旭化成、倉敷市と共同で高純度バイオメタン技術を実証──脱炭素社会への新たな一手

旭化成、倉敷市と共同で高純度バイオメタン技術を実証──脱炭素社会への新たな一手

2025年、旭化成は岡山県倉敷市と連携し、下水処理場で発生するバイオガスから97%以上の高純度バイオメタンを生成する技術の実証に成功しました。この取り組みは、日本のエネルギー自立や脱炭素社会に向けた新たな道を開くものとして、注目を集めています。

目次

バイオメタンとは?──ゴミから生まれる「再生可能な天然ガス」

バイオメタン(Biomethane)は、生ゴミ・下水汚泥・家畜のふん尿・食品廃棄物などの有機性廃棄物を原料とする再生可能なメタンガスです。その成分は主にメタン(CH₄)であり、化石燃料由来の天然ガス(都市ガス)とほぼ同じ性質を持つことから、「再生可能な天然ガス」とも呼ばれています。

このバイオメタンは、まず嫌気性発酵という自然の微生物の働きによって「バイオガス」と呼ばれる混合ガス(メタン約60%、二酸化炭素約40%)が生成され、そこから二酸化炭素(CO₂)や硫化水素(H₂S)などの不純物を除去してメタン濃度を高めることで得られます。

バイオメタンの主な特徴は次のとおりです:

  • 🌱 再生可能:原料は廃棄物や副産物であり、持続的に供給が可能
  • 🔁 カーボンニュートラル:原料となるバイオマスが元々大気中のCO₂を吸収して成長しており、燃焼しても「プラスマイナスゼロ」となる
  • 🔧 既存インフラが使える:都市ガス配管やCNG(圧縮天然ガス)車両にそのまま利用可能
  • 🚯 廃棄物削減にも貢献:本来捨てられるはずのものからエネルギーを生み出す

特に注目すべきは、都市部で発生する下水汚泥や食品廃棄物などからもバイオメタンが作れるという点です。都市のエネルギー消費地で生まれる廃棄物から、同じ都市のインフラや車両の燃料をまかなう──つまり「地産地消型のエネルギー循環」が可能になるのです。

また、近年では欧州を中心に天然ガスとバイオメタンを同じインフラで混合して供給する「ガスグリッド・インジェクション」も進んでおり、日本でも注目される技術となっています。

つまり、バイオメタンは単なる廃棄物処理の副産物ではなく、社会全体のエネルギーシステムを変革するカギとなる資源と言えるでしょう。

実証された旭化成の技術──ゼオライトを活用した高効率な分離方式

旭化成が今回、倉敷市と共同で実証に成功したのは、ゼオライトを用いたバイオガスの高効率な精製技術です。この方式では、下水処理場などで生成されたバイオガスから、CO₂や水分などの不純物を取り除き、高純度のメタン(CH₄)を取り出す工程において、従来よりも高い収率と純度を実現しました。

🔬 ゼオライトとは?

ゼオライトとは、天然または合成のアルミノケイ酸塩鉱物で、非常に微細な孔(ナノレベルの空間)を持つ構造が特徴です。この構造により、分子サイズの違いに応じたガス分離や吸着が可能となります。旭化成はこのゼオライトの特性を活かし、二酸化炭素分子を選択的に吸着する材料として利用しました。

これにより、以下のような分離プロセスが成立します:

  • バイオガス(CH₄+CO₂)を通気
  • ゼオライトがCO₂のみを吸着
  • メタンがそのまま高純度のガスとして通過・回収

このプロセスでは、加圧吸着(PSA)や膜分離などの他の方式よりも高い効率と安定性が得られる点が強みとされています。

✅ 実証実験の成果と意義

  • メタン純度:97%以上
  • 回収率(収率):99.5%以上
  • 連続運転においても安定した性能を確認

この結果は、商用レベルのCNG車用燃料や都市ガスインフラ注入にそのまま利用できる品質であることを示しており、国内での普及に向けて大きな一歩となりました。

さらに、ゼオライトは再生(吸着→再放出)によって繰り返し使用が可能であり、メンテナンス性・コスト効率の面でも優れています。また、高圧設備や冷却装置を必要としない設計も可能で、中小規模の施設や地域拠点への導入が現実的となります。

🔄 従来技術との違いと利点

技術方式主な特徴課題
膜分離比較的コンパクト。運転が容易分離効率が低い場合あり
PSA(加圧スイング吸着)高純度が可能エネルギー消費が大きく大型化しやすい
ゼオライト吸着(旭化成方式)高純度・高収率・安定運転・再利用可能材料選定と制御が高度

旭化成の方式は、こうした従来技術の課題を克服しつつ、より簡素で高効率、かつスケーラブルな選択肢として期待されています。

🌍 今後の展望

このゼオライト方式は、下水処理場だけでなく、畜産施設や食品工場、バイオマス発電所など、さまざまな有機廃棄物を扱う現場にも展開が可能です。再生可能ガスの地産地消に加え、地方自治体や企業による脱炭素・サーキュラーエコノミー推進の中核技術としての活用も見込まれています。

なぜバイオメタンが脱炭素に貢献するのか?

バイオメタンが脱炭素社会の実現において注目される理由は、化石燃料の代替エネルギーであるだけでなく、カーボンニュートラルな性質を持つ再生可能エネルギーであることにあります。

🌱 カーボンニュートラルという考え方

「カーボンニュートラル」とは、ある活動で排出されるCO₂と、自然界または別のプロセスで吸収・除去されるCO₂が釣り合っている状態を指します。バイオメタンの原料であるバイオマス(有機性廃棄物や植物など)は、成長過程で大気中のCO₂を吸収しています。そのため、これらを燃料として燃焼させてCO₂を排出しても、もともと大気中に存在していたCO₂を再び放出しているにすぎず、排出量としてはプラスマイナスゼロという考え方になります。

この性質は、石炭や天然ガス、石油といった地中の炭素を新たに大気中に放出してしまう化石燃料とは根本的に異なります

🔥 高排出分野への代替効果

特にバイオメタンが有効とされているのが、以下の高CO₂排出分野です。

  • 輸送セクター(バス、トラックなど) → CNG(圧縮天然ガス)車両の燃料として活用でき、ディーゼル燃料の代替に
  • 産業セクター(工場のボイラー・熱源) → 電化が困難な高温熱処理などにおける燃料代替に適しており、産業部門のCO₂排出を大きく削減可能
  • 電力セクター → 発電用ガスタービンなどにも利用可能で、再生可能ガスとしての電源構成に組み込みやすい

これらの用途にバイオメタンを導入することで、既存のインフラや設備を有効活用しながら脱炭素化を推進できる点が大きな利点です。

🔧 インフラとの親和性の高さ

バイオメタンは、既存の都市ガスインフラ(パイプラインやガス機器)にほぼそのまま流通・利用できるという利点を持っています。これは、再生可能エネルギーの中でも非常に珍しい特性です。

例えば、太陽光や風力は発電用途に特化していますが、バイオメタンは以下のような多用途に対応できます:

  • 都市ガス網への注入・混合
  • ガスボイラーや家庭用ガス機器での利用
  • CNGバス・トラックの燃料
  • 発電設備での利用(ガスエンジン・タービン)

このように、再エネの中で「燃焼型の用途」に使える数少ないエネルギーであり、脱炭素化の“抜け道”となっていた領域にも対応可能です。

🌍 国際的にも注目される戦略的エネルギー源

欧州ではすでに、天然ガスにバイオメタンを混合する「グリーンガス証書制度」や、バイオメタンのパイプライン注入義務化などの施策が進んでおり、再生可能ガスとしての利用が急速に拡大しています。

  • フランスやドイツでは、2040年までに都市ガスの10〜20%をバイオメタンに置き換えるという目標が掲げられています。
  • オランダでは、下水処理場から発生するガスを100%再生可能ガスとして供給する地域も存在します。

日本でも、今回の旭化成の技術実証のような取り組みが進めば、エネルギーの脱炭素化だけでなく、廃棄物処理・地域経済の再構築・地方創生にもつながる可能性があります。

🔄 脱炭素だけでなく「循環型社会」へ

バイオメタンの利用は、単にCO₂を減らすだけでなく、廃棄物(有機性資源)をエネルギーに変えるという循環型の社会づくりにも寄与します。家庭や産業、農業から出る「ゴミ」が、再び社会のエネルギー源として活用されることで、廃棄物の減量とエネルギー自給率向上の両立が実現できるのです。

おわりに:バイオメタンは“ゴミ”から生まれる未来のエネルギー

バイオメタンは、単なる再生可能エネルギーの一種ではありません。家庭や工場、下水処理場から出る「不要物」──すなわちゴミや汚泥、有機性廃棄物といった“厄介者”を、価値あるエネルギーに変えるテクノロジーです。それは、エネルギー問題と廃棄物問題という現代社会の2つの課題を、同時に解決する可能性を持つ革新的なアプローチでもあります。

今回、旭化成が倉敷市と共同で行った実証は、バイオメタンが「構想」や「研究」の段階を超え、実際に地域社会の中で機能し得る現実的なエネルギーソリューションであることを明らかにしました。しかも、CO₂を高度に除去し97%以上の純度を実現するという成果は、世界的に見ても先進的な水準です。

日本はエネルギー資源に乏しく、エネルギー自給率がわずか12%前後(2020年度)にとどまっています。こうした状況において、国内で発生する廃棄物からエネルギーを生み出す仕組みは、安全保障上も重要な戦略となります。

さらにバイオメタンは、都市インフラ(都市ガス網)や輸送(CNG車)、産業用途(ボイラー燃料)など、幅広い分野への応用が可能で、分散型エネルギー社会の実現にも寄与します。特に地方都市では、下水処理場や畜産業から得られるバイオマスを活用することで、地域発の脱炭素モデルを構築することも夢ではありません。

また、バイオメタンの普及は技術革新にとどまらず、地域経済の循環、雇用創出、自治体の脱炭素戦略との連携といった、社会構造そのものを変革する可能性も秘めています。

私たちは今、カーボンニュートラルや循環型社会という大きな目標を掲げながらも、日々の生活の中でその実感を得にくい現実に直面しています。しかし、バイオメタンのような技術はその“距離”を縮めてくれます。

目の前のゴミが、地域のエネルギーになる──そんな未来が、すでに動き出しているのです。

📚 参考文献

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次