令和7年台風第22号に伴う青ヶ島村および八丈町における通信障害の発生 ー そこから私たちが学べることとは

令和7年台風第22号に伴う青ヶ島村および八丈町における通信障害の発生 ー そこから私たちが学べることとは

令和7年台風第22号により、青ヶ島および八丈町において通信サービスに障害が発生しています。東京都では海底光ファイバーケーブルの損傷の可能性も含め調査中とのことです。

以前にも紅海での海底ケーブルの切断が報じられていましたが、以前とは異なり今回は台風によって損傷した可能性が示唆されています。

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海底ケーブルの損傷や切断は通信インフラに対して大きな影響を及ぼすことは想像に難くありません。本記事では近年の海底ケーブルの損傷や切断事故の事例を確認し、具体的にどのような対策が検討されているのかについてみていきます。

目次

海底ケーブルの損傷や切断事故

2023年以降の主な海底ケーブルの損傷または切断事故には以下があります。

台湾周辺および大半離島

2023年2月と2025年1月に、台湾本島と離島(特に馬祖列島)をつなぐ複数の海底ケーブルが2度にわたり切断されました。中国籍または中国関与が疑われる貨物船や漁船による可能性が高いとされ、意図的行為の疑念も浮上しています。

バルト海・北欧地域

2023年10月、フィンランドとエストニアを結ぶ通信ケーブルとガスパイプラインが同時に損傷しました。中国船「ニューニュー・ポーラーベア」による錨の曳航が原因と見られています。また、2024年11月には、中国船「易鵬3号」がスウェーデンとデンマーク間の海域でバルト海のケーブルを切断したとされ、欧州安全保障当局も高い関心を示しています。

紅海・中東~アフリカ間

2024年3月と2025年9月、紅海を通る主要な海底ケーブル(AAE-1、EIG、SEACOM、TGN、SEA-ME-WE-4など)が4本以上同時に切断されました。世界のインターネットトラフィックの25%が影響を受け、特にエチオピアやソマリアなどで最大90%の通信障害が発生しています。本件は船舶の錨による物理的損傷が主な原因とされますが、複数本同時損傷のため意図的破壊の疑いも指摘されています。

東南アジア・ベトナム

2023年2月、ベトナムの5本全ての主要な海底ケーブルが同時多発的に損傷、国際通信が著しく低下しました。

海底ケーブル損傷・切断の主因

多くは船舶の錨、漁網、海底地滑りなどの偶発的事故が主因ですが、近年は国家や犯罪集団による意図的な切断、サボタージュ行為への懸念も強くなっています。中国やロシアの関与が疑われる事件が顕著に増加し、安全保障上のリスクが議論されています。

船舶や漁による偶発的な事故が多いとされつつも、通信インフラの破壊は安全保障上のリスクなることは疑いの余地がないため、意図的な損傷・切断が疑われるケースも少なくありません。

海底ケーブルの安全対策や事故防止策

意図的な海底ケーブルの損傷や切断が行われていることからも、海底ケーブルが損傷・切断されないようにするための安全対策や事故防止策を講じることは急務です。ここでは、どのような対策があるかを

  • 物理的・技術的対策
  • 政策・国際協力・サイバー分野

に分けて確認していきます。

物理的・技術的対策

物理的または技術的な対策としては主に以下のような対策が講じられています。

  • 物理的防護強化
    • ケーブル埋設深度の増加や、岩石・コンクリートマットによる物理的保護
    • ケーブルの陸揚局や敷設ルート周辺での漁業・荷役活動制限や、専用パトロール艦の導入
  • 監視・検知システム
    • 船舶自動識別システム(AIS)や衛星監視、ドローン(空中・水上・水中)によるリアルタイム監視
    • 不審船舶や異常接近のAIによる自動検知、データフュージョン解析の導入が進行
  • バックアップ強化・冗長構成
    • ルートの多重化・冗長化と、障害発生時の迅速な帯域切替・バックアップ回線利用体制
    • 専用修理船の拡充と即応体制の構築、修復作業の迅速化

物理的対策としては、壊れにくくすること、壊されないように監視すること、壊れても通信インフラが維持できること、という基本的な対策が執られています。基本的な対策であり効果は高いですが、いずれの方法もコストがかかるというデメリットがあります。元々のメンテナンスコストに加え、こういった対策にも費用を投じないといけないというのは、通信にかかる費用の増大などにも繋がる恐れがあります。

政策・国際協力・サイバー分野

一方で意図的な破壊行為に対しても対策が必要です。これには前述の物理的・技術的な対策に加え、政治的な対策が欠かせません。

  • 規制・国家安全保障
    • 米国FCCやEUによる対外国勢力(中国・ロシア等)の新規敷設管理や、外資制限強化、装置導入規制
    • EU「ケーブル・セキュリティ行動計画」(2025年2月公表)では、防衛・監視連携、インシデント発生時の域内連携を高度化
  • 官民連携とサイバー防御
    • 民間事業者と国家防衛・警察機関による情報共有と監視、演習やリスク評価の共同実施
    • サイバー攻撃に備えた通信暗号化や能動的サイバー防御策の強化
  • AIとセンシング技術の活用
    • AIによる異常検知、大量監視データの高速解析、不審船舶行動の事前予測とリスク指標化
    • 水中センサー網や連続監視ドローンによる広域早期検知体制の模索

まとめ

通信インフラの破壊は私たちの生活への影響だけでなく、国防などのへの影響もあるたえ安全保障に対しても大きなリスクなります。この問題に対してはセキュリティなどと同様に物理的保護、監視、運用、外交すべての層で多層的な対策が必要となります。

おわりに

海底ケーブルの損傷や破壊は私たちの生活だけでなく、国家安全保障も脅かす脅威となります。偶発的・意図的に関わらず発生している事象となっており、発生するたびに大小様々な被害が出ています。

この問題に対しては民官両面からの対策が不可欠となっており、具体的な対策について様々検討・実施されていることを改めて確認することができました。

このことは、私たちが海底ケーブルの損傷や破壊に対して対策が講じられていることを知るだけでなく、セキュリティのような異なる種類の脅威に対しての教訓を得る機会にもなりました。具体的には、

  • 多層防御の重要性
  • 異なる性格をもつ対策を組み合わせることの重要性

を学ぶことができるので、ひとつずつ見ていきましょう。

多層防御の重要性

その一方で、これらの事例から「脅威に対する多層防御の重要性」を学ぶことができます。セキュリティ分野でも同様のことが言われていますが、「単層防御」ではそこが突破されてしまうとまったくの無防備になりますが、「多層防御」で守ることで最初の対策が突破されても他の対策でカバーすることができるようになります。

ここで重要になってくるのは事前対策と事後対策です。

事前対策はそもそも脅威にさらされないようにしたり、さらされても被害が出ないようにすることです。海底ケーブルの例でいれば物理的な防護や監視・検知がこれにあたります。セキュリティにおいても脆弱性を放置しないでセキュリティパッチを適用したり、ウィルス対策ソフトなどによってウィルスを検知・除去することがこれにあたります。

事後対策は脅威にされされて被害が出たときにその範囲を局所化したり素早く沈静化することです。海底ケーブルの例ではバックアップ強化・冗長構成によって一部のケーブルが損傷しても通信インフラがが停止しないようにする対策がこれにあたります。セキュリティでいえば追加の攻撃を受けないように通信を遮断したりバックアップから復旧させることがこれにあたります。

このように発生を防ぐという事前対策だけでなく、発生してしまったときに事態を収拾させる事後対策を用意しておくことで、用意していた多層の事前対策を突破されても被害を最小限にすることができます。

異なる性格をもつ対策を組み合わせることの重要性

もう一つは「異なる性格をもつ対策を組み合わせる」ということです。海底ケーブルの例では海底ケーブル自体をどう守っていくかという現場での対策以外に政策や国際協力という政治的な対策も同時に実施しています。海底ケーブルを守る直接的な対策と政治的に抑止するという間接的な対策を組み合わせることで対策の効果を高めることができます。

セキュリティでいうなら、セキュリティ対策の本丸であるシステムやアプリケーション自体の脆弱性をなくすことだけでなく、システムやアプリケーションを使う人に対して教育や訓練を行うことで互いの効果を高め合うことがこれにあたります。または、セキュリティ対策のミドルウェアを導入して防ぐだけでなく、アプリケーションコード自体の脆弱性を排除するために脆弱性診断やセキュリティ観点のレビューをすることも異なる性格をもつ対策を組み合わせることになるでしょう。

このように同じ種類の対策だけで多層防御するのではなく、異なる性格の対策を組み合わせることでより強固な対策につながるということがわかります。

事例から学びを得ること

海底ケーブルの損傷や切断に対して、個人でできることはほとんどありません。衛星通信を使うというのが個人でできる対策の一つですが、ある分野での事例が異なる分野での学びに繋がることはよくあります。今回調べたことから、同じような脅威に対する対策という点で類似しているセキュリティ分野での学びを得ることができました。

直接的に関係ない分野の学びでも何かヒントになることはよくあります。よく知られている例では、GoFのデザインパターンは建築分野で繰り返し現れる課題への解決策として蓄積された「設計の知恵」をプログラミングに応用したものです。このように、他の分野を積極的に学ぶことで、自分の専門分野で新たな知見に繋がるということはよくあることなので、今後も広くアンテナを張っていくように心がけたいものです。

参考文献

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