Appleも参入──AIが切り拓く半導体設計の未来

Appleも参入──AIが切り拓く半導体設計の未来

2025年6月、Appleがついに「生成AIをチップ設計に活用する」という方針を打ち出しました。ハードウェア部門の責任者であるジョニー・スロウジ(Johny Srouji)氏は、既存の設計プロセスの課題を指摘しつつ、「AIはチップ設計における生産性を大きく向上させる可能性がある」と語りました。

Appleは、SynopsysやCadenceといったEDA(Electronic Design Automation)大手のAIツールと連携する形で、将来的には設計の初期段階から製造準備までの自動化を視野に入れているとのことです。

目次

チップ設計の複雑化とAI活用の必然性

Appleの発表は決して突飛なものではありません。むしろこの数年で、チップの設計・製造にAIを導入する動きは急速に広がってきました。

ナノメートルスケールでの設計が求められる現代の半導体業界では、人間の手だけでは最適化が難しい領域が増えてきています。具体的には、次のような作業がボトルネックになっています:

  • 数百万個のトランジスタ配置(フロアプラン)
  • 消費電力・性能・面積(PPA)のトレードオフ
  • タイミングクロージャの達成
  • 検証作業の網羅性確保

こうした高難度の設計工程において、機械学習──特に強化学習や生成AI──が威力を発揮し始めています。

SynopsysとCadenceの先進事例

EDA業界のトップランナーであるSynopsysは、2020年に「DSO.ai(Design Space Optimization AI)」を発表しました。これは、チップ設計の中でも特に難しいフロアプランやタイミング調整を、AIに任せて自動最適化するという試みでした。

SamsungはこのDSO.aiを用いて、設計期間を数週間単位で短縮し、同時に性能向上も実現したと報告しています。Synopsysはその後、設計検証用の「VSO.ai」、テスト工程向けの「TSO.ai」など、AIプラットフォームを拡張し続けています。

Cadenceもまた「Cerebrus」などのAI駆動型EDAを開発し、チップ設計の一連のプロセスをAIで強化する路線を取っています。さらに最近では、「ChipGPT」なる自然言語による設計支援も開発中と報じられており、まさにAIを設計の第一線に据える姿勢を明確にしています。

Google・DeepMindの研究的アプローチ

一方で、GoogleはDeepMindとともに、AIを用いた論文レベルの研究も行っています。2021年には、強化学習を用いてトランジスタのフロアプランニングを自動化するモデルを発表し、同社のTPU(Tensor Processing Unit)の設計にも応用されているとされています。

人間設計者が数週間かける設計を数時間でAIが行い、しかも性能面でも同等以上──という結果は、チップ設計の常識を覆すものでした。

オープンソースの潮流──OpenROAD

また、米カリフォルニア大学サンディエゴ校を中心とする「OpenROAD」プロジェクトは、DARPA(米国防高等研究計画局)の支援のもとでオープンソースEDAを開発しています。

「24時間以内にヒューマンレスでRTLからGDSIIまで」を掲げ、AIによるルーティング最適化や自動検証機能を搭載しています。業界の巨人たちとは異なる、民主化されたAI設計ツールの普及を目指しています。

AppleがAIを導入する意味

Appleの発表が注目されたのは、同社がこれまで「社内主導・手動最適化」にこだわり続けてきたからです。Apple Siliconシリーズ(M1〜M4)では、設計者が徹底的に人間の手で最適化を行っていたとされています。

しかし、設計規模の爆発的増加と短納期のプレッシャー、競合他社の進化を前に、ついに生成AIの力を受け入れる方針へと舵を切った形です。

これは単なる設計支援ではありません。AIによる自動設計がAppleの品質基準に耐えうると判断されたということでもあります。今後、Apple製品の中核となるSoC(System on Chip)は、AIと人間の協働によって生まれることになります。

今後の予測──AIが支配するEDAの未来

今後5〜10年で、AIはチップ設計のあらゆるフェーズに浸透していくと予想されます。以下のような変化が考えられます:

  • 完全自動設計フローの実現:RTLからGDSIIまで人間の介在なく生成できるフローが実用段階に
  • 自然言語による仕様入力:「性能は◯◯、消費電力は△△以下」といった要件を英語や日本語で指定し、自動で設計スタート
  • AIによる検証とセキュリティ対策:AIが過去の脆弱性データやバグパターンを学習し、自動検出
  • マルチダイ設計や3D IC対応:複雑なダイ同士の接続や熱設計もAIが最適化

設計者の役割は、AIを監督し、高次の抽象的要件を設定する「ディレクター」のような立場に変わっていくことでしょう。

最後に──民主化と独占のせめぎ合い

AIによるチップ設計の革新は、業界の構造にも影響を与えます。SynopsysやCadenceといったEDA大手がAIで主導権を握る一方、OpenROADのようなオープンソースの流れも着実に力をつけています。

Appleが自社設計をAIで強化することで、他社との差別化がより明確になる一方で、そのAIツール自体が民主化されれば、スタートアップや大学も同じ土俵に立てる可能性があります。

AIが切り拓くチップ設計の未来。それは単なる技術革新ではなく、設計のあり方そのものを再定義する、大きなパラダイムシフトなのかもしれません。

用語解説

  • EDA(Electronic Design Automation):半導体やチップの回路設計をコンピュータで支援・自動化するためのツール群。
  • フロアプラン:チップ内部で回路ブロックや配線の物理的配置を決める工程。
  • PPA(Power, Performance, Area):チップの消費電力・処理性能・回路面積の3つの最重要設計指標。
  • タイミングクロージャ:回路の信号が制限時間内に確実に届くように調整する設計工程。
  • RTL(Register Transfer Level):ハードウェア設計で使われる抽象レベルの一種で、信号やレジスタ動作を記述する。
  • GDSII(Graphic Design System II):チップ製造のための最終レイアウトデータの業界標準フォーマット。
  • TPU(Tensor Processing Unit):Googleが開発したAI処理に特化した高性能な専用プロセッサ。
  • SoC(System on Chip):CPUやGPU、メモリコントローラなど複数の機能を1チップに集約した集積回路。
  • マルチダイ:複数の半導体チップ(ダイ)を1つのパッケージに統合する技術。
  • 3D IC:チップを垂直方向に積層することで高密度化・高性能化を実現する半導体構造。

参考文献

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