生成AIはなぜ事実と違うことを言うのか?ハルシネーションの原因とその影響

生成AIはなぜ事実と違うことを言うのか?ハルシネーションの原因とその影響
目次

はじめに

近年、ChatGPTをはじめとする生成AI(Generative AI)が大きな注目を集めています。その一方で、ハルシネーションと呼ばれる現象によってAIが事実と異なる回答を返す問題も広く認識されるようになりました。ハルシネーションとは一体何なのでしょうか?この現象の背景や原因を正しく理解し、対策を知ることは非常に重要です。

本記事では、生成AIにおけるハルシネーションの技術的背景と発生要因を解説し、それによって引き起こされる問題点や各分野への影響、実際に起きた事例を紹介します。さらに、現在講じられている主な対策と今後の展望・課題について、できるだけ分かりやすく説明していきます。

ハルシネーションの技術的背景と発生要因

ハルシネーションとは、AIが事実ではない誤った情報や回答をあたかも事実であるかのように生成してしまう現象のことです。人工知能がまるで幻覚(hallucination)を見ているかのように感じられることから、この名前が付けられました。

では、なぜ生成AIはそのような誤回答を自信満々に作り出してしまうのでしょうか。その技術的背景には、大規模言語モデル(LLM)の動作原理が深く関係しています。多くのLLMでは、人間の会話や文章を学習データとして「次に最もあり得る単語」を予測しながら文章を生成する自己回帰型生成という手法が使われています。つまり、モデルは真実かどうかよりも「もっともらしい文章」を作るよう設計されているのです。そのため、十分な知識や文脈が無い質問に対しても、それらしく辻褄の合った回答を作り出そうとする傾向があります。

ハルシネーションが発生する具体的な原因としては、次のような要素が指摘されています:

  • 質問や指示が不明瞭であること:質問文が曖昧だったり情報が不足していたりすると、モデルは不確かなまま「もっともらしい単語」を並べて回答してしまいます。本来であれば「その質問内容では情報が足りません」といった返答が望ましい場面でも、特に性能が限定されたモデルでは誤った回答を生成しがちです。プロンプト(指示文)を明確にすることが重要だとされる所以です。
  • 学習データの偏りや不足:AIが学習したデータにバイアス(偏り)があったり情報量が不十分だったりすると、対応できる知識の範囲が狭まります。その結果、学習データに存在しない事柄について問われると誤った情報で埋め合わせてしまうことがあります。例えば、トレーニングデータが古い場合には最新の事象に関する質問に答えられず、ありもしない回答を作ってしまうといったケースです。
  • モデルの構造上の限界:モデル自体の設計や学習プロセスにも原因があり得ます。たとえば極端に複雑なモデル構造や不適切な学習によって、データにないパターンや特徴を生成してしまうことがあります。過学習を十分に防げていない場合や、学習データ自体に誤りが含まれる場合にも、間違った関連性を「学習」してしまい結果的に誤情報を吐き出す要因となります。モデルの巨大さゆえに内部で何が起きているか解釈が難しいことも、誤った出力を検知・抑制しづらい理由の一つです。

以上のように、生成AIのハルシネーションは**「もっともらしさ」を優先する言語モデルの性質データや入力の問題によって引き起こされます。モデルが大きく高性能になるほど正確性は向上する傾向にありますが、それでもハルシネーションを完全になくすことは難しい**とされています。要するに、現在の生成AIは優秀ではあるものの、根本的に「嘘をつく可能性」を内包したままなのです。

ハルシネーションがもたらす問題点

生成AIのハルシネーションは、単に回答が外れる程度の些細な問題から、深刻な誤りまでさまざまな影響を及ぼします。場合によっては人間が見れば笑い話のような明らかな間違い(例えば「ピザの具材をくっつけるために接着剤を使うべき」といった荒唐無稽な回答)で済むこともあります。しかし最悪のケースでは、医療や法務の分野で重大な誤情報を与えたり、差別的・危険な判断を引き起こしたりする可能性があります。つまり、精度が求められる場面でハルシネーションが起これば、現実社会に直接的なリスクをもたらしかねないのです。

また、ハルシネーションによる期待外れの回答が続くと、ユーザーの信頼を損ねるという問題も見逃せません。Deloitteの技術倫理責任者であるBeena Ammanath氏も「ハルシネーションは信頼を損ない、ひいてはAI技術の普及を妨げる可能性がある」と指摘しています。実際、生成AIが誤情報をもっともらしく発信してしまう現状では、ユーザーは**「AIの言うことだから正しい」と鵜呑みにできない**状態にあります。出力された回答をいちいち検証しなければならないとすれば、せっかくのAIの利便性も半減してしまいます。

さらに深刻なのは、ハルシネーションが社会的・法的なトラブルを引き起こすケースです。ハルシネーションによる誤情報で人や企業の名誉が傷つけられたり、権利が侵害されたりすれば、訴訟問題に発展する可能性もあります。実際に、あるオーストラリアの地方自治体の市長はChatGPTが虚偽の汚職疑惑情報を回答したことに対して抗議し、訂正がなされない場合はOpenAI社を提訴すると表明しました。このように、ハルシネーションが原因で裁判沙汰になるほどの重大なトラブルも現実に起き始めているのです。

エンジニアにとっても、生成AIの誤回答は無視できない問題です。たとえば社内でAIを活用している場合、ハルシネーションにより誤った分析結果や設計ミスが発生すれば業務効率の低下や経済的損失につながる恐れがあります。要するに、ハルシネーションは放置すれば信頼性・生産性の低下を招き、場合によっては深刻なリスクに直結するAIの弱点と言えるでしょう。

医療・教育・法務・ジャーナリズムへの影響

ハルシネーションの問題は幅広い分野で懸念されています。特に医療、教育、法務、ジャーナリズムといった領域では、誤情報の影響が大きいため慎重な扱いが求められています。それぞれの分野でどのような影響やリスクが指摘されているのか見てみましょう。

  • 医療分野: 医療現場で生成AIが誤った指示や診断を出すと、患者の生命に関わる重大な結果を招きかねません。例えば、医療用のAIチャットボットがありもしない治療法を「有効だ」と答えてしまったり、医師の音声記録を文字起こしするAIが患者に対する指示を捏造して付け加えてしまったケースも報告されています。米AP通信の調査によれば、医療で使われる音声認識AIが幻覚的な誤訳を起こし、人種差別的なコメントや暴力的発言、さらには架空の治療法まで出力してしまった例があったとのことです。このような誤情報は医療の信頼を損ない、誤治療や取り返しのつかない事故につながる恐れがあります。
  • 教育分野: 教育現場でもハルシネーションの影響が懸念されています。学生がレポート作成や調べ学習にAIを利用する場合、歴史的事実や科学的データの誤りがそのまま学習内容に反映されてしまう危険があります。例えば、AIが存在しない参考文献や間違った年代・統計をもっともらしく示した場合、気付かずにそれを引用してしまうと誤った知識が広まってしまいます。教師や教育機関側も、AIが作成した文章をチェックしないとカンニングや誤情報の提出を許してしまう可能性があります。こうした理由から、教育分野ではAI活用においてファクトチェックや指導者による確認が不可欠だと指摘されています。誤ったAI回答に頼りすぎると、本来身に付くはずの調査力や批判的思考力が損なわれる懸念もあります。
  • 法務分野: 法律の世界でもAIのハルシネーションによる混乱が現実に起きています。典型的なのは架空の判例や法律をAIがでっち上げてしまうケースです。2023年には、アメリカ・ニューヨークの弁護士がChatGPTを利用して作成した法廷ブリーフに、実在しない判例の引用が含まれていたため裁判官から制裁を科せられる事件が発生しました。このケースでは、ChatGPTがそれらしい判例名や判決文をでっち上げ、弁護士もそれを鵜呑みにしてしまったのです。幸い判事の指摘で発覚しましたが、もし見逃されていたら誤った法的判断につながりかねず非常に危険でした。法務分野ではこのようにAIの回答をうのみにできない状況であり、信頼性確保のため厳格な検証プロセスやガイドラインが求められています。
  • ジャーナリズム分野: ニュース記事の要約や執筆へのAI活用も進みつつありますが、報道における誤情報は社会に大きな影響を与えるため慎重さが必要です。イギリスBBCが主要なAIチャットボットのニュース回答精度を調査したところ、91%の回答に何らかの問題があり、そのうち約19%には事実誤認(日時や統計の誤り)が含まれ、13%には記事中の引用が改変または捏造されていたと報告されています。これはジャーナリズムの分野でAIが情報を歪曲する深刻なリスクを示しています。実際、米メディア大手のCNETでは試験的にAIに書かせた金融記事で半数以上に誤りが見つかり、後日人間が訂正する事態となりました。ニュース機関にとって信頼性は命であり、AIによる誤報が続けば読者からの信用を失いかねません。そのため各社とも、AIが作成したコンテンツには厳重なファクトチェックと編集者の確認を義務付けるなど対策を講じ始めています。

実際に起きたハルシネーション事例

ここでは、ハルシネーションに関連する具体的な事例をいくつか紹介します。企業やプロジェクトで実際に発生したケースから、問題の深刻さを実感してみましょう。

  • Google Bardの誤回答事件: 2023年2月、Googleが発表した対話型AIサービス「Bard」が宣伝動画の中で事実と異なる回答をしてしまい、大きなニュースになりました。Bardは天文学に関する質問に対し、あたかも正しいかのように誤った説明を返答。そのミスにより投資家の不安を招き、Google親会社Alphabetの株価は約1000億ドル(13兆円)もの時価総額を失う事態となりました。この例は、生成AIの一つの誤答が企業に甚大な経済的影響を与えた典型と言えます。
  • ChatGPTによる架空判例引用事件: 前述の法務分野のケースです。2023年、ニューヨークの弁護士がChatGPTを用いて作成した訴状に、ChatGPTがでっち上げた存在しない判例の引用が含まれていました。裁判所はこの弁護士とその同僚に対し制裁金を科す判断を下しています。当事者の弁護士は「テクノロジーがありもしない判例を作り出すとは思わなかった」と釈明しましたが、AIの回答を十分に検証せず利用したリスクが表面化した事件でした。
  • 医療音声記録でのAI捏造事件: OpenAI社の提供する音声認識AI「Whisper」を病院での診療記録の文字起こしに使用したところ、録音にないはずの発言をAIが勝手に付け加えてしまった事例があります。調査によれば、その捏造されたテキストの中には患者に関する不適切なコメントや架空の治療指示まで含まれていました。この問題により、本来存在しない指示に従ってしまう危険や、カルテ記録の信頼性が損なわれるリスクが指摘されています。医療現場でのAI導入において、人間による内容チェックの重要性を痛感させる出来事でした。
  • CNETのAI記事大量誤り事件: 米国のIT系メディアCNETは試験的にAIを使って金融記事を自動生成し公開していましたが、外部からの指摘により多数の記事で誤りが発覚しました。編集部が全77本のAI生成記事を精査したところ、その半数以上にあたる41本で修正が必要な誤りが見つかったと報告されています。この件でCNETはAI記者の運用を一時停止し、人間の手によるレビュー体制を強化する対応を取りました。専門家は「AIの記事生成は魅力的だが、現状では人間のチェックなしでは誤情報が紛れ込むリスクが高い」とコメントしており、メディア業界に大きな教訓を残した事例です。

ハルシネーションへの主な対策

深刻な問題を引き起こしかねないハルシネーションに対し、現在さまざまなレベルで対策が講じられています。ここでは主な対策をいくつか紹介します。

  • 出力の検証とファクトチェック: 最も基本的な対策は、AIの出力を人間や別の仕組みで検証することです。専門家も「生成AIの台頭に伴い、出力内容の検証(バリデーション)の重要性がこれまで以上に高まっている」と強調しています。具体的には、AIが回答した内容について信頼できる情報源と照合する、あるいはAI自身にもう一度問い直して自己検証させる(同じ質問を複数回聞いて一貫性を確認する、自信度を出力させる等)方法があります。企業によっては、AIの回答を評価・採点する別AIを組み合わせて誤情報を検出する取り組みも進んでいます。いずれにせよ、人間の目によるファクトチェック体制を組み込むことが現在のところ不可欠と言えるでしょう。
  • 外部知識の活用(RAG): Retrieve Augmented Generation(RAG)と呼ばれる手法も有効とされています。RAGではモデル単体に任せるのではなく、外部のデータベースや検索エンジンから関連情報を取得し、それをもとに回答を生成させるアプローチを取ります。モデルが自前の「記憶」だけで答えを作るのではなく、常に最新で信頼できる情報源にあたって裏付けを取るイメージです。実際、研究者らはこの方法でモデルの回答の正確性が向上しハルシネーションが減ることを確認しています。現在Bingなどの一部の検索エンジン統合型チャットAIや企業向けのAIソリューションで、このRAGの考え方が取り入れられています。
  • フィルタリングとガードレールの設定: モデルから出力されるテキストをフィルタリング(検閲)したり、あらかじめガードレール(安全策)を設けておくことも重要です。具体的には、明らかに事実誤認の疑いが高い回答を自動的にブロック・修正するルールを組み込んだり、機密情報や差別的内容が出力されないよう出力内容に制限をかけたりすることが挙げられます。また、ユーザーからのプロンプトを解析し「この質問はハルシネーションが起きやすいかもしれない」と判断した場合に警告を出す仕組みも考案されています。さらに、生成AIの開発企業は人間によるフィードバック(RLHF: 人間のフィードバックによる強化学習)を通じてモデルが危険な誤情報を出しにくくなるよう調整しています。これらの出力制御と人間の介入によって、ハルシネーションの影響を最小限に留める工夫がなされています。
  • モデルの改良と訓練データの改善: 根本的な対策としては、モデル自体の改良も不可欠です。現在、多くの企業や研究機関がハルシネーションを減らすためのモデルの工夫に取り組んでいます。例えば学習データセットを精査して質を高める、最新情報を継続的に学習させて知識ギャップを埋める、モデルが**「分からないときは分からないと答える」よう訓練する**、出力に不確実性の指標を持たせる、といったアプローチが試みられています。最近の研究では、モデルの出力における意味的な不確実性を統計的に検知する新手法も開発されており、法律や医療の高リスクな応答において精度向上が期待されています。モデルのサイズをただ大きくするだけでなく、こうしたアルゴリズム面での改良によってハルシネーションを技術的に抑制しようという取り組みが進んでいます。

今後の展望と技術的課題

生成AIのハルシネーション問題に対する取り組みは日進月歩で進んでおり、最新のモデルでは以前よりも誤情報が出にくくなるなど着実に進歩は見られます。例えばGPT-4など最新のLLMは、旧世代モデルに比べ明らかに事実誤認の頻度が減少しています。それでもハルシネーションが完全になくなったとは言えないのが現状です。実運用の中では依然として注意深い対策と人間の目によるチェックが欠かせません。企業各社が対策を講じているとはいえ、「ハルシネーションを完全に抑制できた」と胸を張って言えるモデルはまだ存在しないのです。

技術的な課題として大きいのは、創造性と正確性のトレードオフです。生成AIの魅力は人間には思いつかないような独創的アイデアや文章を生み出せる点ですが、事実に厳密に沿わせすぎるとそのクリエイティビティが損なわれてしまう恐れがあります。逆に自由に生成させると誤りが増えるというジレンマに、研究者たちは頭を悩ませています。「有用で正確な結果を出しつつ、ブレインストーミングのような創造的提案もできるモデル」を目指し、どこまで制御しどこまで自由にさせるかのバランス調整が今後も課題となるでしょう。

また、モデルが大規模化・ブラックボックス化する中で、なぜ誤った出力が生じたのかを説明可能にする技術(Explainability)も重要課題です。出力に至るプロセスが解明できれば、ハルシネーションの発生ポイントを特定して対策を打てる可能性があります。現在のところ、一部の研究ではモデル内部の確信度を推定して「この回答はあやしい」と検知する試みが成功を収めつつあります。こうした説明可能なAIの研究も、ハルシネーション問題解決の鍵を握るでしょう。

最後に、エンジニアやユーザー側の姿勢も重要です。どれほどAIが進歩しようとも、人間が完全にチェックを怠って良いという段階には達していないことを認識する必要があります。現実には、最終的な責任を持つのはAIではなくそれを使う人間です。ある専門家は「究極的には、我々人間がテクノロジーを制御し、責任を持って使うことが求められる」と述べています。生成AIを上手に活用するためにも、「鵜呑みにせず必ず検証する」「重要な判断は人間が関与する」という基本を忘れないようにしたいものです。

今後の展望としては、ハルシネーションの問題は完全になくすことは難しくとも、徐々にその発生率を下げ安全に利用できる範囲を広げていく方向で技術は発展していくでしょう。実際、新たな手法やモデル改善によって医療や法務など慎重さが求められる分野でも生成AIを活用できる道が開けつつあるとの報告もあります。エンジニアにとっては、最新の研究動向を追いつつ適切なガードレールを設計・実装することが求められます。ハルシネーションと上手に付き合いながら、生成AIの恩恵を最大限引き出す——それがこれからのチャレンジであり、未来への展望と言えるでしょう。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次