
南アフリカ発の「Tourism Radio」はその代表例で、レンタカーに搭載されたGPSと連動して、目的地周辺に近づくと音声ガイドが自動再生される仕組みを導入。インターネット接続が不安定な地域でも利用可能な“オフライン型DX”として注目されています。

また、東南アジアでは観光アプリに電子決済とデジタルIDを統合する事例が増えています。タイやベトナムでは、地域市場や寺院などの観光スポットでキャッシュレス化を進め、観光データの可視化と収益分配を同時に実現しています。
これらの国々では、DXが「効率化」ではなく「観光資源の社会的包摂」を目指す方向で活用されている点が特徴的です。


世界の共通トレンドと技術動向

これらの多様な取り組みを俯瞰すると、観光DXにはいくつかの世界的トレンドが見えてきます。

  • データ駆動型観光政策(Data-Driven Tourism)  都市単位で観光データをリアルタイムに収集し、政策決定や施設運営に反映。
  • 没入型体験(Immersive Experience)  AR/VR/デジタルツインを用いて、観光地の「見せ方」そのものを再設計。
  • サステナビリティとの統合  エネルギー管理・交通最適化・行動誘導を組み合わせた「グリーンツーリズム」。
  • 分散型プラットフォームの台頭  ブロックチェーンやNFTを用いた“デジタル所有型観光”の概念が欧州を中心に拡大中。
  • 観光の民主化(Tourism for All)  DXによって、身体的・地理的制約を超えた観光アクセスが可能に。

観光DXの潮流は、「観光客のための便利な技術」から、「地域・社会全体を支える構造的変革」へと進化しつつあります。
技術が観光地を“効率化”するのではなく、“人間中心の体験”を創り出すための道具として再定義されているのです。

今後の観光DXの方向性とNFTの可能性

国内では、MaaS・AIチャット・データ連携基盤の整備が進み、地域単位で観光体験の効率化と利便性向上が実現されつつあります。
一方で海外では、都市全体をデジタルで統合する「スマートツーリズム」や、メタバース・デジタルツインを用いた没入型体験の創出など、より包括的な変革が進んでいます。

こうした動向を俯瞰すると、観光DXはすでに「デジタル技術を導入する段階」から、「デジタルを前提に観光のあり方を再構築する段階」へと移行しつつあるといえます。
つまり、デジタル化の目的が“効率化”から“体験設計”へと変わりつつあるのです。

この文脈の中で注目されているのが、NFT(非代替性トークン)を用いた新しい観光体験の創出です。
NFTは観光の文脈において、単なる技術的要素ではなく、体験をデジタル上で保存・証明・共有するための新しい構造として機能し始めています。
これまでの観光が「訪れる」「撮る」「思い出す」ものであったのに対し、NFTを取り入れた観光DXは、「体験する」「所有する」「再体験する」という次の段階を切り開こうとしています。

以下では、観光DXがどのような進化段階を経ていくのか、そしてNFTがその中でどのような役割を果たし得るのかを整理します。

DXの進化段階 ― 「効率化」から「体験設計」へ

これまでの観光DXは、主に「効率化」を目的として進められてきました。
予約の電子化、決済のキャッシュレス化、観光情報のデジタル化など、運営側と利用者双方の利便性を高める取り組みが中心でした。
しかし、近年はその焦点が明確に変わりつつあります。
観光DXの本質は、単に観光業務をデジタル化することではなく、「旅そのものの価値を再設計する」ことへと移行しています。

観光庁が示す次世代観光モデルでは、DXの進化を3段階に整理できます。

  1. デジタル整備期(現在)  紙や電話に依存していた観光プロセスをデジタル化し、業務効率と利用者の利便性を改善する段階。
  2. 体験価値創造期(今後数年)  AI・AR・NFTなどを組み合わせ、観光客の嗜好や目的に合わせたパーソナライズドな体験を提供する段階。
  3. デジタル共創期(中長期)  観光客・地域・企業・行政がデータを共有し、観光体験を共同でデザイン・更新していく段階

この流れの中で、NFTは単なる一技術ではなく、「体験をデジタル資産として保持・共有する仕組み」として重要な位置を占めるようになっています。

NFTの観光応用 ― 体験を「所有」する時代へ

NFT(Non-Fungible Token)は、本来アートやコレクションの分野で注目された技術ですが、観光分野に応用すると、体験そのものを記録・証明・継承する新たな手段となります。
旅の記念はこれまで写真やお土産でしたが、NFTはそれを「ブロックチェーン上に刻まれた体験データ」として残します。

たとえば、越前市のECHIZEN Questで発行されるNFTは、単なるデジタル画像ではなく「その体験を実際に行った証拠」です。
これは、観光の概念を「体験したことを覚えている」から「体験したことを証明できる」へと拡張するものであり、観光体験の価値をより客観的・共有可能なものへ変えます。

さらにNFTは、地域経済と観光体験を結びつける「デジタルコミュニティ形成」の基盤にもなり得ます。
NFT保有者に地域限定の特典を付与する、再訪時の割引や特別体験を提供する、あるいは地域文化のクラウドファンディングに参加する――このように、NFTが観光客と地域を継続的に結びつける仕組みとして機能する可能性があります。

新しい価値提案 ― 「見る」から「持つ」観光へ

筆者としては、NFTを「デジタルな所有の喜び」として捉えた観光体験が広がると考えます。

たとえば、

  • その土地でしか見られない特定の季節・時間帯・気象条件の景色を高画質NFTとして所有する。
  • 博物館や寺院の所蔵物をデジタルアーカイブ化し、鑑賞権付きNFTとして発行する。
  • フェスティバルや文化行事の瞬間を、限定NFTとして収集・共有する。

これらは「売買の対象」ではなく、「体験の継続的な所有」としてのNFT利用です。
つまり、NFTは“金融資産”ではなく、“文化資産”の形を取るべきでしょう。
その地域に訪れた証、そこに存在した時間の証――NFTは、旅の一部を永続的に保持するためのデジタル記憶装置ともいえます。

技術と社会構造の融合 ― NFTがもたらす新しい観光エコシステム

観光DXが次の段階へ進むためには、技術・経済・文化を横断する仕組みづくりが不可欠です。

NFTはこの統合点として、以下のような新しいエコシステムを形成する可能性があります。

領域NFTの機能期待される効果
体験証明ブロックチェーンによる改ざん防止体験の真正性を保証し、偽造チケットや不正取引を防止
地域経済NFT保有者向け特典・優待地域への再訪・ファンコミュニティ形成を促進
文化継承デジタルアーカイブとの連携無形文化や伝統技術の「記録と共有」を容易化
サステナビリティ観光行動の可視化訪問・消費のデータを分析し、持続的な観光管理へ反映

こうした構造が実現すれば、観光地は単なる「目的地」ではなく、デジタル上で価値を再生産する文化プラットフォームへと進化します。

倫理的・制度的課題

もっとも、NFT観光の普及には慎重な制度設計が必要です。

  • 所有権の定義:NFTの「所有」と「利用権」の境界を明確にする必要があります。
  • 環境負荷の問題:ブロックチェーンの電力消費を考慮し、環境配慮型チェーン(例:PoS方式)を採用することが望ましい。
  • 投機化リスク:観光NFTが転売や投機の対象となることを防ぐガバナンス設計が不可欠です。

観光DXは文化・経済・テクノロジーの交差点にあるため、技術導入だけでなく、社会的合意形成とガイドライン整備が並行して進められる必要があります。

展望 ― 「体験が資産になる」社会へ

観光DXの未来像を描くなら、それは「体験が資産になる社会」です。
AIが旅行者の嗜好を解析し、ブロックチェーンが体験を記録し、ARが記憶を再現する――そうした連携の中で、旅は「消費」から「蓄積」へと変わっていきます。

観光とは、一度きりの行動でありながら、個人の記憶と文化をつなぐ永続的な営みです。
NFTは、その“つながり”をデジタルの形で保証する技術です。
「あるときにしか見られない風景」「その土地にしか存在しない文化」「人と場所の偶然の出会い」――これらがNFTとして残る世界では、旅は時間を超えて続いていくでしょう。

観光DXの行き着く先は、技術が主役になることではなく、技術が人の感動を保存し、再び呼び覚ますことにあります。
NFTはその役割を担う、観光の新しい記憶装置となるかもしれません。

まとめ

観光DXは、単なるデジタル化の取り組みではありません。
それは「観光」という産業を、人と地域とデータが有機的につながる社会システムへと再定義する試みです。
観光庁の政策、地方自治体のデータ連携、AIやMaaSによる利便性向上、そしてNFTやメタバースといった新技術の導入――これらはすべて、「観光を一度の体験から継続する関係へ変える」ための要素に過ぎません。

福井県越前市の「ECHIZEN Quest」に象徴されるように、観光DXの焦点は「訪れる」から「関わる」へと移行しています。
NFTを活用することで、旅の体験はデジタル上に記録され、地域との関係が時間を超えて持続可能になります。
それは“観光のデータ化”ではなく、“体験の永続化”です。
旅行者は「その瞬間にしか見られない風景」や「その土地にしかない文化」を自らのデジタル資産として所有し、地域はその体験を再生産する文化基盤として活かす。
この相互作用こそが、観光DXの最も重要な価値です。

国内では、観光DXが行政・交通・宿泊を中心に「構造のデジタル化」から進んでおり、効率的で快適な旅行環境が整いつつあります。
一方、海外の動向は一歩先を行き、データ・文化・環境を統合した都市レベルの観光DXを実現しています。
アムステルダムやバルセロナのように、都市全体で観光客の行動データを活用し、社会的負荷を抑えながら体験価値を高める事例は、日本の地域観光にも大きな示唆を与えています。
今後、日本が目指すべきは、地域単位のデジタル化から、社会全体で観光を支える情報基盤の整備へと進むことです。

NFTをはじめとする分散型技術は、その未来像において極めて重要な位置を占めます。
NFTは、経済的な交換価値よりも、「記録」「証明」「文化的共有」という非金融的な価値を提供できる点に強みがあります。
観光DXが成熟するほど、「デジタルで体験を残し、再訪を誘発し、地域に循環させる」仕組みが必要になります。
NFTは、まさにその循環を支える観光データの“文化的層”を形成する技術といえるでしょう。

観光DXの最終的な目的は、技術そのものではなく、人と場所の関係性を豊かにすることです。
AIが旅程を提案し、データが動線を最適化し、NFTが記憶を保存する。
そうしたデジタルの連携によって、私たちは「訪れる旅」から「つながる旅」へと移行していきます。

これからの観光は、時間と空間を超えて続く“体験の共有”として発展するでしょう。
NFTを通じて旅の記録が形を持ち、AIを通じて地域との対話が続き、データを通じて新たな価値が生まれる。
観光DXは、そうした未来社会への入り口に立っています。
そしてその中心には常に、人の感動と地域の物語があります。
技術はその橋渡し役であり、NFTはその「記憶を残す器」として、次の時代の観光を静かに支えていくはずです。

参考文献

CIO Japan Summit 2025閉幕──DXと経営視点を兼ね備えたCIO像とは

2025年5月と7月の2回にわたって開催されたCIO Japan Summit 2025が閉幕しました。

今年のサミットでは、製造業から小売業、官公庁まで幅広い業界のリーダーが集い、DXや情報セキュリティ、人材戦略など、企業の競争力を左右するテーマが熱く議論されました。

本記事では、このサミットでどのような企業が登壇し、どんなテーマに関心が集まったのか、さらに各業界で進むDXの取り組みやCIO像について整理します。

CIO Japan Summitとは?

CIO Japan Summit は、マーカス・エバンズ・イベント・ジャパン・リミテッドが主催する、完全招待制のビジネスサミットです。日本の情報システム部門を統括するCIOや情報システム責任者、そして最先端のソリューション提供企業が一堂に会し、「課題解決に向けて役立つ意見交換」を目的に構成されたイベントです  。

フォーマットの特徴

  • 講演・パネルディスカッション
  • 1対1ミーティング(1to1)
  • ネットワーキングセッション


展示会のようなブース型のプレゼンではなく、深い対話とインサイトの共有を重視する構成となっており、参加者同士が腰を据えて議論できるのが特徴です。

今年(2025年)の主要議題


以下に、『第20回 CIO Japan Summit 2025』(2025年7月17~18日開催)で掲げられた主要な議題をまとめます。

  1. デジタルとビジネスの共存
    • CIOが経営視点を持ち、デジタル技術を企業価値に結び付けることが求められています。
  2. 攻めと守りの両立
    • DXを推進しながらも、不正やリスクに対する防御を強化する、バランスの取れた経営体制が課題です。
  3. 国際情勢とサイバーリスクの理解
    • サイバー攻撃は国境を越える脅威にもなるため、グローバル視点で防衛体制を強化する必要があります。
  4. 各国のテクノロジー施策と影響
    • 常に変化するデジタル技術の潮流を把握し、自社戦略に取り込む姿勢が重要です。
  5. 多様性を活かすIT人材マネジメント
    • IT人材確保の難しさに対応するため、社内外の多様な人材を効果的に活用する取り組みが注目されました。
  6. 未来を見通すデータドリブン経営
    • データを戦略的資産として活用し、不確実な未来を予測しながら経営判断につなげる姿勢が重要です。

登壇企業と業界一覧


今回のCIO Japan Summit 2025には、製造業、建設業、流通業、化学業界、小売業、通信インフラ、官公庁、非営利団体、ITサービスなど、非常に幅広い分野から登壇者が集まりました。

業界企業・組織
製造業荏原製作所、積水化学工業、日本化薬、古野電気
建設業竹中工務店
流通業大塚倉庫
化学業界花王
小売業/消費財アルペン、アサヒグループジャパン、日本ケロッグ
通信インフラ西日本電信電話(NTT西日本)
官公庁経済産業省
非営利/研究機関国立情報学研究所、日本ハッカー協会、IIBA日本支部、CeFIL、NPO CIO Lounge
IT/サービス企業スマートガバナンス、JAPAN CLOUD

それぞれの業界は異なる市場環境や課題を抱えていますが、「DXの推進」「セキュリティ強化」「人材戦略」という共通のテーマのもと、互いの知見を持ち寄ることで多角的な議論が行われました。

製造業からは、荏原製作所、積水化学工業、日本化薬、古野電気といった企業が登壇し、IoTやAIを活用した生産性向上や品質管理の高度化について共有しました。

建設業からは竹中工務店が参加し、BIM/CIMや現場デジタル化による業務効率化、労働力不足への対応などが話題となりました。

流通業の大塚倉庫は、物流需要の変化に対応するためのロボティクス導入や需要予測の高度化について発表。

化学業界から登壇した花王は、研究開発から製造・販売までのバリューチェーン全体でのDX推進事例を紹介しました。

小売業・消費財分野では、アルペン、アサヒグループジャパン、日本ケロッグが参加し、顧客データ分析やECと店舗の統合戦略、パーソナライズ施策などが議論されました。

通信インフラの代表として西日本電信電話(NTT西日本)が登壇し、社会基盤を支える立場からのセキュリティ戦略や地域連携の取り組みを共有。

官公庁では経済産業省が、国としてのデジタル化推進政策や人材育成施策について発表し、民間企業との協働の可能性に言及しました。

さらに、国立情報学研究所、日本ハッカー協会、IIBA日本支部、CeFIL、NPO CIO Loungeといった非営利団体・研究機関が加わり、最新のセキュリティ研究、国際的な技術潮流、IT人材育成の重要性が議論されました。

また、ITサービスやガバナンス支援を行うスマートガバナンスや、クラウドビジネス支援のJAPAN CLOUDといった企業も参加し、民間ソリューションの観点からCIOへの提案が行われました。

このように、CIO Japan Summitは業界の垣根を超えた交流の場であり、参加者同士が自社の枠を越えて課題や解決策を議論することで、新たな連携や発想が生まれる土壌となっています。

議論・関心が集中したテーマ

CIO Japan Summit 2025では、多様な業界・立場の参加者が集まったことで、議題は幅広く展開しましたが、特に議論が白熱し、多くの関心を集めたテーマは以下の3つに集約されます。

1. DX推進とその経営インパクト

DX(デジタルトランスフォーメーション)は単なるIT導入にとどまらず、ビジネスモデルや企業文化の変革を伴うものとして捉えられています。

製造業ではIoTやAIによる生産最適化、小売業では顧客データ活用によるパーソナライズ戦略、建設業ではBIM/CIMによる業務効率化など、業界ごとの具体的事例が共有されました。

特に今年は生成AIの活用が大きな話題で、業務効率化だけでなく、新たな価値創造や意思決定支援への応用可能性が議論の中心となりました。

参加者からは「技術の採用スピードをどう経営戦略に組み込むか」という課題意識が多く聞かれ、DXが企業全体の競争力に直結することが改めて認識されました。

2. 情報セキュリティリスクへの対応

DX推進の加速に伴い、サイバーセキュリティの重要性も増しています。

ランサムウェアや標的型攻撃といった外部脅威だけでなく、内部不正やサプライチェーンを経由した侵入など、複合的かつ高度化する脅威への対応が共通課題として浮上しました。

通信インフラや官公庁の登壇者からは、国際情勢の変化が国内企業にも直接的な影響を及ぼす現実が語られ、ゼロトラストアーキテクチャや多層防御の必要性が強調されました。

また、経営層がセキュリティ投資の意思決定を行う上で、リスクの可視化とROIの説明が不可欠であるという点でも意見が一致しました。

3. 人材マネジメントと組織変革

IT人材の確保と育成は、多くの企業にとって喫緊の課題です。

特にCIOの視点からは、「単に人を採用する」だけでなく、**既存人材のスキル再教育(リスキリング)**や、部門横断の協働文化の醸成が不可欠であるとされました。

多様な人材を活かす組織設計、外部パートナーやスタートアップとの連携、海外拠点との一体運営など、柔軟で開かれた組織構造が求められているという共通認識が形成されました。

また、人材戦略はDXやセキュリティ戦略と密接に結び付いており、「人が変わらなければ組織も変わらない」という強いメッセージが繰り返し発せられました。


これら3つのテーマは独立して存在するわけではなく、DX推進はセキュリティと人材戦略の基盤の上に成り立つという構造が明確になりました。

サミットを通じて、多くのCIOが「技術視点」だけでなく「経営視点」からこれらを統合的にマネジメントする必要性を再認識したことが、今年の大きな成果といえるでしょう。

業界別に見るDXの取り組み

CIO Japan Summit 2025に登壇した企業や、その業界の動向を踏まえると、DXは単なるシステム刷新ではなく、業務プロセス・顧客体験・組織構造の根本的変革として進められています。以下では、主要5業界のDX事例と、その背景にある課題や狙いをまとめます。

1. 製造業(荏原製作所、積水化学工業、日本化薬、古野電気 など)

背景・課題

  • グローバル競争の激化とコスト圧力
  • 熟練技術者の高齢化や技能継承の難しさ
  • 品質の安定確保と生産効率の両立

主なDX事例

  • IoTによる設備予知保全 工場設備に多数のセンサーを設置し、稼働状況や温度・振動データをリアルタイムで監視。異常の兆候をAIが検知し、計画的なメンテナンスを実施。
  • AIによる品質検査 高精度カメラと画像認識AIを活用し、人の目では見逃す可能性のある微細な欠陥を検出。検査時間を短縮しつつ不良率を低減。
  • デジタルツインによる生産シミュレーション 現場のラインを仮想空間で再現し、生産計画の事前検証や工程改善を実施。試作回数を削減し、歩留まりを向上。

成果

  • 設備の稼働率向上(ダウンタイム削減)
  • 品質クレーム件数の減少
  • 開発から量産までの期間短縮

2. 建設業(竹中工務店 など)

背景・課題

  • 慢性的な労働力不足
  • 工期短縮とコスト削減の両立
  • 安全管理の高度化

主なDX事例

  • BIM/CIM統合設計 建築・土木プロジェクトで3Dモデルを用い、設計から施工、維持管理まで情報を一元化。設計ミスや工事後の手戻りを大幅削減。
  • ドローン測量 高精度測量用ドローンで現場全体を短時間でスキャン。測量データは即時クラウド共有され、設計部門や発注者ともリアルタイムで連携。
  • 現場管理のクラウド化 タブレット端末で工程・品質・安全情報を入力し、関係者間で即時共有。紙の書類や口頭伝達の削減による業務効率化を実現。

成果

  • 測量作業時間の70%以上短縮
  • 設計変更による追加コスト削減
  • 現場の安全事故発生率低下

3. 流通業(大塚倉庫 など)

背景・課題

  • EC拡大による物流需要の増加
  • 配送の小口化と短納期化
  • 燃料費や人件費の高騰

主なDX事例

  • 倉庫ロボティクス 自動搬送ロボット(AGV/AMR)を導入し、ピッキング作業や搬送作業を自動化。人手不足を補い作業負担を軽減。
  • AI需要予測 過去の出荷データや季節要因、天候、キャンペーン情報などを学習し、在庫配置や配送計画を最適化。
  • 配送ルート最適化 AIがリアルタイム交通情報を基に最適ルートを計算。配送遅延を防ぎ、燃料コストを削減。

成果

  • 在庫回転率の改善
  • ピッキング作業時間の短縮
  • 配送遅延件数の減少

4. 化学業界(花王、日本化薬 など)

背景・課題

  • 原材料価格高騰や環境規制への対応
  • 高度な品質要求と安全基準の順守
  • 研究開発の迅速化

主なDX事例

  • 分子シミュレーションによる新素材開発 AIとスーパーコンピュータを活用し、化合物の性質を事前予測。実験回数を減らし開発期間を短縮。
  • 製造ラインのIoT監視 温度・圧力・流量をリアルタイム監視し、異常時には自動でラインを停止。品質不良や事故を防止。
  • サプライチェーン可視化 原料調達から出荷までの全工程をデジタル化し、トレーサビリティとリスク管理を強化。

成果

  • 新製品の市場投入スピード向上
  • 不良率低下によるコスト削減
  • 調達リスクへの迅速対応

5. 小売業(アルペン、アサヒグループジャパン、日本ケロッグ など)

背景・課題

  • 消費者ニーズの多様化と購買行動のデジタルシフト
  • 実店舗とECの統合戦略の必要性
  • 在庫ロスの削減

主なDX事例

  • 顧客データ統合とパーソナライズ施策 店舗とオンラインの購買履歴、アプリ利用履歴を統合し、個別に最適化したプロモーションを実施。
  • ECと店舗在庫のリアルタイム連携 オンラインで在庫確認し店舗受け取りが可能な仕組みを構築。販売機会損失を防止。
  • 需要予測型自動発注 AIによる売上予測を基に発注量を自動調整し、欠品や過剰在庫を回避。

成果

  • 顧客満足度とリピート率の向上
  • 在庫ロス削減
  • 売上機会損失の防止

これらの事例を見ると、リアルタイム性とデータ活用が全業界共通のDX成功要因であることがわかります。

一方で、製造・化学業界では「工程最適化」、建設業では「現場の可視化」、流通業では「物流効率化」、小売業では「顧客体験の向上」と、それぞれの業界特有の目的とアプローチが存在します。

情報セキュリティのリスクと対策

DX推進の加速に伴い、企業の情報セキュリティリスクはますます複雑化・高度化しています。

CIO Japan Summit 2025でも、セキュリティはDXと同等に経営課題として捉えるべき領域として議論されました。単にIT部門の技術的課題ではなく、企業全体の存続や信頼性に直結するテーマです。

主なセキュリティリスク

  1. 外部からの高度化した攻撃
    • ランサムウェア:重要データを暗号化し、復号と引き換えに金銭を要求。近年は二重・三重脅迫型が増加。
    • ゼロデイ攻撃:未修正の脆弱性を狙い、検知が難しい。
    • サプライチェーン攻撃:取引先や委託先のシステムを経由して侵入。
  2. 内部不正と人的要因
    • 権限の濫用や情報の持ち出し。
    • セキュリティ教育不足によるフィッシング詐欺やマルウェア感染。
    • 人的ミス(誤送信、設定ミスなど)。
  3. 国際情勢に起因するリスク
    • 国家レベルのサイバー攻撃や情報戦。
    • 海外拠点・クラウドサービス利用時の法規制・データ主権問題。
    • 地政学的緊張による標的型攻撃の増加。

CIO視点で求められる対策

サミットで共有された議論では、セキュリティ対策は「技術的防御」「組織的対応」「人的対策」の三位一体で進める必要があるとされました。

  1. 技術的防御
    • ゼロトラストアーキテクチャの導入(「信頼しない」を前提に常時検証)。
    • 多層防御(ファイアウォール、EDR、NDR、暗号化など)。
    • 脆弱性管理と迅速なパッチ適用。
    • ログ監視とリアルタイム分析による早期検知。
  2. 組織的対応
    • インシデント対応計画(IRP)の策定と定期的な演習。
    • サプライチェーン全体のセキュリティ評価と契約管理。
    • リスクマネジメント委員会など、経営層を巻き込んだガバナンス体制。
  3. 人的対策
    • 全社員向けの継続的セキュリティ教育(模擬攻撃演習を含む)。
    • 権限管理の最小化と職務分離の徹底。
    • 内部通報制度や監査体制の強化。

リスクとROIのバランス

登壇者からは、「セキュリティはコストではなく投資」という考え方が重要であると強調されました。

経営層が予算を承認するためには、セキュリティ対策の効果や投資回収(ROI)を可視化する必要があります。

例えば、重大インシデント発生時の損失予測額と、予防のための投資額を比較することで、意思決定がしやすくなります。

総括

情報セキュリティは、DXの進展と比例してリスクも増大する領域です。

CIO Japan Summitでは、「技術」「組織」「人」の全方位から防御力を高めること、そして経営課題としてセキュリティ戦略を位置づけることがCIOの重要な責務であるという共通認識が形成されました。

国内外の事例から見る「経営視点を持ったCIO」像

CIO Japan Summit 2025では、CIOの役割はもはや「IT部門の統括者」にとどまらず、企業全体の経営変革を牽引する戦略リーダーであるべきだという認識が共有されました。国内外の事例を照らし合わせると、経営視点を持ったCIOには次の特徴が求められます。

1. 経営戦略とデジタル戦略の統合

  • 国内事例(CIO Japan Summit) 荏原製作所や竹中工務店などの登壇者は、デジタル施策を単なる業務効率化にとどめず、新規事業やサービスモデル創出に直結させる重要性を強調しました。 例として、製造現場のIoT活用を通じて、製品販売後のメンテナンス契約やデータ提供サービスといった収益源を新たに確立した事例が紹介されました。
  • 海外事例(米国大手小売業) 米TargetのCIOは、ECプラットフォームの拡充と店舗体験の融合を経営戦略の中心に据え、デジタル化を通じて客単価と顧客ロイヤルティを向上。CIOはCEO直下の執行役員として、戦略策定会議に常時参加しています。

2. DX推進とリスクマネジメントの両立

  • 国内事例 NTT西日本や経済産業省の登壇者は、DXのスピードを落とさずにセキュリティを確保するための体制構築を重視。ゼロトラストアーキテクチャの導入や、重要インフラ事業者としてのリスクシナリオ分析を経営層に共有する仕組みを整備しています。
  • 海外事例(欧州製造業) SiemensのCIOは、グローバル拠点を対象にした統合セキュリティポリシーと監査プロセスを確立。DXプロジェクト開始前にリスクアセスメントを必須化し、経営層の承認を経て進行する体制を構築しています。

3. 部門・業界・国境を越えた連携力

  • 国内事例 CIO LoungeやCeFILの議論では、異業種や行政との情報交換が自社だけでは得られない解決策や発想を生み出すことが強調されました。特に地方自治体と製造業のCIOが防災DXで協力するケースなど、社会課題解決型のプロジェクトも増えています。
  • 海外事例(米国テクノロジー企業) MicrosoftのCIOは、業界団体や規制当局と積極的に対話し、AI規制やプライバシー保護のルール形成にも関与。単なる社内のIT戦略立案者ではなく、業界全体の方向性に影響を与える存在となっています。

4. 技術とビジネスの「バイリンガル」能力

  • 国内事例 花王やアサヒグループジャパンのCIOは、マーケティング・サプライチェーン・営業など非IT部門とも共通言語で議論し、IT施策を経営数字に翻訳できる能力が求められると述べています。
  • 海外事例(米金融機関) JPMorgan ChaseのCIOは、AIやクラウドの技術的詳細を理解しつつ、投資判断やROIの説明を取締役会レベルで行います。技術者としての専門性と経営者としての視点を兼ね備えることで、投資家や株主を納得させる役割を果たしています。

5. CIOの位置づけの変化

世界的に見ると、CIOの地位は年々経営の中枢に近づいています。

  • Gartnerの調査では、2023年時点でグローバル企業の63%がCIOをCEO直下に置き、経営戦略決定への関与度が増加しています。
  • CIOは「運用の責任者」から「価値創造の責任者」へとシフトしつつあり、AI、データ、セキュリティを核とした経営パートナーとしての役割が定着し始めています。

総括

経営視点を持ったCIOとは、単にIT部門を率いるだけでなく、

  • 経営戦略に直結したデジタル施策を描く能力
  • DX推進とリスク管理のバランス感覚
  • 組織の枠を越えた連携力
  • 技術と経営の両言語を操る力

を兼ね備えた存在です。

CIO Japan Summitは、こうした新しいCIO像を国内外の事例から学び、互いに磨き合う場として機能しています。

まとめ

CIO Japan Summit 2025は、単なる技術カンファレンスではなく、経営とテクノロジーをつなぐ戦略的対話の場であることが改めて示されました。

製造業・建設業・流通業・化学業界・小売業といった幅広い分野のCIOやITリーダーが一堂に会し、DX推進、情報セキュリティ、そして人材マネジメントといった、企業の競争力と持続的成長に直結するテーマを議論しました。

議論の中で浮き彫りになったのは、DXの推進とセキュリティ確保、そして人材戦略は切り離せないという点です。

DXはリアルタイム性とデータ活用を武器に業務や顧客体験を変革しますが、その裏では複雑化するサイバーリスクへの備えが必須です。さらに、その変革を実行するには、多様な人材を活かす組織文化や部門横断的な連携が欠かせません。

また、国内外の事例を比較することで、これからのCIO像も鮮明になりました。

経営戦略とデジタル戦略を統合し、DX推進とリスク管理のバランスをとり、業界や国境を越えて連携しながら、技術とビジネスの両言語を操る「経営視点を持ったCIO」が求められています。

こうしたCIOは、もはやIT部門の管理者にとどまらず、企業全体の変革を主導する経営パートナーとして機能します。

本サミットを通じて得られた知見は、参加者だけでなく、今後DXやセキュリティ、人材戦略に取り組むすべての組織にとって有益な指針となるでしょう。

変化のスピードが加速し、予測困難な時代において、CIOの意思決定とリーダーシップは企業の成否を左右する──その事実を強く印象付けたのが、今年のCIO Japan Summit 2025でした。

参考文献

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