カーボンニュートラル時代のインフラ──日本のグリーンデータセンター市場と世界の規制動向

カーボンニュートラル時代のインフラ──日本のグリーンデータセンター市場と世界の規制動向

生成AIやクラウドサービスの急速な普及により、データセンターの存在感は社会インフラそのものといえるほどに高まっています。私たちが日常的に利用するSNS、動画配信、ECサイト、そして企業の基幹システムや行政サービスまで、その多くがデータセンターを基盤として稼働しています。今やデータセンターは「目に見えない電力消費の巨人」とも呼ばれ、電力網や環境への影響が世界的な課題となっています。

特に近年は生成AIの学習や推論処理が膨大な電力を必要とすることから、データセンターの電力需要は一段と増加。国際エネルギー機関(IEA)の試算では、2030年には世界の電力消費の10%近くをデータセンターが占める可能性があるとも言われています。単にサーバを増設するだけでは、環境負荷が増大し、カーボンニュートラルの目標とも逆行しかねません。

このような背景から、「省エネ」「再生可能エネルギーの活用」「効率的な冷却技術」などを組み合わせ、環境負荷を抑えながらデジタル社会を支える仕組みとして注目されているのが グリーンデータセンター です。IMARCグループの最新レポートによると、日本のグリーンデータセンター市場は2024年に約 55.9億ドル、2033年には 233.5億ドル に達する見込みで、2025~2033年の年平均成長率は 17.21% と高水準の成長が予測されています。

本記事では、まず日本における政策や事業者の取り組みを整理し、その後に世界の潮流を振り返りながら、今後の展望について考察します。

目次

グリーンデータセンターとは?

グリーンデータセンターとは、エネルギー効率を最大化しつつ、環境への影響を最小限に抑えた設計・運用を行うデータセンターの総称です。

近年では「持続可能なデータセンター」「低炭素型データセンター」といった表現も使われますが、いずれも共通しているのは「データ処理能力の拡大と環境負荷低減を両立させる」という目的です。

なぜ必要なのか

従来型のデータセンターは、サーバーの電力消費に加えて空調・冷却設備に大量のエネルギーを要するため、膨大なCO₂排出の原因となってきました。さらにAIやIoTの普及により処理能力の需要が爆発的に増加しており、「電力効率の低いデータセンター=社会的なリスク」として扱われつつあります。

そのため、電力効率を示す PUE(Power Usage Effectiveness) や、再生可能エネルギー比率が「グリーン度合い」を測る主要な指標として用いられるようになりました。理想的なPUEは1.0(IT機器以外でエネルギーを消費しない状態)ですが、現実的には 1.2〜1.4 が高効率とされ、日本国内でも「PUE 1.4以下」を目標水準に掲げる動きが一般的です。

代表的な技術・取り組み

グリーンデータセンターを実現するためには、複数のアプローチが組み合わされます。

  • 効率的冷却:外気を利用した空調、地下水や海水を使った冷却、さらに最近注目される液体冷却(Direct Liquid Cooling/浸漬冷却など)。
  • 再生可能エネルギーの利用:太陽光・風力・水力を組み合わせ、可能な限り再エネ由来の電力で運用。
  • 廃熱再利用:サーバーから発生する熱を都市の地域熱供給や農業用温室に活用する取り組みも進む。
  • エネルギーマネジメントシステム:ISO 50001 に代表される国際標準を導入し、電力使用の最適化を継続的に管理。

自己宣言と第三者認証

「グリーンデータセンター」という言葉自体は、公的な認証名ではなく概念的な呼称です。したがって、事業者が「当社のデータセンターはグリーンです」と独自にアピールすることも可能です。

ただし信頼性を担保するために、以下のような第三者認証を併用するのが一般的になりつつあります。

  • LEED(米国発の建築物環境認証)
  • ISO 14001(環境マネジメントシステム)
  • ISO 50001(エネルギーマネジメントシステム)
  • Energy Star(米国環境保護庁の認証制度)

これらを取得することで、「単なる自己宣言」ではなく、客観的にグリーンであると証明できます。

まとめ

つまり、グリーンデータセンターとは 省エネ設計・再エネ利用・効率的冷却・熱再利用 といった総合的な施策を通じて、環境負荷を抑えながらデジタル社会を支える拠点です。公式の認証ではないものの、世界各国で自主的な基準や法的規制が整備されつつあり、今後は「グリーンであること」が新設データセンターの前提条件となる可能性が高まっています。

日本国内の動向

日本国内でも複数の事業者がグリーンデータセンターの実現に向けて積極的な試みを進めています。

  • さくらインターネット(石狩データセンター) 世界最大級の外気冷却方式を採用し、北海道の寒冷な気候を活かして空調電力を大幅に削減。さらに直流送電や、近年では液体冷却(DLC)にも取り組み、GPUなどの高発熱サーバーに対応可能な設計を導入しています。JERAと提携してLNG火力発電所の冷熱やクリーン電力を利用する新センター構想も進めており、環境配慮と高性能化の両立を図っています。
  • NTTコミュニケーションズ 国内最大規模のデータセンター網を持ち、再エネ導入と同時に「Smart Energy Vision」と呼ばれる全社的な環境戦略の一環でPUE改善を推進。都市部データセンターでも水冷や外気冷却を組み合わせ、省エネと安定稼働を両立させています。
  • IIJ(インターネットイニシアティブ) 千葉・白井や島根・松江のデータセンターで先進的な外気冷却を採用。テスラ社の蓄電池「Powerpack」を導入するなど、蓄電技術との組み合わせでピーク電力を削減し、安定した省エネ運用を実現しています。

これらの事例は、地域の気候条件や電力会社との連携を活用しつつ、日本ならではの「省エネと高密度運用の両立」を模索している点が特徴です。

ガバメントクラウドとグリーン要件

2023年、さくらインターネットは国内事業者として初めてガバメントクラウドの提供事業者に認定されました。

この認定は、約300件におよぶ セキュリティや機能要件 を満たすことが条件であり、環境性能は直接の認定基準には含まれていません

しかし、ガバメントクラウドに採択されたことで「国内で持続可能なインフラを提供する責務」が強まったのも事実です。環境性能そのものは条件化されていないものの、政府のカーボンニュートラル政策と並走するかたちで、さくらはDLCや再エネ活用といった施策を強化しており、結果的に「グリーンガバメントクラウド」へ近づきつつあるともいえます。

まとめ

日本国内ではまだ「新設データセンターにグリーン基準を義務化する」といった明確な法規制は存在しません。しかし、

  • 政府の後押し(環境省・経産省)
  • 国内事業者の先進的な省エネ事例
  • ガバメントクラウド認定と政策整合性

といった動きが重なり、結果的に「グリーンであることが競争優位性」へとつながり始めています。今後は、再エネ調達や冷却技術だけでなく、電力消費の透明性やPUE公表の義務化といった新たな政策的要求も出てくる可能性があります。

クラウド大手の取り組み(日本拠点)

日本国内のデータセンター市場においては、外資系クラウド大手である AWS(Amazon Web Services)Google CloudMicrosoft Azure の3社が圧倒的な存在感を示しています。行政や大企業を中心にクラウド移行が加速するなかで、これらの事業者は単にシステム基盤を提供するだけでなく、「環境性能」そのものをサービス価値として前面に打ち出す ようになっています。

それぞれの企業はグローバルで掲げる脱炭素ロードマップを日本にも適用しつつ、国内の電力事情や市場特性に合わせた工夫を取り入れています。

以下では、主要3社の日本におけるグリーンデータセンター戦略を整理します。

AWS(Amazon Web Services)

AWSはグローバルで最も積極的に再生可能エネルギー導入を進めている事業者の一つであり、日本でも例外ではありません。

  • 再エネ調達の拡大 日本国内の再エネ発電設備容量を、2023年の約101MWから2024年には211MWへと倍増させました。これは大規模な太陽光・風力発電所の建設に加え、オフィスや施設の屋根を活用した分散型再エネの調達を組み合わせた成果です。今後もオフサイトPPA(Power Purchase Agreement)などを通じて、さらなる再エネ利用拡大を計画しています。
  • 低炭素型データセンター設計 建材段階から環境負荷を抑える取り組みも進めており、低炭素型コンクリートや高効率建材を導入することで、エンボディドカーボンを最大35%削減。加えて、空調・電力供給の効率化により、運用段階のエネルギー消費を最大46%削減できると試算されています。
  • 環境効果の訴求 AWSは自社のクラウド利用がオンプレミス運用と比べて最大80〜93%のCO₂排出削減効果があると強調しています。これは、単なる省エネだけでなく、利用者企業の脱炭素経営に直結する数値として提示されており、日本企業の「グリーン調達」ニーズに応える強いアピールポイントとなっています。

Google Cloud

Googleは「2030年までにすべてのデータセンターとキャンパスで24時間365日カーボンフリー電力を利用する」という大胆な目標を掲げています。これは単に年間消費電力の総量を再エネで賄うのではなく、常にリアルタイムで再エネ電力を利用するという野心的なロードマップです。

  • 日本での投資 2021年から2024年にかけて、日本に総額約1100億円を投資し、東京・大阪リージョンの拡張を進めています。これにより、AIやビッグデータ需要の高まりに対応すると同時に、再エネ利用や効率的なインフラ整備を進めています。
  • 再エネ調達 Googleは世界各地で再エネ事業者との長期契約を結んでおり、日本でもオフサイトPPAによる風力・太陽光の調達が進行中です。課題は日本の電力市場の柔軟性であり、欧米に比べて地域独占が残る中で、どのように「24/7カーボンフリー」を実現するかが注目されます。
  • AI時代を意識したグリーン戦略 Google CloudはAI向けのGPUクラスタやTPUクラスタを強化していますが、それらは非常に電力を消費します。そのため、冷却効率を最大化する設計や液体冷却技術の導入検証も行っており、「AIインフラ=環境負荷増大」という批判に先手を打つ姿勢を見せています。

Microsoft Azure

Azureを運営するマイクロソフトは「2030年までにカーボンネガティブ(排出量よりも多くのCO₂を除去)」を掲げ、他社より一歩踏み込んだ目標を示しています。

  • 日本での巨額投資 2023〜2027年の5年間で、日本に2.26兆円を投資する計画を発表。AIやクラウド需要の高まりに対応するためのデータセンター拡張に加え、グリーンエネルギー利用や最新の省エネ設計が組み込まれると見られています。
  • カーボンネガティブの実現 マイクロソフトは再エネ導入に加え、カーボンオフセットやCO₂除去技術(DAC=Direct Air Captureなど)への投資も進めています。これにより、日本のデータセンターも「単に排出を減らす」だけでなく「排出を上回る吸収」に貢献するインフラとなることが期待されています。
  • AIと環境負荷の両立 AzureはOpenAI連携などでAI利用が拡大しており、その分データセンターの電力消費も急増中です。そのため、日本でも液体冷却や高効率電源システムの導入が検討されており、「AI時代の持続可能なデータセンター」としてのプレゼンスを確立しようとしています。

まとめ

AWS・Google・Azureの3社はいずれも「脱炭素」を世界的なブランド戦略の一部と位置づけ、日本でも積極的に投資と再エネ導入を進めています。特徴を整理すると:

  • AWS:短期的な実効性(再エネ容量拡大・建材脱炭素)に強み
  • Google:長期的で先進的(24/7カーボンフリー電力)の実現を追求
  • Azure:さらに一歩進んだ「カーボンネガティブ」で差別化

いずれも単なる環境対策にとどまらず、企業顧客の脱炭素ニーズに応える競争力の源泉として「グリーンデータセンター」を打ち出しているのが大きな特徴です。

世界の動向

データセンターの環境負荷低減は、日本だけでなく世界中で重要な政策課題となっています。各国・地域によってアプローチは異なりますが、共通しているのは 「新設時に環境基準を義務化する」「既存センターの効率改善を促す」、そして 「透明性や報告義務を強化する」 という方向性です。

中国

中国は世界最大級のデータセンター市場を抱えており、そのエネルギー需要も膨大です。これに対応するため、政府は「新たなデータセンター開発に関する3年計画(2021–2023)」を策定。

  • 新設データセンターは必ず「4Aレベル以上の低炭素ランク」を満たすことを義務化。
  • PUEについては、原則 1.3以下 を目指すとされており、これは国際的にも高い基準です。
  • また、地域ごとにエネルギー利用制限を設定するなど、電力網の負担軽減も重視しています。

このように、中国では法的に厳格な基準を義務付けるトップダウン型の政策が採られているのが特徴です。

シンガポール

国土が狭く、エネルギー資源が限られているシンガポールは、データセンターの増加が直接的に電力需給や都市環境に影響するため、世界でも最も厳格な基準を導入しています。

  • BCA-IMDA Green Mark for New Data Centre制度を導入し、新規建設時にはPUE 1.3未満WUE(水使用効率)2.0/MWh以下といった基準を必ず満たすことを要求。
  • さらに、Platinum認証を取得することが事実上の前提となっており、建設コストや設計自由度は制限されるものの、長期的な環境負荷低減につながるよう設計されています。

これにより、シンガポールは「グリーンデータセンターを建てなければ新設許可が出ない国」の代表例となっています。

欧州(EU)

EUは環境規制の先進地域として知られ、データセンターに対しても段階的な基準強化が進められています。特に重要なのが Climate Neutral Data Centre Pact(気候中立データセンターパクト)です。

  • 業界団体による自主的な協定ですが、参加事業者には独立監査による検証が課され、未達成であれば脱会措置もあり、実質的に拘束力を持ちます。
  • 2025年までに再エネ比率75%、2030年までに100%を達成。
  • PUEについても、冷涼地域では1.3以下、温暖地域では1.4以下を必須目標と設定。
  • さらに、廃熱の地域利用サーバー部品の再利用率についても基準を設けています。

また、EUの「エネルギー効率指令(EED)」や「EUタクソノミー(持続可能投資の分類基準)」では、データセンターに関するエネルギー消費データの開示義務や、持続可能性を満たす事業への投資優遇が明文化されつつあります。

米国

米国では連邦レベルでの統一規制はまだ整備途上ですが、州ごとに先行的な取り組みが始まっています。

  • カリフォルニア州では、電力網の逼迫を背景に、データセンターに対するエネルギー使用制限や効率基準の導入が議論されています。
  • ニューヨーク州では「AIデータセンター環境影響抑制法案」が提出され、新設時に再エネ利用を義務付けるほか、電力使用量や冷却効率の毎年報告を求める内容となっています。
  • 一方で、米国のクラウド大手(AWS、Google、Microsoft)は、こうした規制を先取りする形で自主的に100%再エネ化やカーボンネガティブの方針を打ち出しており、規制強化をむしろ競争力強化の機会に変えようとしています。

世界全体の潮流

これらの事例を総合すると、世界の方向性は次の3点に集約されます。

  • 新設時の義務化 シンガポールや中国のように「グリーン基準を満たさないと新設できない」仕組みが広がりつつある。
  • 段階的な基準強化 EUのように「2025年までにXX%、2030年までに100%」といった期限付き目標を設定する動きが主流。
  • 透明性と報告義務の強化 米国やEUで進む「エネルギー使用・効率データの開示義務化」により、事業者は環境性能を競争要素として示す必要がある。

まとめ

世界ではすでに「グリーンであること」が競争力の差別化要因から参入条件へと変わりつつあります。

  • 中国やシンガポールのように法的義務化する国
  • EUのように自主協定と規制を組み合わせて強制力を持たせる地域
  • 米国のように州ごとに規制を進め、クラウド大手が先行的に対応する市場

いずれも「段階的に条件を引き上げ、将来的には全データセンターがグリーン化される」方向に動いており、日本にとっても無視できない国際的潮流です。

おわりに

本記事では、日本国内の政策や事業者の取り組み、そして世界各国の規制や潮流を整理しました。ここから見えてくるのは、グリーンデータセンターはもはや“環境意識の高い企業が任意に取り組むオプション”ではなく、持続可能なデジタル社会を実現するための必須条件へと変わりつつあるという現実です。

日本は現状、環境性能をデータセンター新設の法的条件として課してはいません。しかし、環境省・経産省の支援策や、さくらインターネットやIIJ、NTTといった国内事業者の自主的な取り組み、さらにAWS・Google・Azureといった外資大手の投資によって、確実に「グリーン化の流れ」は強まっています。ガバメントクラウドの認定要件には直接的な環境基準は含まれませんが、国のカーボンニュートラル方針と整合させるかたちで、実質的には「環境性能も含めて評価される時代」に近づいています。

一方で、海外と比較すると日本には課題も残ります。シンガポールや中国が新設時に厳格な基準を義務化し、EUが段階的に再エネ比率やPUEの引き上げを制度化しているのに対し、日本はまだ「自主努力に依存」する色合いが強いのが実情です。今後、AIやIoTの拡大により電力需要が爆発的に増すなかで、規制とインセンティブをどう組み合わせて「環境性能の底上げ」を進めていくかが大きな焦点となるでしょう。

同時に、グリーンデータセンターは環境問題の解決にとどまらず、企業の競争力や国際的なプレゼンスにも直結します。大手クラウド事業者は「グリーン」を武器に顧客のESG要求や投資家の圧力に応え、差別化を図っています。日本の事業者も、この流れに追随するだけでなく、寒冷地利用や電力系統の分散、再エネの地産地消といった日本独自の強みを活かした戦略が求められます。

結局のところ、グリーンデータセンターは単なる技術課題ではなく、エネルギー政策・産業競争力・国家戦略が交差する領域です。今後10年、日本が世界の潮流にどう歩調を合わせ、あるいは独自の価値を示していけるかが問われるでしょう。

参考文献

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