AIによる著作物の学習とフェアユース──Anthropic訴訟が示した重要な判断

はじめに

2025年6月、米国カリフォルニア北部地区連邦地裁は、AI企業Anthropicが大規模言語モデル(LLM)のトレーニングに使用した著作物について、著作権法上の「公正利用(フェアユース)」に該当するかどうかを判断しました。この判決は、AIによる著作物の学習に関する初の本格的な司法判断の一つとして、国内外のクリエイター、AI開発者、政策関係者に大きな影響を与えています。

この記事では、この判決の要点と、フェアユースの判断基準、そして日本への影響について解説します。


裁判の背景と争点

原告は、作家や出版社などの著作権者であり、被告Anthropicが以下の行為によって著作権を侵害したと主張しました:

  • 正規に購入した書籍をスキャンし、デジタル化してLLMの訓練に使用
  • インターネット上の海賊版サイトから書籍をダウンロードして使用

裁判所は、これらの行為が「フェアユース」に該当するかどうかを、公正利用の4要素に基づいて判断しました。


フェアユース判断の4要素と評価

1. 利用の目的と性質

  • トレーニング目的での使用は「本質的に変革的(quintessentially transformative)」であり、フェアユースに該当する。
  • しかし、海賊版サイトからの書籍収集は、「中央図書館を構築する」目的が明確であり、変革性は認められず、公正利用に当たらない。

2. 著作物の性質

  • どのケースでも、原告の著作物は「創造性の高い表現的著作物」であり、この要素はフェアユースに不利に働く。

3. 使用された部分の量と実質性

  • トレーニング目的での全体コピーは、変革的利用のために「合理的に必要」とされた。
  • だが、海賊版書籍の大量取得は、目的に照らして「過剰」であり、フェアユースに反するとされた。

4. 市場への影響

  • 正規入手した書籍をトレーニングに使った場合、著作物の市場への影響はほぼなし。
  • 一方、海賊版書籍は「1冊ごとに需要を奪い」、出版市場全体を破壊する恐れがあると明言された。

判決の結論

裁判所は、Anthropicの著作物利用を次のように分類しました:

種類フェアユース判断
正規に購入・スキャンした書籍の利用✅ フェアユース該当
トレーニングのために取得した正当なコピー✅ フェアユース該当
海賊版サイトから取得した書籍❌ フェアユース非該当

この結果、海賊版書籍に関しては今後、損害賠償額を巡る本格的な審理が行われる予定です。


日本への影響

この判決は米国のものですが、日本においても以下のような実務的影響が予想されます。

1. 正当な学習と出力の分離

  • 日本の著作権法第30条の4により、情報解析目的の学習は例外的に認められていますが、 出力が特定作家の文体や構成を模倣した場合は別問題になります。

2. 海賊版使用は国際的にNG

  • 米国の裁判所が「違法入手データの学習にはフェアユースが成立しない」と明言したことで、日本でも企業・研究機関はデータ取得元の確認を厳格化する動きが強まると予想されます。

3. 翻訳版も対象となり得る

  • 日本の作家による書籍が英訳され、米国で販売・流通していれば、その著作物も今回の判決の射程に入ります。
  • 米国はベルヌ条約により、日本の著作物も自国民と同等に保護しています。

生成AIと著作権の今後

この判決は「AIは模倣ではなく創造に使うべき」という方向性を支持するものであり、

以下の点が実務や政策に影響を与えるでしょう:

  • トレーニングに使用するデータは正当な手段で取得することが必要
  • 出力が著作物に似ていないかを監視・制御するフィルターの強化
  • ライセンス制度の整備(特に作家・出版社側の権利保護)

今後、日本でもAI開発と著作権保護を両立する法整備・ガイドライン策定が求められます。


まとめ

今回のAnthropic判決は、AIによる著作物の学習に関して明確な判断基準を提示した点で画期的でした。日本の著作物であっても、米国で流通・使用されていれば本判決の適用範囲に入り得ます。AIが創造的ツールとして成長するためには、正当な学習と出力管理が必要であり、この判決はその基本的な枠組みを形作るものです。

参考文献

Midjourneyを提訴──ディズニーとユニバーサルが問う著作権の限界

はじめに

2025年6月、米ディズニーとユニバーサル・スタジオは、画像生成AIサービス「Midjourney」に対して著作権侵害および商標権侵害などを理由に提訴しました。

これは、生成AIが作り出すコンテンツが既存の著作物にどこまで接近できるのか、また著作権がAI時代にどのように適用されるかを問う重要な訴訟です。

本記事では、この訴訟の概要を紹介するとともに、LoRAやStable Diffusionなど他の生成AIツールにも関係する著作権の原則を整理します。

訴訟の概要

▶ 原告:

  • The Walt Disney Company
  • Universal Pictures

▶ 被告:

  • Midjourney Inc.(画像生成AIサービス)

▶ 主張の内容:

  1. 著作権侵害  Midjourneyが、ディズニーおよびユニバーサルのキャラクター画像などを無断で学習データに使用し、生成画像として提供している。
  2. 商標権侵害  キャラクター名・外観・象徴的な要素などを模倣し、消費者が混同するおそれがある。
  3. 不当競争  ライセンスを得ていない画像を提供することで、正規商品の市場価値を損なっている。

AI生成物と著作権の関係

AIによって生成された画像そのものに著作権があるかどうかは、各国で判断が分かれている分野ですが、生成のもとになった学習素材が著作物である場合には、問題が生じる可能性があります。

よくあるケースの整理:

ケース著作権的リスク
著作物の画像を学習素材として使用高い(無断使用は著作権侵害に該当する可能性)
学習に使っていないが、見た目が酷似内容次第(特定性・類似性が高い場合は侵害)
キャラを直接再現(LoRAやPromptで)高い(意匠の再現とみなされる可能性)
作風や画風の模倣通常は著作権の対象外(ただし境界は曖昧)

ファンアートや非営利創作も違法なのか?

結論から言えば、原作キャラクターの二次創作は原則として著作権侵害にあたります

  • 著作権法は、営利・非営利を問わず、原作の「表現の本質的特徴」を利用した場合、著作権者の許諾が必要としています。
  • よって、SNS上でのファンアート、同人誌の発行、LoRAモデルの配布なども、すべて「権利者の黙認」によって成り立っている行為です。

よくある誤解と整理

誤解実際
「非営利ならセーフ」❌ 著作権侵害は営利・非営利を問わない
「少し変えれば大丈夫」❌ 表現の本質的特徴が再現されていればNG
「第三者が通報すれば違法になる」❌ 著作権侵害の申し立ては権利者本人に限られる

今後の論点と注目点

  • LoRA・生成モデルにおける責任の所在  モデル作成者か?使用者か?それともサービス提供者か?
  • 訴訟によってAI学習に対する明確な指針が出る可能性  米国では「フェアユース」の適用範囲も議論対象になるとみられています。

まとめ

  • Midjourneyに対する著作権・商標権侵害訴訟は、AI生成物と著作権の関係を問う象徴的な事件です。
  • ファンアートやLoRAによる画像生成も、法的には著作権侵害に該当する可能性がある点に留意が必要です。
  • 著作権は営利・非営利を問わず適用されるため、「商売していなければ大丈夫」という認識は正しくありません。

AIを活用した創作活動を行う際には、法的リスクを理解し、可能であれば各コンテンツ提供者のガイドラインを確認することが望ましいと言えるでしょう。

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