クラウド集中リスク再考:AWS大規模障害ポストモーテムを起点に

2025年10月、Amazon Web Services(AWS)の us-east-1 リージョンにおいて、大規模な障害が発生し、世界中の多数のサービスに影響が及びました。複数の銀行、公共サービス、主要なオンラインプラットフォームが一時的に機能不全に陥り、クラウドが社会基盤として不可欠な存在であることを改めて示した事案でした。本障害のポストモーテムおよび第三者による技術分析では、DNS管理自動化の不具合を起点として、DynamoDBをはじめとする複数の内部サービスに障害が連鎖したことが指摘されています。また、世界規模のクラウドインフラにおいて特定リージョン、特に us-east-1 が制御プレーン上の重要コンポーネントを多く抱えていたことも、影響範囲拡大の一因とされています。

本稿では、これらの指摘事項を起点に、クラウドインフラにおける依存の集中という構造的課題について検討します。技術的な要因の解説にとどまらず、クラウドに依存した事業運営が直面するリスクの本質と、今後求められるアーキテクチャ設計および運用ガバナンスのあり方を考察することを目的といたします。今回の障害を単なる一過性の問題として扱うのではなく、クラウド利用が成熟段階に入った現在、どのようにリスクを制御しながら恩恵を享受するかという視点から、教訓を導き出したいと考えております。

ポストモーテムで指摘された主な問題点

AWS が公開した情報および複数の第三者機関による分析では、今回の障害が単一の技術的欠陥に起因したものではなく、複数の要素が連鎖的に作用した結果であることが示されています。特に、インフラの自動化機能における不具合、制御プレーンに位置付けられる共通サービスへの依存集中、そしてリージョン構造上の特性が複合的に影響した点が重要視されています。また、障害把握や縮退運転における限界も明らかとなり、クラウドインフラの強靭性について再検討すべき課題が浮き彫りになりました。

以下では、ポストモーテムで明示された主な指摘項目を取り上げ、それぞれがどのように障害の拡大に影響を及ぼしたのかを整理いたします。

DNS管理自動化の欠陥

今回の障害の起点として指摘されているのは、DynamoDB のエンドポイントに関連する DNS 管理自動化機能の不具合です。AWS のポストモーテムによれば、DNS レコードを自動生成・更新する内部システムにおいてレースコンディションが発生し、対象エンドポイントの DNS レコードが誤って空の状態で配信されました。その結果、dynamodb.us-east-1.amazonaws.com などの名前解決が失敗し、同サービスへの接続要求がタイムアウトおよびエラーとなりました。

DNS はサービス間通信の最初の入口であるため、この不具合は単一機能に留まらず、DynamoDB を参照するさまざまなサービスや内部コンポーネントの処理停止を引き起こしました。加えて、DNS 障害はキャッシュや再試行動作による遅延を伴うことが多く、影響の特定と収束を困難にする側面があります。

この事象は、クラウドにおける自動化と運用効率化が高度に進む一方で、DNS のような基盤レイヤーに対する変更管理が設計上の単一点障害として作用し得ることを示しています。管理対象が広範かつ依存関係が複雑化している現在、自動化機構における検証能力とフェイルセーフ設計が不可欠であることが改めて確認されたと言えます。

バックエンド依存の集中

今回の障害で特に注目されたもう一つの問題点は、Amazon DynamoDB(以下「DynamoDB」)が、AWS自身および多くの顧客サービスにおいて「バックエンドの汎用データストア/制御プレーン基盤」として広範に使われていた、という構造的な依存集中です。技術分析およびポストモーテム資料では、DynamoDBの DNS 障害が発生した際、単なるデータストア単体の停止にとどまらず、多数の上位サービスが一斉に機能低下または停止に陥ったことが示されています。 

この依存集中には以下のような特徴があります。

  • 多くのサービス(例:EC2のインスタンス起動・管理、ネットワーク構成管理、Lambdaイベントソース、内部メタデータ管理など)が、DynamoDBを介して「どのサーバーが起動可能か」「どのリソースが使用可能か」「どの設定が最新か」などの状態を管理していた、という指摘があります。 
  • そのため、DynamoDBがアクセス不能になると、顧客アプリケーションだけでなく、AWSの “クラウド基盤そのもの” を構成するサービス群(制御プレーン・管理プレーン)に影響が波及しました。例として、EC2が「起動可能なホストがあるかどうか」を判断できず、インスタンス起動が失敗したという報告があります。 
  • このように、DynamoDBが単なるデータストア以上の「広範に多くを支える基盤コンポーネント」として機能していたことにより、障害時の“影響の爆発力(blast radius)”が非常に大きくなりました。 

つまり、DynamoDBの停止=「多くのサービスの裏側で動いている共通基盤の停止」という関係が「集中」の実態として表れ、この設計上の依存構造が障害を大規模化させた主因の一つとされています。

この点を踏まると、クラウド利用者/設計者としては、「使用しているマネージドサービスがどの程度“上位プラットフォーム依存”になっているか」「そのサービスが単一停止点になっていないか」という観点を持つ必要があります。

単一リージョン集中(us-east-1)

今回の障害で浮き彫りになった重要な課題の一つが、US‑East (北バージニア) リージョン(AWSのリージョン識別子 us-east-1)に対するワークロードおよび制御サービスの極度な集中です。技術分析からは、次のような構造的な依存関係が確認されています。

まず、us-east-1 は Amazon Web Services(AWS)の設立初期から稼働しており、顧客数・サービス数ともに最大級のリージョンです。多くの新規サービスや機能開発のデフォルト導入先として選ばれてきたため、自然と “第一選択” のリージョンとなっていました。 

次に、このリージョンは多くの他リージョンやグローバルサービスの制御プレーン/メタデータ管理バックエンドとして機能していたことが確認されています。例えば、DNS/認証/グローバルテーブルなど、us-east-1 に関連するエンドポイントにアクセスする構成のサービスが多数存在していました。 

その結果、us-east-1 における DNS 解決障害/DynamoDB 依存障害が発生した際、たとえアプリケーションやサービスワークロードが他リージョンに分散されていたとしても、論理的な集中点として実質的に “単一点障害(single point of failure)” と化してしまったという事実があります。 

この構造的依存が意味するところは、技術的な冗長化(例えば単一リージョン内の複数AZ利用)さえ整えていても、リージョンレベルでの障害や制御プレーンの停止に対しては十分な耐性を備えていない可能性があるということです。そして、今回の障害ではその耐性の限界が露呈しました。

以上より、“us-east-1 におけるリージョン集中”が、技術・運用・設計の観点からクラウドインフラの強靭性を脅かす構造的な弱点になっていたと考えられます。

監視と可視性の不足

今回の障害において、監視体制および可視性(observable visibility)が十分でなかったことが、対応の遅滞や影響範囲の拡大に寄与したという指摘があります。具体的には、以下のような状況が確認されています。

まず、外部から観測可能なネットワーク指標では、米バージニア州アッシュバーンにおける AWS (Amazon Web Services)エッジノードのパケットロスが「06:49 UTC 付近」に観測されたものの、クラウド内部の制御プレーンやバックエンドサービスの影響を捉えるには、可視性が不足していました。 

さらに、エンジニアリングチームの証言によれば、故障が発生した段階では「監視ダッシュボードでは依然として正常表示/もしくは遅延反映状態であった」ため、実際の内部処理停止や異常の把握に時間がかかったとされています。 

加えて、障害の波及フェーズにおいては、以下のような可視性欠如の構造が浮かんできました。

  • 上位サービス(アプリケーションやワークロード)が応答不良やエラーを起こしていても、インフラ(DNS、DynamoDB、認証プレーンなど)が正常化したとベンダー側で判断されていても、メッセージバックログ・再試行遅延・キャッシュ溢れなどが残っており、採取された指標上「正常」となった後も影響が継続していたという分析があります。 
  • 可観測性がクラウドベンダー提供の制御系ログや API ステータスに偏っており、**利用企業側のエンドツーエンド視点(外形監視/ユーザー体験監視)**が十分準備されていないケースが散見されました。 

これらを総じると、監視・可視性における問題は、設計上・運用上双方の課題を含んでおり、次の観点で整理できます。

  • 時間遅延・情報ギャップ:内部制御停止が発生しても「正常稼働」という指標表示が残り、遅延が発生することで初動が遅延。
  • 視点の偏り:クラウド内インフラの稼働状態ではなく、サービス依存関係・ユーザー体験・他リージョンへの波及といった視点が欠けていた。
  • フォールバック/縮退運転の準備不足:監視できていない状況では、どこを停止し、どこを減速運転すればよいかの判断が難しく、対応遅延につながった。

以上のように、監視と可視性の不足は、今回の障害がただ技術的不具合で終わらず、連鎖的な影響拡大を伴った構造的インシデントとなった背景の一つと捉えられます。

縮退運転の難しさ

今回の障害に関して、ポストモーテムでは「フォールバックまたは縮退運転モードへの移行が想定よりも難しかった」ことが指摘されています。通常、設計段階では障害時に機能を限定してサービスを継続する「縮退運転(グレースフルディグラデーション)」が構想されます。しかし、Amazon Web Services(AWS)において実際に縮退運転が機能しづらかった構造的背景が明らかになりました。

まず、内部DNSやデータストア(Amazon DynamoDB)などの制御プレーンが障害を起こすと、サービス全体の動作に支障をきたし、限定運転さえできない状況になりました。たとえば、DNS解決不能によりリクエストがそもそも宛先に到達しないため「機能を縮小して部分的に運転を継続する」以前に、サービス起動が不能になるケースが散見されています。 

また、縮退運転のためのフェイルオーバーや代替リージョン切替が設計されていたとしても、「その制御機構自身が us-east-1 に依存していた」ため、一次障害と同時にフェイルオーバーが機能不全に陥ったという報告があります。  これは「災害時に使うはず」のバックアップが、災害の起点と同じ依存構造上にあるという典型的なアンチパターンです。

さらに、バックログ処理・キューの溜まり・遅延再試行などの縮退モード移行後のクリア作業が多数残存し、サービスが“縮小運転中”である状態から完全復旧に至るまで長時間を要しました。たとえば、AWS自身が「多数のサービスでメッセージ処理のバックログが残存している」と報告しています。 

以上から、縮退運転を実効性あるものとするためには、以下の設計条件が極めて重要であることが分かります:

  • フォールバック構成(代替機能/代替リージョン)自体が一次障害の影響下にないこと
  • 制御プレーンや共通基盤が縮退運転モード移行時にも機能を維持できること
  • 運用ルーチンとして縮退モード移行・縮退運転中の監視・復旧までを定期的に検証していること

縮退運転の難しさは、単に「予備系を用意しておけば良い」という話ではなく、設計・依存構造・運用検証という三位一体の確実性が問われるという点にあります。

技術構造から見た障害の連鎖

今回の障害は、単一の技術的故障によって発生したというよりも、複数のインフラ層が連鎖反応的に影響を及ぼしあった「ドミノ式効果(カスケード効果)」であったと、ポストモーテム/第三者分析から示されています。以下に、その代表的な流れを整理します。

DNSレコードの異常と DynamoDB の名前解決不能

まず、 Amazon DynamoDB の DNS 管理機構において、レースコンディションが発生し、us-east-1 リージョンのエンドポイント (dynamodb.us-east-1.amazonaws.com) に対して「空の DNS レコード(IPアドレスなし)」が配信されました。 

この名前解決の失敗によって、DynamoDB を参照していた各種サービス/内部コンポーネントが即座に接続不能になりました。

制御プレーン・管理プレーンサービスへの波及

DynamoDB は多くの AWS 内部コンポーネントや顧客向けワークロードの「状態管理」「構成管理」「認証・認可メタデータ」「キューのインデックス」等を担っていました。 

したがって、DynamoDB へのアクセス不能は、

  • 新規 EC2 インスタンス起動時のメタデータ取得失敗
  • ネットワークロードバランサ(NLB)等のヘルスチェックや構成反映遅延
  • Lambda/Fargate/ECS/EKS 等のイベント駆動サービス呼び出し失敗

といった、上位レイヤーでの複数障害を引き起こしました。 

リージョン内部・外部の波及と回復遅延

このような構造上の依存が us-east-1 リージョン内に集中していたため、たとえ個別サービスが別リージョンに存在していたとしても、「制御プレーンとしての us-east-1 依存」から完全に切り離されていなかったサービスが多く影響を受けました。 

さらに、復旧後も「膨大なバックログ処理」「キューの遅延再試行」「ヘルスチェックの振り直し」といった復旧作業が、サービス完全復旧を長引かせたことが報告されています。 


このように、DNS → データストア(DynamoDB) → 制御プレーン/ワークロードという三段構えの依存構造において、最上流の DNS 失敗が引き金となり、下位のサービス層まで影響が波及したことが「障害の連鎖構造」としての核心です。設計者・運用者としてはこの構造を前提に、自らのクラウド利用基盤・設計をレビューすべきという明確な示唆となります。

クラウド集中が生むレジリエンス低下

今回の障害を通じて明らかになったのは、クラウドインフラの高度な集中が、可用性向上のための分散設計と背反する形でレジリエンスを損ない得るという構造的課題です。特に AWS の us-east-1 リージョンは、最も規模が大きく歴史のあるリージョンであり、多くの顧客サービスの主要稼働拠点として利用されてきたことが報告されています。

この「利用集中」は単なる顧客側の運用判断だけでなく、クラウド事業者が提供する制御プレーンの設計にも及んでいます。DNS、認証、メタデータ管理などの共通基盤が us-east-1 に強く依存する構造が存在していたため、リージョン障害がグローバルな影響を及ぼす結果となりました。

さらに、社会全体としても少数のクラウド事業者に依存する傾向が強まっており、今回の障害では銀行や公共サービス、主要オンラインサービスが一斉に停止し、「インターネット利用者は少数のプロバイダの支配下にある」と指摘する報道も見られました。

クラウドの効率性とスケールメリットは集中によって支えられている一方、その集中自体が「単一点障害(Single Point of Failure)」となり得るというパラドックスが、今回のインシデントで顕在化したということです。クラウドが社会基盤として機能する現代において、可用性確保の議論は、クラウド事業者内部の設計だけでなく、利用者側を含むエコシステム全体で考えるべき課題になっているといえます。

利用企業が直面する構造的課題

今回の障害は、単にクラウドサービスの一時停止という技術的インシデントにとどまらず、利用企業が構えるインフラ設計・運用・ガバナンス体制に根づく構造的な課題を明らかにしました。以下に、主な影響領域と直面すべき課題を整理します。

依存見える化・影響把握の難しさ

多数の企業が、クラウドに移行あるいは拡張を進めてきた背景から、どのサービス/アプリケーションがどのクラウドコンポーネント(例:認証、データストア、DNS、メタデータ管理)に依存しているかを包括的に把握できていないケースが散見されます。今回、 Amazon Web Services(AWS)の障害により、利用企業が “別リージョンに分散している” という安心感を持っていたにもかかわらず、実際には共通コントロールプレーンを通じて us-east-1 への依存が残っていたという報告があります。 このような「隠れた依存関係」が、ダウンタイム時の影響拡大を助長しました。

BCP/DR計画の再検討

クラウド環境を採用する多くの企業は、従来のオンプレミス環境以上に「可用性の高さ」を期待して設計を進めてきました。しかし、今回の障害では「クラウドだから安心」という前提に対する警鐘が鳴らされました。例えば、米企業向け報告では、企業が「コスト最適化」を重視して単一リージョンまたは単一クラウドプロバイダー上で構成していたため、リージョン障害時の運用停止・業務停止に至った事例があります。 利用企業としては、RTO(復旧時間目標)/RPO(復旧時点目標)を改めて見直し、「クラウドプロバイダーのインシデント発生時も運用を継続可能か」を評価する必要があります。

オペレーショナル・ガバナンスおよび契約上のリスク

クラウドサービスは「共有責任モデル(Shared Responsibility Model)」に基づいており、利用企業にはクラウドベンダーが提供しない部分の設計・運用監視責任があります。今回の障害を機に、「クラウド事業者に任せきり」の構成では、利用企業として致命的なダウンタイムに対して適切な説明責任・顧客対応ができないというリスクが浮き彫りになりました。たとえば、サービス停止中に発生する顧客からの信頼低下、法規制・監査対応上の課題、SLA(サービスレベル契約)上の保護が限定的である可能性があります。

コスト・効率性とリスク最適化のギャップ

多くのクラウド移行では “コスト削減” や “スケーラビリティ拡大” を主目的としており、冗長化・マルチリージョン構成・バックアップ設計など“リスク側”の投資を後回しにするケースがあります。今回の障害では、たとえシステムが稼働していたとしても「ログイン不可」「バックオフィス機能停止」「デバイス制御不能」など、業務停止や顧客体験の損失が生じており、ダウンタイムの経済的・ reputational インパクトが可視化されつつあります。 こうした構造的なギャップを埋めるため、利用企業は「コスト最小化」ではなく「リスク最適化」を含むクラウドポートフォリオ戦略を再構築する必要があります。


以上のように、利用企業が直面する構造的課題は、単なる技術対策だけでなく、設計/運用/ガバナンスという多面的な視点で整理されるべきものです。クラウドインフラの集中がもたらす影響を真正面から捉え、企業としてのレジリエンス強化に向けた根本的な再考が求められています。

具体的な対応策とアーキテクチャ改善

利用企業におけるクラウドインフラの構造的な弱点を補填し、今後同様の障害においてもサービス継続性を確保するためには、以下のような対応策およびアーキテクチャ改善が有効です。

依存関係の可視化と依存マップ作成

まず、自社が利用するクラウドサービスおよびその構成要素(例:認証、データストア、DNS、メタデータ管理、バックアップなど)が、どのリージョン・どのコントロールプレーンに依存しているかを明らかにする必要があります。分析によれば、今回の障害では「113 以上の AWS サービスが連鎖的に影響を受けた」ことが報告されています。

依存マップを定期的に更新・レビューし、自社システムが“単一リージョン”“単一コントロールプレーン”に過度に依存していないかを可視化します。

マルチリージョン/マルチクラウド戦略の検討

単一リージョンに構成を依存する設計では、今回のようなリージョンレベルの障害時に致命的な影響を受けることが明らかになっています。

このため、クリティカルなワークロードに対しては以下のような構成を検討します:

  • アクティブ-パッシブ型マルチリージョン:普段はプライマリリージョンで稼働し、セカンダリリージョンをウォームスタンバイとしておく。障害時にはフェイルオーバー。コストと複雑性のバランスを取りやすい。
  • アクティブ-アクティブ型マルチリージョン:複数リージョンで同時に稼働し、リアルタイムまたはほぼリアルタイムでデータ同期を行い、地域別トラフィック分散を実現する。構築・維持のコストは高いが、耐障害性も高まる。
  • マルチクラウド併用:複数クラウドプロバイダを併用し、プロバイダ側の障害リスクを分散する。今回の障害ではクラウド事業者自体が“単一点障害”になる可能性が再認識されました。

これらの戦略を採用する際には、必ず「データ同期ポリシー」「リージョン間遅延」「コスト」「運用体制」「フェイルオーバー自動化」の検討が不可欠です。

縮退運転(グレースフルディグラデーション)設計

サービス全停止を防ぐため、機能を限定してでも運転を継続可能にする設計が重要です。具体的には:

  • 障害時には「読み取り専用モード」や「キャッシュ応答モード」に切り替えられるように、主要機能・補助機能を分離しておく。
  • 外部データストアにアクセス不能になった際のフォールバックとして、キューイング(SQS、Kafka)、バッファ処理、ローカルリトライ機構を準備する。分析記事では「サービスは起動できているがバックログが大量に残っていた」ことが障害後の復旧遅延要因とされています。
  • フェイルオーバーや縮退運転自動化のために、管理コンソール/API/クラウド制御プレーンへの依存を最小限にする「静的安定性(static stability)」の設計指針も紹介されています。

外形監視・可観測性の強化

クラウドベンダー提供の制御ログやコンソールでは気づきにくい障害が、今回のような制御プレーン障害では致命的になります。対策として:

  • エンドユーザー視点の外形監視(SaaS可用性、API応答時間、DNSレコード監視)を導入し、クラウド内部・外部双方から障害の早期検知を可能にする。
  • DNSレコードの整合性・TTL変化・ブラックホール化を監視対象に加え、「名前解決不能」という一次障害を早期に察知できるようにする。
  • 定期的に障害シミュレーション(チャオスエンジニアリング、GameDay演習)を実施し、監視や復旧プロセスが設計通り機能するかを試験する。

契約・ガバナンス・運用体制の見直し

  • クラウドベンダーとの契約(SLA/可用性保証)だけに頼るのではなく、「ベンダー障害時の利用者責任(ユーザー側で何を維持すべきか)」を明文化する。
  • 定期的なレビューと復旧訓練を運用プロセスに組み込み、障害時の役割・フロー・ツールを明確にしておく。今回の障害では「フェイルオーバー手続きが、障害時にアクセスできない API に依存していた」ことが遅延要因と報告されています。
  • コスト/効率最適化とリスク許容度のバランスを見直し、単純なコスト削減よりも「レジリエンス維持」の視点を評価軸に加える。

以上の各対応策を戦略的に実装することで、クラウド集中がもたらすレジリエンス低下の構造的な課題に対処可能になります。特に、今回の事例が示した「インフラの目立たない依存」「リージョン/プロバイダの集中」「制御プレーン故障の影響」は、設計・運用双方において “想定しておくべき” 現実であると肝に銘じておくべきです。

おわりに

2025年10月に発生した Amazon Web Services の us-east-1 リージョンにおける大規模障害は、クラウドインフラが持つ効率性とスケーラビリティという利点のみならず、「集中による脆弱性」という構造的なリスクを露呈しました。ポストモーテム分析からは、DNS管理の自動化不備、共通バックエンドの依存集中、単一リージョンへの過度な集約、監視・可視性の不十分さ、縮退運転設計の欠如といった問題点が指摘されています。

本稿では、これらの指摘を起点に技術的な観点からの設計/運用課題と、利用企業が直面する構造的なリスク、そして実践すべきアーキテクチャ改善策を整理しました。クラウド利用はもはや選択肢ではなく、社会基盤としての性格を帯びており、その分だけ「集中しすぎることの代償」に私たちは向き合う必要があります。

今後、クラウドを活用する組織は「選択と集中」のメリットを維持しつつ、同時に「依存の見える化」「冗長設計」「フォールバック計画」「可観測性の確保」というレジリエンス強化の観点を構築しなければなりません。今回の障害をきっかけに、クラウドインフラに対するガバナンスと設計哲学を再構築することは、技術者・アーキテクト・経営層すべてにとって不可避の課題です。

クラウドが提供する先進性を活かしながらも、脆弱性を放置せず、構造的な強靭性を備えたインフラ設計と運用を目指すことこそが、未来の安定運用を支える鍵になると確信します。

参考文献

Microsoft Azureで大規模障害発生 ― Microsoft 365やXboxにも影響、原因は構成変更ミス

日本時間2025年10月30日午前1時頃からMicrosoft Azureで大規模な障害が発生しました。これにより、Microsoft Azure、Microsoft 365、Minecraft、XboxなどのMicrosoftが提供する製品やサービスだけでなく、Starbucks、costco、Krogerといった大手企業のシステムにも波及しました。

Microsoftの発表によると、「Azure Front Door(AFD)における誤った構成変更(inadvertent configuration change)」が原因とのことで、この設定変更が DNS ルーティングに影響を与え、Azure Portal や関連サービスにアクセス不能状態を引き起こしたものと見られています。

発生から対応までを時系列に並べると以下のようになります。

  1. 2025年10月30日 午前1時頃(日本時間)
    障害発生を確認
  2. 2025年10月30日 04:19(日本時間)
    「last known good configuration(直前の正常構成)」のデプロイが完了し、ノード復旧を開始し、「今後4時間以内に完全復旧を見込む」と告知
  3. 2025年10月30日 08:20(日本時間)
    Azure側が「recovery to happen by 23:20 UTC(=8:20 JSTまでに復旧見込み)」と明記
  4. 2025年10月30日 09:40(日本時間)
    最終更新で「AFDサービスが98%以上の可用性を回復し、完全復旧を9:40 JSTに見込む」と発表

日本では、発生した時間自体は深夜ですが、回復に午前9時過ぎまでかかったため、朝一でメールを受信しようとしたらメールが受信できないなどの影響を受けた方もいたかと思います。

クラウド障害のインパクトの大きさ

先日のAWSの障害もDNSに起因するものでした。

DNSで障害が起きるとネットワークを前提としたシステムは非常に脆いことがわかります。加えて、クラウドベンダーが提供して責任を持つ部分であるため、DNSで障害が起きると複数のサービスに影響がおよび、それらのサービスを使用している複数の企業が影響を受けます。

この点については、各企業ごとに対策することが難しい場合が多いです。クラウド上でシステムを運用しているならマルチクラウドという選択肢はあるにはあります。ただし、コストとトレードオフになるため、事業規模によっては選択肢できない場合もあります。

また、IaaSではなくPaaSサービスを利用している場合はそういった選択肢も難しい場合があります。例えば、Microsoft 365で障害が起きた場合、他のベンダーでメールサービスを継続するということは不可能です。インフラを管理しないことに対するトレードオフでもあるので、どうしても障害を起こしたくないのであればインフラを管理する必要がありますが、クラウドベンダー並の可用性を実現できる企業は数えるほどしかないでしょう。

もう一つはこれが誤設定によるものであるという点です。過去に発生した大規模障害においても、誤った設定を適用した場合や操作ミスといった単純ミスによるものであったことがありました。これはMicrosoft Azureに限ったものではなく、他のクラウドベンダーでも起きています。

具体的な内容については公表されていないので想像になりますが、本当にただの凡ミスだったかもしれません。もしかすると、想定していなかった挙動だったのかもしれません。いずれにせよ、本当のところはわからないので一方的に「テストをしていないのではないか」と断ずるのは総計です。実際、DNS周りは想定しない挙動をする場合があるので、本番同等の環境を用意するのは現実的ではないため、テスト環境では問題ないことを確認した上で適用したが、予想しない挙動を示していたのかもしれません。

おわりに

以前のAWSの障害、今回のAzureの障害から言えるのは、

  • 代替の選択肢を持つこと
  • バックアップを3-2-1ルール取得し、復元できることを定期的に確認しておくこと

が重要であるということです。

代替の選択肢を持つというのは、メールの例で言えばメールが唯一の連絡手段になってしまうとメールが使用できなくなったときに業務が完全にとまってしまうので、それ以外の手段を持っておくというです。メールの例でいえば、電話やチャットなど複数の手段があるのが普通だと思いますのでそれほど問題ありません。しかし、空港での搭乗手続きが完全に電子化され、手動での搭乗手続きの手段が失われていたらどうでしょうか?ゲート搭乗機に障害が発生すると運休せざるを得なくなってしまいます。そういった意味では電子化は優れた選択肢である一方でそこに障害が発生したときに、人間の手による代替ができるようになっていることが重要です。

前述の話は機能に障害が発生した場合ですが、データにアクセスできなくなる場合やロストする場合について対策が必要です。古典的な手段ではありますが、現代でも有効な3-2-1ルールに則って、3つのデータコピーを保持し、2種類の異なるメディアに保存し、そのうち1つをオフサイト(地理的に離れた場所)に保管することは非常に有効です。

ただし、いくらバックアップが無事だといってもそこから復元できなければ意味がありません。バックアップを用意していても、いざ復元しようとしたら戻せなかったということは今に始まった話ではなく昔からずっと起きている話です。古くはテープにバックアップしたけどそこから復元できなかったなどということはよくある話ですし、2020年にはバックアップに不備があり障害が起きたときにバックアップから復元できずに売買停止が起きたこともありました。

避難訓練と同じで、災害発生時のマニュアル確認のための訓練やバックアップから復元できるかのリハーサルは義務付けられているものを除くと行っていないケースが多いように思います。日常的にテスト環境を構築するのにバックアップを使っているという場合であればバックアップ自体は使用可能だt思いますが、高度に自動化されている場合は手動でもできるのかといった点や3-2-1ルールに則ってバックアップが完全に失われないかなどを見直すことも重要です。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とはよく言ったもので、こういった他社の事例からもしっかりと教訓を得ることは重要です。

参考文献

インターネットの基盤を揺るがすBIND 9の脆弱性:専門家も驚いた5つの教訓

DNS(ドメインネームシステム)は、私たちが日常的に使うインターネットの根幹を支える、重要でありながら見過ごされがちなインフラです。その中でも、DNSソフトウェアとして世界で最も広く利用されているものの一つがBIND 9であり、そのセキュリティはインターネット全体の安定性に直結しています。

しかし、最近明らかになった一連の脆弱性は、この基盤技術が直面しているセキュリティ課題について、いくつかの驚くべき、そして直感に反する事実を浮き彫りにしました。この記事では、これらの発見から得られた最もインパクトのある教訓を、明確で分かりやすいリスト形式で解説します。

驚異的な影響範囲:1つの欠陥で70万台以上のサーバーが危険に

インターネットスキャンを手がけるCensys社の調査によると、CVE-2025-40778として追跡される単一の脆弱性だけで、世界中で706,000を超えるBIND 9インスタンスが危険に晒されていることが判明しました。

この「キャッシュポイズニング」と呼ばれる脆弱性を悪用すると、攻撃者は偽のDNSデータをサーバーに注入し、インターネットトラフィックを悪意のあるサイトへ誘導することが可能になります。

さらに、この数字はファイアウォール内や内部ネットワークに存在するサーバーを含んでいないため、実際の総数はこれを上回る可能性が高いと見られています。この一つのデータポイントが示すのは、抽象的だった脆弱性が、企業、ISP、政府機関にとって具体的かつ広範囲にわたる現実のリスクへと変わったという事実です。

プロトコルのジレンマ:DNSの最大の強みが最大の弱点に

DNSが数十年にわたりスケールアップできた設計思想そのものが、特定の攻撃に対して脆弱であるという逆説。

「KeyTrap」(CVE-2023-50387)やNSEC3関連の問題(CVE-2023-50868)など、近年の多くの脆弱性は、プロトコルにリソース使用量の上限が明示的に定められていない点を悪用するサービス妨害(DoS)攻撃です。

ISC(Internet Systems Consortium)の記事が指摘するように、DNSプロトコルの初期の設計者たちは、意図的にCNAMEチェーンの数やDNSKEYの数などにハードコードされた制限を設けませんでした。これは、インターネットが将来にわたってスケールできるようにするためでした。この柔軟性こそがCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)のような技術革新を可能にした一方で、攻撃者がサーバーを騙して「過剰で不必要な作業」を行わせるという、新たな脆弱性のクラスを生み出す原因となったのです。

この問題が数十年前から予見されていたことは、1987年のDNS仕様書の以下の記述からも明らかです。

The recommended priorities for the resolver designer are:

  1. Bound the amount of work (packets sent, parallel processes
    started) so that a request can’t get into an infinite loop or
    start off a chain reaction of requests or queries with other
    implementations EVEN IF SOMEONE HAS INCORRECTLY CONFIGURED
    SOME DATA.

ロジックへの攻撃:コードの破壊ではなく、ルールの悪用

前述した、厳格な制限よりもスケーラビリティを優先するというこの基本的な設計思想こそが、攻撃者がコードそのものではなく、プロトコルのロジックを悪用するための土壌を生み出しています。

多くの深刻なBINDの脆弱性は、従来の「ハッキング」とは異なり、ソフトウェア自身のロジックやルールを巧みに悪用するものです。

CVE-2025-40778はその典型例です。このキャッシュポイズニングの欠陥は、BINDが「要求されていないリソースレコードを過度に寛容に処理する」ために発生します。攻撃者はシステムに侵入するのではなく、本来サーバーが信頼すべきではないデータを送信し、ロジックの欠陥によってそれを受け入れさせているのです。

同様に「KeyTrap」(CVE-2023-50387)も、標準に準拠したDNSSECバリデータが、1つのレコードを検証するために膨大な数の組み合わせを試すよう仕向けられ、自己のリソースを枯渇させてしまうというロジック攻撃です。これらの例は、プロトコル標準への深い理解が攻撃と防御の両方で不可欠となる、より巧妙なセキュリティ脅威の存在を浮き彫りにしています。

最新機能がもたらす新たな脅威:進歩が新たな攻撃対象を生む

DNSに新しいセキュアな機能を追加することが、意図せずして新しいタイプの脆弱性を生み出すことがあります。

DNS-over-HTTPS(DoH)に関連する脆弱性、CVE-2024-12705は、この点を明確に示すケーススタディです。DoHは、DNSクエリを暗号化することでプライバシーとセキュリティを強化するために設計された最新機能です。

しかし、この脆弱性に関する勧告によれば、この新しい実装が悪用され、攻撃者は細工したHTTP/2トラフィックをサーバーに大量に送りつけることでCPUとメモリを圧倒し、正規ユーザーに対するサービス妨害を引き起こすことが可能になりました。この事例は、単に「新たな機能は新たなリスクを生む」という一般的な教訓に留まりません。より深く分析すると、DNSの核となる設計思想との間に生じた「インピーダンス・ミスマッチ」が露呈しています。本来、軽量かつステートレスなトランザクションのために設計されたDNSの上に、ステートフルでリソース集約的なHTTP/2のセッション管理を重ねることで、これまで存在しなかった全く新しいリソース枯渇の攻撃ベクトルが生まれてしまったのです。これは、機能追加のコードだけでなく、プロトコル間の根本的な設計思想の衝突が脆弱性を生むことを示す強力な事例と言えます。

終わりのない競争:単純な欠陥とパッチサイクルの現実

DNSのセキュリティ確保は、基本的な欠陥が繰り返し現れる、終わりなきプロセスです。

CVE-2025-40775は、トランザクション署名(TSIG)フィールドに含まれる単純な無効値が、BINDサーバー全体を「アサーション失敗」でクラッシュさせる脆弱性です。これは「未定義値の不適切な処理」という、いわば初歩的とも言える古典的な脆弱性です。KeyTrapのようなプロトコルの設計思想そのものを突く高度なロジック攻撃と、この単純な無効値の処理漏れを並べてみると、DNSセキュリティの戦いが二つの戦線で同時に繰り広げられていることが分かります。一つはプロトコルの深淵を理解した高度な攻撃者との戦い、もう一つはソフトウェア開発における単純で根強いヒューマンエラーとの戦いです。この事実は、私たちに謙虚なリマインダーを与えてくれます。

ISCが公開している広範な「BIND 9 Software Vulnerability Matrix」の存在自体が、この現実を物語っています。絶えず更新されるこの長いリストは、最近の脆弱性に関するある分析が指摘するように、DNSセキュリティは攻撃者と防御者の間の継続的な「いたちごっこ(cat-and-mouse game)」であり続けることを示しています。

おわりに

DNSのようなインターネットの基盤インフラのセキュリティは、プロトコルが元々持っていた柔軟な設計と、現代のサイバー脅威という厳しい現実との間で、複雑なバランスを取り続ける行為です。今回見てきたように、その課題は技術的なバグ修正だけでなく、プロトコルの思想そのものにも根ざしています。

最後に、読者の皆様に一つの問いを投げかけたいと思います。「インターネットが進化し続ける中で、私たちはその成長を可能にした柔軟性を犠牲にすることなく、どのようにしてその中核により大きな回復力(レジリエンス)を組み込んでいけるのでしょうか?」

参考文献

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