アブダビ首長国政府は、行政のデジタル化を新たな段階へ引き上げるべく、「Abu Dhabi Government Digital Strategy 2025–2027」を掲げました。この戦略は、単に紙の手続きをオンライン化することや業務効率を改善することにとどまらず、政府そのものを人工知能を前提として再設計することを目標にしています。つまり、従来の「電子政府(e-Government)」や「スマート政府(Smart Government)」の枠を超えた、世界初の「AIネイティブ政府」の実現を目指しているのです。
この構想の背景には、人口増加や住民ニーズの多様化、そして湾岸地域におけるデジタル競争の激化があります。サウジアラビアの「Vision 2030」やドバイの「デジタル戦略」といった取り組みと並び、アブダビもまた国際社会の中で「未来の都市・未来の政府」としての存在感を高めようとしています。とりわけアブダビは、石油依存型の経済から知識経済への移行を進める中で、行政基盤を刷新し、AIとデータを駆使した効率的かつ透明性の高いガバナンスを構築しようとしています。
この戦略の成果を市民や企業が日常的に体感できる具体的な仕組みが、TAMM プラットフォームです。TAMM は、車両登録や罰金支払い、ビザ更新などを含む数百の行政サービスを一つのアプリやポータルで提供する「ワンストップ窓口」として機能し、アブダビの AI ネイティブ化を直接的に体現しています。
本記事では、まずこの戦略の概要を整理したうえで、TAMM の役割、Microsoft と G42 の協業による技術基盤、そして課題と国際的な展望について掘り下げていきます。アブダビの事例を手がかりに、AI時代の行政がどのように設計されうるのかを考察していきましょう。
戦略概要 ― Abu Dhabi Government Digital Strategy 2025-2027
「Abu Dhabi Government Digital Strategy 2025-2027」は、アブダビ首長国が 2025年から2027年にかけて総額 AED 130 億(約 5,300 億円) を投資して推進する包括的なデジタル戦略です。この取り組みは、単なるオンライン化や効率化を超えて、政府そのものをAIを前提に設計し直すことを目的としています。
戦略の柱としては、まず「行政プロセスの100%デジタル化・自動化」が掲げられており、従来の紙手続きや対面対応を根本的に減らし、行政の仕組みを完全にデジタルベースで運用することを目指しています。また、アブダビ政府が扱う膨大なデータや業務システムは、すべて「ソブリンクラウド(国家統制型クラウド)」に移行する方針が示されており、セキュリティとデータ主権の確保が強調されています。
さらに、全庁的な業務標準化を進めるために「統合 ERP プラットフォーム」を導入し、従来の縦割り構造から脱却する仕組みが設計されています。同時に、200を超えるAIソリューションの導入が想定されており、行政判断の支援から市民サービスの提供まで、幅広い領域でAI活用が進む見込みです。
人材育成も重要な柱であり、「AI for All」プログラムを通じて、市民や居住者を含む幅広い層にAIスキルを普及させることが掲げられています。これにより、政府側だけでなく利用者側も含めた「AIネイティブな社会」を形成することが狙いです。また、サイバーセキュリティとデータ保護の強化も戦略に明記されており、安全性と信頼性の確保が重視されています。
この戦略による経済的効果として、2027年までに GDP に AED 240 億以上の寄与が見込まれており、あわせて 5,000を超える新規雇用の創出が予測されています。アブダビにとってこのデジタル戦略は、行政効率や利便性の向上にとどまらず、地域経済の成長や国際競争力の強化につながる基盤整備でもあると位置づけられています。
まとめ
- 投資規模:2025~2027 年の 3 年間で AED 130 億(約 5,300 億円)を投入
- 行政プロセス:全手続きを 100% デジタル化・自動化する方針
- 基盤整備:ソブリンクラウドへの全面移行と統合 ERP プラットフォーム導入
- AI導入:200 を超える AI ソリューションを行政業務と市民サービスに展開予定
- 人材育成:「AI for All」プログラムにより住民全体で AI リテラシーを強化
- セキュリティ:サイバーセキュリティとデータ保護を重視
- 経済効果:2027 年までに GDP へ AED 240 億以上を寄与し、5,000 以上の雇用を創出見込み
詳細分析 ― 運用・技術・政策・KPI
ここでは、アブダビが掲げる「AIネイティブ政府」構想を具体的に支える仕組みについて整理します。戦略の大枠だけでは見えにくい、サービスの実態、技術的基盤、データ主権やガバナンスの枠組み、そして成果を測る指標を確認することで、この取り組みの全体像をより立体的に理解できます。
サービス統合の実像
アブダビが展開する TAMM プラットフォームは、市民・居住者・企業を対象にした約950以上のサービスを統合して提供しています。車両登録、罰金支払い、ビザの更新、出生証明書の発行、事業許可の取得など、日常生活や経済活動に直結する幅広い手続きを一元的に処理できます。2024年以降は「1,000サービス超」との報道もあり、今後さらに拡張が進む見込みです。
特筆すべきは、単にサービス数が多いだけでなく、ユーザージャーニー全体を通じて設計されている点です。従来は複数機関を跨いでいた手続きを、一つのフローとしてまとめ、市民が迷わず処理できる仕組みを整えています。さらに、People of Determination(障害者)と呼ばれる利用者層向けに特化した支援策が組み込まれており、TAMM Van という移動型窓口サービスを導入してアクセシビリティを補完していることも注目されます。
技術アーキテクチャの勘所
TAMM の基盤には、Microsoft Azure と G42/Core42 が共同で提供するクラウド環境が用いられています。この環境は「ソブリンクラウド」として設計され、国家のデータ主権を担保しつつ、日次で 1,100 万件超のデジタルインタラクションを処理できる性能を備えています。
AIの面では、Azure OpenAI Service を通じて GPT-4 などの大規模言語モデルを活用する一方、地域特化型としてアラビア語の大型言語モデル「JAIS」も採用されています。これにより、英語・アラビア語双方に対応した高品質な対話体験を提供しています。さらに、2024年に発表された TAMM 3.0 では、音声による対話機能や、利用者ごとにカスタマイズされたパーソナライズ機能、リアルタイムでのサポート、行政横断の「Customer-360ビュー」などが追加され、次世代行政体験を実現する構成となっています。
データ主権とセキュリティ
戦略全体の柱である「ソブリンクラウド」は、アブダビ政府が扱う膨大な行政データを自国の管理下で運用することを意味します。これにより、データの保存場所・利用権限・アクセス制御が国家の法律とガバナンスに従う形で統制されます。サイバーセキュリティ対策も強化されており、単なるクラウド移行ではなく、国家基盤レベルの耐障害性と安全性が求められるのが特徴です。
また、Mohamed bin Zayed University of Artificial Intelligence(MBZUAI)や Advanced Technology Research Council(ATRC)といった研究機関も参画し、学術的知見を取り入れた AI モデル開発やデータガバナンス強化が進められています。
ガバナンスと UX
行政サービスのデジタル化において重要なのは、利用者の体験とガバナンスの両立です。アブダビでは「Once-Only Policy」と呼ばれる原則を採用し、市民が一度提出した情報は他の行政機関でも再利用できるよう仕組み化が進んでいます。これにより、繰り返しの入力や提出が不要となり、利用者の負担が軽減されます。
同時に、データの共有が前提となるため、同意管理・アクセス制御・監査可能性といった仕組みも不可欠です。TAMM ポータルやコールセンター(800-555)など複数チャネルを通じてユーザーをサポートし、高齢者や障害者を含む幅広い層に対応しています。UX設計は inclusiveness(包摂性)を強調しており、オンラインとオフラインのハイブリッドなサービス提供が維持されています。
KPI/成果指標のスナップショット
TAMM プラットフォームの実績として、約250万人のユーザーが登録・利用しており、過去1年で1,000万件超の取引が行われています。加えて、利用者満足度(CSAT)は90%を超える水準が報告されており、単なるデジタル化ではなく、実際に高い評価を得ている点が特徴です。
サービス数も拡大を続けており、2024年には「1,000件超に到達」とされるなど、対象範囲が急速に拡大しています。これにより、行政サービスの大部分が TAMM 経由で完結する構図が見え始めています。
リスクと対応
一方で、課題も明確です。AI を活用したサービスは便利である一方、説明責任(Explainability)が不足すると市民の不信感につながる可能性があります。そのため、モデルの精度評価や苦情処理体制の透明化が求められます。また、行政の大部分を一つの基盤に依存することは、障害やサイバー攻撃時のリスクを高めるため、冗長化設計や分散処理による回復性(Resilience)の確保が不可欠です。
アブダビ政府は TAMM 3.0 の導入に合わせ、リアルタイム支援やカスタマー360といった機能を強化し、ユーザーとの接点を増やすことで「可観測性」と「信頼性」を高めようとしています。
TAMM の役割 ― 行政サービスのワンストップ化
TAMM はアブダビ政府が推進する統合行政サービスプラットフォームであり、市民・居住者・事業者に必要な行政手続きを一元的に提供する「ワンストップ窓口」として位置づけられています。従来は各省庁や機関ごとに異なるポータルや窓口を利用する必要がありましたが、TAMM の導入によって複数の手続きを一つのアプリやポータルで完結できるようになりました。
その対象範囲は広く、950 を超える行政サービスが提供されており、2024 年時点で「1,000件超に拡大した」との報道もあります。具体的には、車両登録や罰金支払いといった日常的な手続きから、ビザ更新、出生証明書の発行、事業許可の取得、さらには公共料金の支払いに至るまで、多岐にわたる領域をカバーしています。こうした統合により、ユーザーは機関ごとの煩雑な手続きを意識する必要がなくなり、「市民中心の行政体験」が現実のものとなっています。
TAMM の利用規模も拡大しており、約 250 万人のユーザーが登録し、過去 1 年間で 1,000 万件を超える取引が処理されています。利用者満足度(CSAT)は 90%超と高水準を維持しており、単にデジタル化を進めるだけでなく、実際に市民や居住者に受け入れられていることが示されています。
また、ユーザー体験を支える要素として AI アシスタントが導入されています。現在はチャット形式を中心に案内やサポートが提供されており、将来的には音声対応機能も組み込まれる予定です。これにより、手続きの流れや必要書類の案内が容易になり、利用者が迷わずに処理を進められる環境が整えられています。特にデジタルサービスに不慣れな人にとって、こうしたアシスタント機能はアクセスの障壁を下げる役割を果たしています。
さらに TAMM は、包摂性(Inclusiveness)を重視して設計されている点も特徴的です。障害者(People of Determination)向けの特別支援が組み込まれており、TAMM Van と呼ばれる移動型サービスセンターを運営することで、物理的に窓口を訪れることが難しい人々にも対応しています。こうしたオンラインとオフラインの両面からの支援により、幅広い住民層にとって利用しやすい環境を実現しています。
このように TAMM は単なるアプリやポータルではなく、アブダビの行政サービスを「一つの入り口にまとめる」基幹プラットフォームとして機能しており、政府が掲げる「AIネイティブ政府」戦略の最前線に立っています。
技術的特徴 ― Microsoft と G42 の協業
アブダビの「AIネイティブ政府」構想を支える技術基盤の中心にあるのが、Microsoft と G42(UAE拠点の先端技術企業グループ)の協業です。両者は戦略的パートナーシップを結び、行政サービスを包括的に支えるクラウドとAIのエコシステムを構築しています。この連携は単なる技術導入にとどまらず、ソブリンクラウドの確立、AIモデルの共同開発、そして国家レベルのセキュリティ基盤の整備を同時に実現する点で特異的です。
ソブリンクラウドの構築
最大の特徴は、国家統制型クラウド(Sovereign Cloud)を基盤とする点です。政府機関のデータは国外に出ることなく UAE 内で安全に保管され、規制や法律に完全準拠した形で運用されます。このクラウド環境は、日次で 1,100 万件を超えるデジタルインタラクションを処理可能とされており、行政全体の基盤として十分な処理能力を備えています。データ主権の確保は、個人情報や国家インフラ情報を含む機密性の高い情報を扱う上で欠かせない条件であり、この点が多国籍クラウドベンダー依存を避けつつ最新技術を享受できる強みとなっています。
AI スタックの多層化
技術基盤には Azure OpenAI Service が導入されており、GPT-4 をはじめとする大規模言語モデル(LLM)が行政サービスの自然言語処理やチャットアシスタントに活用されています。同時に、アブダビが力を入れるアラビア語圏向けのAI開発を支えるため、G42 傘下の Inception が開発した LLM「JAIS」 が採用されています。これにより、アラビア語・英語の両言語に最適化したサポートが可能となり、多言語・多文化社会に適した運用が実現されています。
また、AI モデルは単なるユーザー対応にとどまらず、行政内部の効率化にも活用される計画です。たとえば、文書処理、翻訳、データ分析、政策立案支援など、幅広い業務でAIが裏方として稼働することで、職員の業務負担を軽減し、人間は判断や市民対応といった高付加価値業務に専念できる環境を整備しています。
TAMM 3.0 における活用
2024年に発表された TAMM 3.0 では、この技術基盤を活かした新機能が数多く追加されました。具体的には、パーソナライズされた行政サービス体験、音声による対話機能、リアルタイムのカスタマーサポート、さらに行政機関横断の 「Customer-360ビュー」 が導入され、利用者ごとの状況を総合的に把握した支援が可能になっています。これにより、従来の「問い合わせに応じる」サービスから、「状況を予測して先回りする」行政へと進化しています。
セキュリティと研究連携
セキュリティ面では、G42のクラウド基盤に Microsoft のグローバルなセキュリティ技術を組み合わせることで、高度な暗号化、アクセス制御、脅威検知が統合的に提供されています。さらに、Mohamed bin Zayed University of Artificial Intelligence(MBZUAI)や Advanced Technology Research Council(ATRC)といった研究機関とも連携し、AI モデルの精度向上や新規アルゴリズム開発に取り組んでいます。こうした教育・研究との連動により、単なる技術導入ではなく、国内の知識基盤を強化するサイクルが生まれています。
協業の意味
このように Microsoft と G42 の協業は、クラウド・AI・セキュリティ・教育研究を一体的に結びつけた枠組みであり、アブダビが掲げる「AIネイティブ政府」の屋台骨を支えています。国際的に見ても、行政インフラ全体をこの規模で AI 化・クラウド化する事例は稀であり、今後は他国が参考にするモデルケースとなる可能性が高いと言えます。
課題と展望 ― アブダビの視点
アブダビが進める「AIネイティブ政府」は世界的にも先進的な取り組みですが、その実現にはいくつかの課題が存在します。
第一に、AIの説明責任(Explainability) の確保です。行政サービスにAIが組み込まれると、市民は意思決定のプロセスに透明性を求めます。たとえば、ビザ申請や許認可の審査でAIが関与する場合、その判断基準が不明確であれば不信感を招きかねません。したがって、モデルの精度評価やアルゴリズムの透明性、公的な監査体制の整備が不可欠です。
第二に、データセキュリティとガバナンスの課題があります。ソブリンクラウドはデータ主権を確保する強力な仕組みですが、政府全体が単一の基盤に依存することは同時にリスクも伴います。障害やサイバー攻撃によって基盤が停止すれば、市民生活や経済活動に広範な影響を与える可能性があり、レジリエンス(回復力)と冗長化の設計が必須です。
第三に、人材育成です。「AI for All」プログラムにより市民への教育は進められていますが、政府内部の職員や開発者が高度なデータサイエンスやAI倫理に精通しているとは限りません。持続的に人材を育て、公共部門におけるAIリテラシーを底上げすることが、中長期的な成否を分ける要因となります。
最後に、市民の受容性という要素があります。高齢者やデジタルリテラシーが低い層にとって、完全デジタル化は必ずしも歓迎されるものではありません。そのため、TAMM Van やコールセンターなど物理的・アナログな補完チャネルを維持することで、誰も取り残さない行政を実現することが重要です。
これらの課題を乗り越えられれば、アブダビは単なる効率化を超えて、「市民体験の革新」と「国際競争力の強化」を同時に達成できる展望を持っています。GDPへの貢献額(AED 240 億超)や雇用創出(5,000件以上)という定量的な目標は、経済面でのインパクトを裏付けています。
課題と展望 ― 他国との比較視点
アブダビの挑戦は他国にとっても示唆に富んでいますが、各国には固有の課題があります。以下では日本、米国、EU、そしてその他の国々を比較します。
日本
日本では行政のデジタル化が進められているものの、既存制度や縦割り組織文化の影響で全体最適化が難しい状況です。マイナンバー制度は導入されたものの、十分に活用されていない点が指摘されます。また、AIを行政サービスに組み込む以前に、制度設計やデータ共有の基盤を整えることが課題です。
米国
米国は世界有数のAI研究・開発拠点を持ち、民間部門が主導する形で生成AIやクラウドサービスが急速に普及しています。しかし、連邦制による権限分散や州ごとの規制の違いから、行政サービスを全国レベルで統合する仕組みは存在しません。連邦政府は「AI権利章典(AI Bill of Rights)」や大統領令を通じてAI利用のガイドラインを示していますが、具体的な行政適用は機関ごとに分散しています。そのため、透明性や説明責任を制度的に担保しながらも、統一的なAIネイティブ政府を実現するには、ガバナンスと制度調整の難しさが課題となります。
欧州連合(EU)
EUでは AI Act をはじめとする規制枠組みが整備されつつあり、AIの利用に厳格なリスク分類と規制が適用されます。これは信頼性の確保には有効ですが、行政サービスへのAI導入を迅速に進める上では制約となる可能性があります。EUの加盟国は統一市場の中で協調する必要があるため、国家単位での大胆な導入は難しい側面があります。
その他の国々
- エストニアは電子政府の先進国として電子IDやX-Roadを用いた機関間データ連携を実現していますが、AIを前提とした全面的な行政再設計には至っていません。
- シンガポールは「Smart Nation」構想のもとで都市基盤や行政サービスへのAI導入を進めていますが、プライバシーと監視のバランスが常に議論され、市民の信頼をどう確保するかが課題です。
- 韓国はデジタル行政を進めていますが、日本同様に既存制度や組織文化の影響が強く、AIを大規模に統合するには制度改革が必要です。
このように、各国はそれぞれの制度や文化的背景から異なる課題を抱えており、アブダビのように短期間で「AIネイティブ政府」を構築するには、強力な政治的意思、集中投資、制度調整の柔軟性が不可欠です。アブダビの事例は貴重な参考となりますが、単純に移植できるものではなく、各国ごとの事情に合わせた最適化が求められます。
まとめ
アブダビが掲げる「AIネイティブ政府」構想は、単なるデジタル化や業務効率化を超えて、行政の仕組みそのものを人工知能を前提に再設計するという、きわめて野心的な挑戦です。2025年から2027年にかけて AED 130 億を投資し、行政プロセスの 100% デジタル化・自動化、ソブリンクラウドの全面移行、統合 ERP の導入、そして 200 以上の AI ソリューション展開を計画する姿勢は、世界的にも先進的かつ象徴的な試みと言えます。
この戦略を市民生活のレベルで体現しているのが TAMM プラットフォームです。950 以上の行政サービスを統合し、年間 1,000 万件超の取引を処理する TAMM は、AI アシスタントや音声対話機能、モバイル窓口などを組み合わせて、誰もがアクセスしやすい行政体験を提供しています。単なる効率化にとどまらず、市民満足度が 90% を超えるという実績は、この取り組みが実際の生活に根付いていることを示しています。
一方で、アブダビの取り組みには克服すべき課題もあります。AI の判断基準をどう説明するか、ソブリンクラウドに依存することで生じるシステム障害リスクをどう最小化するか、行政職員や市民に十分な AI リテラシーを浸透させられるか、といった点は今後の展望を左右する重要なテーマです。これらに的確に対応できれば、アブダビは「市民体験の革新」と「国際競争力の強化」を同時に実現するモデルケースとなり得るでしょう。
また、国際的に見れば、各国の状況は大きく異なります。日本は制度や文化的要因で全体最適化が難しく、米国は分散的な行政構造が統一的な導入を阻んでいます。EU は規制により信頼性を確保する一方、導入スピードに制約があり、エストニアやシンガポールのような先進事例も AI 前提での全面再設計には至っていません。その中で、アブダビの戦略は強力な政治的意思と集中投資を背景に、短期間で大胆に実現しようとする点で際立っています。
結局のところ、アブダビの挑戦は「未来の行政の姿」を考える上で、世界各国にとって示唆に富むものです。他国が同様のモデルを採用するには、制度、文化、技術基盤の違いを踏まえた調整が必要ですが、アブダビが進める「AIネイティブ政府」は、行政サービスの在り方を根本から変える新しい基準となる可能性を秘めています。
参考文献
- Abu Dhabi Government Digital Strategy 2025-2027
https://www.dge.gov.ae/en/news/cx-strategy - Department of Government Enablement – Abu Dhabi launches TAMM 3.0
https://www.dge.gov.ae/en/news/dge-abu-dhabi-launches-tamm-3 - Consider it done: How TAMM is transforming government services in Abu Dhabi with AI
https://news.microsoft.com/source/emea/features/tamm-app-abu-dhabi-government-services/ - TAMM Abu Dhabi – Official Portal
https://www.tamm.abudhabi/ - Abu Dhabi Government accelerates digital strategy with landmark Microsoft–G42 partnership
https://www.uae-embassy.org/news/abu-dhabi-government-accelerates-digital-strategy-landmark-microsoft-g42-partnership - Smart Abu Dhabi – Digital UAE
https://u.ae/en/about-the-uae/digital-uae/digital-cities/smart-abu-dhabi - Digital Leaders Spotlight: TAMM Abu Dhabi, UAE
https://www.govstack.global/news/digital-leaders-spotlight-tamm-abu-dhabi-uae/ - UX Design for Abu Dhabi Digital Cities (TAMM)
https://amberjabeen.com/portfolio/ux-design-for-abu-dhabi-digital-cities-tamm/