主要テック企業が広告表現を修正──AI技術の伝え方を見直す動き


📣 規制の潮流と背景

AI技術が急速に発展する中、Apple、Google、Microsoft、Samsungなどの大手企業は、競争激化に伴って自社のAI製品を積極的にマーケティングしています。その際、消費者の関心を引くために実際の製品性能以上に能力を誇張して表現することが問題視されています。

こうした状況を背景に、アメリカの広告業界の自主規制機関であるNational Advertising Division(NAD)は、企業がAI技術を活用した製品の広告に対して厳密な監視を強化しています。NADが特に重視しているのは、一般消費者が真偽を判断しにくい、AI製品の性能や機能についての過度な誇張表現や誤解を招くような表現です。

また、米連邦取引委員会(FTC)は、AI製品やサービスに関する消費者への情報開示の正確さを求める「Operation AI Comply」というキャンペーンを実施しています。FTCは、虚偽または誤解を招く可能性のある広告表現を行った企業に対して法的措置をとるなど、より強硬な姿勢で対処しています。

最近では、AIを利用したサービスを過剰に宣伝し、「非現実的な利益が得られる」と消費者を誤解させたとして、FTCがEコマース企業Ascend Ecomに対し訴訟を起こしました。その結果、同社の創業者には事業停止命令、2,500万ドルの支払い義務、さらに類似の事業を将来行うことを禁じる判決が下されました。このケースは、AI関連の広告における法的なリスクを企業に改めて示すものであり、業界全体への警鐘となりました。

こうした動きを受け、大手テック企業は広告戦略を見直し、消費者に対してより誠実で透明性のある情報提供を心掛けるようになっています。特に消費者の誤解を招きやすいAI技術の性能に関する表現に関しては、慎重なアプローチが求められるようになりました。今後も規制機関による監視と対応が強化される中、企業は広告表現の正確性と倫理性を担保することが求められており、AI技術をめぐるマーケティング活動の透明性がますます重要になるでしょう。

🧩 各社の事例と対応まとめ

Apple

Appleは、未発売のAI機能をあたかも利用可能であるかのように表現していたことが問題視されました。特に、iOSに搭載予定の次世代Siri機能について「available now(現在利用可能)」という表記を用いた点が、NADの指摘対象となりました。消費者に対して誤った期待を抱かせる可能性が高いと判断されたため、Appleは該当する広告の修正を実施しました。修正後は、該当機能が「今後リリース予定」であることを明示し、誤認を避ける配慮を加えています。

Google

Googleは、Gemini(旧Bard)によるAIアシスタントのプロモーションビデオで、実際よりも早く正確に回答しているように見える編集を行っていたことが指摘されました。動画は短縮編集されていたにもかかわらず、その旨の説明が十分でなかったため、NADはユーザーが実際の性能を過大評価するリスクがあると判断。Googleはこの動画を非公開とし、その後ブログ形式で透明性を高めた説明を提供するよう対応しました。動画内の処理速度や正確性の印象操作について、今後のプロモーション方針に影響を与える可能性があります。

Microsoft

Microsoftは、CopilotのBusiness Chat機能を「すべての情報にまたがってシームレスに動作する」と表現していたことが問題となりました。実際には手動での設定やデータ連携が必要であるにもかかわらず、完全自動的な体験であるかのような印象を与えるものでした。また、「75%のユーザーが生産性向上を実感」といった調査結果を根拠に広告していましたが、これも主観的な評価に基づいたものであるとして修正を求められました。Microsoftは当該ページを削除し、説明内容を見直すとともに、主観的調査結果に関しても注意書きを追加しました。

Samsung

Samsungは、AI機能を搭載した冷蔵庫「AI Vision Inside」の広告で、「あらゆる食品を自動的に認識できる」と表現していました。しかし実際には、カメラで認識できる食品は33品目に限定され、しかも視界に入っている必要があるという制約がありました。この誇張表現は、消費者に製品能力を誤認させるものとしてNADの指摘を受け、Samsungは該当する広告表現を自主的に取り下げました。NADの正式な措置が下される前に先手を打った形であり、今後のマーケティングにも透明性重視の姿勢が求められます。

✍️ まとめ

企業名指摘の内容措置(対応)
Apple未発売機能を「即利用可能」と誤認される表現広告削除・開発中を明示
Googleデモ動画の編集が誇張と受け取られる動画非公開化・ブログで補足説明
Microsoft機能の自動操作を誤解させる表現/調査結果の主観性宣伝ページ削除・明確な補足文追加
Samsung冷蔵庫が全食品を認識できると誤認される表現宣伝表現を撤回

🌱 なぜこれが重要なのか?– 業界と消費者への影響

AI技術は非常に複雑で、一般消費者にとってはその仕組みや制限、限界を理解するのが難しい分野です。そのため、企業がAI製品の広告を通じて過度に期待を持たせたり、実際の機能とは異なる印象を与えたりすることは、消費者の誤解や混乱を招きかねません。

誇張広告は短期的には企業に利益をもたらす可能性がありますが、長期的には信頼の低下や法的リスクを伴うことになります。今回のように複数の大手企業が一斉に指摘を受け、広告表現の見直しを迫られたことは、AI時代のマーケティングにおいて信頼性と誠実さがいかに重要かを物語っています。

さらに、業界全体としても透明性や倫理的表現への意識が求められるようになってきました。特にAI技術は、医療、教育、公共政策など多岐にわたる分野に応用されることが増えており、その影響範囲は年々広がっています。ゆえに、AIに関する誤情報や誇大表現は、消費者の判断を誤らせるだけでなく、社会的な混乱を招くリスクさえ孕んでいます。

消費者側にとっても、この問題は他人事ではありません。企業の宣伝を鵜呑みにせず、製品の仕様や実装状況、利用可能時期といった細かな情報を確認する姿勢が必要です。今回の事例を機に、消費者の情報リテラシーを高めることも、健全なAI利用の促進に寄与するはずです。

業界・規制当局・消費者がそれぞれの立場で「AIの使い方」だけでなく「AIの伝え方」についても見直していくことが、より信頼されるテクノロジー社会の実現に不可欠だと言えるでしょう。

おわりに

今回の事例は、AI技術が私たちの生活に深く浸透しつつある今だからこそ、テクノロジーの「伝え方」に対する責任がこれまで以上に重くなっていることを示しています。企業は単に優れたAIを開発・提供するだけでなく、その本質や限界を正しく伝えることが求められています。

Apple、Google、Microsoft、Samsungといった業界のリーダーたちが広告表現を見直したことは、単なるリスク回避にとどまらず、より倫理的なマーケティングへの第一歩といえるでしょう。これは他の企業にとっても重要な前例となり、今後のAI技術の信頼性や普及に大きな影響を与えることが期待されます。

同時に、消費者自身も情報を見極める力を身につけることが必要です。企業と消費者、そして規制当局が三位一体となって、AI技術の正しい理解と活用を進めていくことが、より良い社会の形成につながるといえるでしょう。

AIの時代にふさわしい、誠実で透明なコミュニケーション文化の確立が、これからの課題であり、希望でもあるのです。

📚 参考文献

日本で進む「サードパーティ決済解禁」──EUとの比較で見えてくる責任と補償の課題

🏁 はじめに:ついに日本でも「外部決済」解禁へ

スマートフォンのアプリストアや決済手段をめぐる議論は、これまで長らくAppleやGoogleといったプラットフォーム事業者が主導してきました。ユーザーがiPhoneでアプリをダウンロードしたり、アプリ内課金を行ったりする際には、基本的にAppleのApp Storeを通じた決済が必須とされてきました。これは一見便利で安全なようにも思えますが、裏を返せば「選択の自由」が制限されていたとも言えます。

こうした状況に風穴を開ける法律が、2024年6月、日本の国会で可決されました。それが「特定スマートフォンソフトウェア競争促進法」です。この法律では、大手IT企業に対して、第三者が運営するアプリストアや決済サービスの導入を妨げてはならないと明記されており、AppleやGoogleは、自社以外の手段でもアプリ配信や決済が行えるようにすることが義務化されます。

この改正は、利用者にとってより柔軟な選択肢をもたらすと同時に、アプリ開発者にとってもストア手数料の削減や販路拡大といった恩恵が期待されます。一方で、外部決済の導入が進むことで、これまでプラットフォーマーによって担保されていたセキュリティ、プライバシー、サポート体制の一貫性が崩れる可能性も否定できません。

さらに重要なのは、「もし外部決済を利用して詐欺や不正利用が発生した場合、誰が責任を取り、誰が補償するのか」という点です。この問いに対する明確な答えは、まだ日本の制度設計には盛り込まれていません。今後、公正取引委員会(JFTC)によってルールの詳細が示される予定ですが、その内容次第で、日本における「アプリ市場の公正性」と「消費者保護」のあり方が大きく左右されることになるでしょう。

こうした状況をふまえ、本記事ではまず日本での制度動向を整理したうえで、すでに同様の規制を導入しているEUの事例と比較しながら、課題と展望を読み解いていきます

🔓 日本:選択の自由とリスクの始まり

2024年に可決された「特定スマートフォンソフトウェア競争促進法」により、日本のデジタル市場にも大きな変化の波が押し寄せています。これまでAppleやGoogleといった巨大IT企業が、スマートフォンのアプリ配信および課金方法を独占的に支配してきた状況に対し、「ユーザーと開発者により多くの選択肢を与えるべきだ」という理念のもと、法的にその独占状態を是正する方向へと舵が切られました。

この新しい法律により、プラットフォーム事業者は以下の対応が求められることになります:

  • 第三者アプリストアを利用可能にすること
  • Apple PayやGoogle Pay以外の外部決済サービスも認めること
  • ブラウザや地図アプリなどの“デフォルトアプリ”をユーザー自身が選択可能にすること
  • Face IDやTouch IDなどの生体認証APIの第三者開放(現在検討中)

こうした変更は、消費者にとって「囲い込み」からの脱却を意味し、例えば「このアプリはここでしか買えない」「課金はこの方法しか選べない」といった状況を打破する契機になります。また、アプリ開発者にとっても、自らのビジネスモデルに合った課金システムを選んだり、高額なストア手数料(30%前後)から脱却するチャンスとも言えるでしょう。

しかし、自由の拡大には必ずリスクも伴います。最も大きな懸念は、セキュリティと消費者保護の水準が下がる可能性があるという点です。AppleのApp Storeは厳格な審査体制と一元的な返金・認証システムを持っており、ある種“クローズド”であることによって安全性を担保してきました。これに対し、外部のストアや決済事業者が入り込むことで、審査の甘いアプリや、フィッシング的な決済画面、悪意ある第三者によるカード情報の抜き取りといった危険性が現実のものとなる恐れがあります。

もう一つの問題は「運営コストと責任の不均衡」です。AppleやGoogleが提供するアプリストアは、単なる“仲介業者”ではなく、アプリの配信・審査・レビュー管理・支払いインフラ・セキュリティ対策など、複雑で高コストな運営を行っています。こうした負担を背負わずに、サードパーティのストアや決済サービスが自由に参入できるとなれば、「費用は既存プラットフォーマーが負い、利益は外部事業者が得る」というフリーライド(ただ乗り)問題が顕在化する可能性も否めません。

さらに、仮に外部決済サービスを通じて不正利用や詐欺が発生した場合に、誰が補償責任を負うのかが制度上明確でない点も大きなリスクです。現時点では、消費者が被害を受けた際にAppleやGoogleがどこまで関与し、補償やサポートを行うかは不透明であり、これは利用者にとって不安要素となります。

日本政府は、こうした問題への対応として、公正取引委員会(JFTC)を中心に規制の詳細を設計中です。2025年の本格施行に向けて、安全性と競争促進をどう両立させるのか、まさに“制度設計の巧拙”が問われる局面に入っています。

🇪🇺 EU:一足早く始まった解禁と法的空白

日本が制度導入を進めている一方で、EU(欧州連合)はすでに2024年3月に「DMA(Digital Markets Act:デジタル市場法)」を施行し、AppleやGoogleなどのプラットフォームに対してサードパーティ製のアプリストアや外部決済サービスを受け入れることを義務づけています。

このDMAは、特定の大企業を「ゲートキーパー(gatekeeper)」として指定し、その支配的地位を乱用しないよう規制する包括的な枠組みです。Appleに関しては、iOSおよびApp Storeの運営方法に対して以下のような義務が課されました:

  • iPhoneやiPadにおいて、Apple以外のアプリストアを導入可能にすること
  • 外部決済手段の使用をアプリ開発者が選択できるようにすること
  • Safari以外のブラウザエンジン(例:ChromeのBlinkなど)を使用可能にすること
  • 開発者がユーザーに対して自社サイトでの直接購入を促すリンク(ステアリング)を設置可能にすること

Appleはこれに応じて、EU向けのiOSにおいて外部ストアや代替決済を技術的に許容する改修を行いました。ただし、これは表面的な「解禁」に過ぎず、実際には多くの制限・警告・手数料の新設が同時に導入されています。

たとえば、外部決済を利用しようとすると、iPhoneユーザーには「この支払い方法ではAppleによる保護が適用されません」といった警告画面が表示される仕様になっています。さらに、Appleは開発者向けに新たな手数料体系を導入し、App Storeを経由しないアプリにも「Store Services Fee(13〜20%)」や「Core Technology Commission(5%)」といった名目で徴収を始めました。

これは一種の“形だけの自由”とも言え、開発者側からは「実質的にAppleの囲い込みは変わっていない」「法の抜け道を使った抑圧だ」といった批判が相次ぎました。こうした運営スタイルに対し、EU規制当局も黙ってはおらず、2025年4月にはAppleに対して約5億ユーロ(約850億円)の制裁金を科しました。理由は、ステアリング規制の違反とされ、開発者が自社サイトへ自由に誘導する行為をAppleが不当に制限していると判断されたのです。

しかし、ここで浮かび上がったのが、制度設計の“空白”です。確かにDMAは「競争促進」のための制度としては非常に強力ですが、セキュリティやプライバシー、消費者保護といった“利用者側のリスク”に対する補償制度が十分に整備されていないのが現状です。

特に問題となっているのが、「外部決済を通じて詐欺や不正利用が起きた場合、誰が補償するのか?」という点です。EUには現在「PSD2(第2次支払サービス指令)」という支払い関連のルールがあり、これに基づけば以下のような仕組みとなっています:

  • 不正な未承認取引(ユーザーの同意なしに行われた支払い)は、原則として支払いサービス提供者(PSP)が責任を負い、消費者の負担は最大でも€50に制限される。
  • しかし、ユーザーが誤って同意してしまった詐欺的な支払い(APP詐欺)については、消費者が全額負担することが原則であり、Appleのようなプラットフォーマーやサードパーティ決済業者には補償義務がないという構造です。

このように、自由化は進んだものの、リスクが発生したときに誰が消費者を守るのかが曖昧なまま制度が先行してしまったというのがEUにおける大きな課題です。

その反省を受けて、EUでは現在「PSD3」や「PSR(Payment Services Regulation)」といった新しい法制度の策定が進められており、APP詐欺に対する補償義務や、プラットフォーマーと決済業者の“共有責任モデル”の導入が検討されています。これらの制度が導入されれば、Appleのような企業にも不正発生時の一定の補償責任が課されることになり、制度的なバランスが取られる可能性があります。


このように、EUは日本より一足早く“外部解禁”の世界に踏み込みましたが、その過程で明らかになった法的な穴や、想定されなかった副作用もまた、日本にとっては貴重な教訓となるはずです。

🔄 補償制度の再設計へ:EUでの法改正の動き

EUが導入した「DMA(Digital Markets Act)」は、デジタル市場における競争促進という観点では大きな一歩ですが、消費者保護、とりわけ詐欺や不正利用に対する補償体制が制度的に未整備であることが、早くも課題として浮上しています。こうした現状を受け、EUでは並行して支払関連の法制度そのものの再設計が進行しています。

その中核となっているのが、「PSD3(第3次支払サービス指令)」および「PSR(Payment Services Regulation:支払サービス規則)」と呼ばれる新たな法案です。これらは現行の「PSD2(第2次支払サービス指令)」をアップデートするもので、2023年に欧州委員会が草案を発表し、2025年中の施行を目指して審議が続けられています。

🎯 何が変わるのか? PSD3 / PSRの注目ポイント

✅ 1. APP詐欺への補償制度の導入

現在のPSD2では、ユーザーが詐欺にあって「自ら承認してしまった支払い」(たとえばなりすましメールで誘導されてしまったケース)に対しては補償がなく、消費者自身が全額責任を負うのが原則です。このため、特に高齢者やセキュリティに不慣れなユーザーが狙われた場合、大きな損害を被ることが社会問題となっていました。

PSD3/PSRではこの点を見直し、「詐欺による認証済み支払い」についても、金融機関(PSP)やプラットフォームが一定の補償責任を負う制度が検討されています。具体的には、消費者の責任を限定し、被害の立証責任や対応の迅速化が求められるようになります。

✅ 2. 「共有責任モデル」の導入

これまで補償の責任は金融機関(銀行やカード会社)に集中していましたが、今後はAppleやGoogle、Metaのようなプラットフォーム事業者にも責任を分担させる方向にあります。これにより、単にサービスを提供するだけでなく、セキュリティ対策・ユーザー教育・詐欺検出機能の提供などを果たす義務も拡大されることになります。

たとえば、あるユーザーがAppleのアプリ経由で外部決済サービスを利用し、その結果詐欺に遭った場合には、Appleも一部の責任を負う可能性が出てきます。Appleが「道だけ作って責任は持たない」という構造は見直されつつあると言えるでしょう。

✅ 3. 事前防止と監査の義務化

補償だけでなく、詐欺を未然に防ぐための仕組みの整備も義務化される方向です。具体的には:

  • リアルタイムでの取引リスク評価(AIによる詐欺検知)
  • ユーザーに対するリスク通知・再認証の促進
  • プラットフォームや決済事業者に対する年次監査と報告義務

これにより、「被害が出たら補償する」だけでなく、「被害を出さない設計」が義務付けられることになります。

🔧 なぜ法改正が急がれるのか?

背景には、デジタル決済の急速な普及と、それに伴うサイバー詐欺・スミッシング・フィッシングの急増があります。とくにスマートフォン上での決済行為は、物理カードよりも便利である反面、ユーザーの警戒心が薄れやすく、詐欺グループにとっては格好のターゲットです。

加えて、AppleやGoogleのようなテックジャイアントが消費者のタッチポイントを握っているにもかかわらず、責任の所在があいまいなままサービスが拡大してきたという状況も、制度設計の見直しを後押ししています。

現在のままでは、「外部決済を使えば便利になるけど、万が一の時はすべて自己責任」という状況が続き、利用者の不信感を招くおそれがあります。自由と保護のバランスを再設計することこそが、EUが進める法改正の核心にあるのです。

🧭 今後の見通しと日本への示唆

PSD3およびPSRは、2025年〜2026年の施行が見込まれています。これが実現すれば、AppleやGoogleなどのプラットフォームも、単なる「通り道の提供者」ではなく、トラブル時に責任を共有する主体として制度的に位置づけられることになります。

この動きは、日本がこれから制度設計を進めていく上でも大きな参考になります。日本がEUの後追いで制度を始める以上、EUが経験した法的空白や教訓を活かし、初めから補償制度を含めた包括的な仕組みを導入できるかどうかが重要な分岐点となるでしょう。


このように、EUでは「競争の自由化」と同時に、「利用者保護の制度化」という2つの柱を両立させようとする取り組みが着々と進められています。それは、今後日本が進むべき方向性を示唆する重要な先行事例でもあるのです。

🧭 比較から見える日本の課題と選択肢

日本とEU、いずれもプラットフォームの独占構造を是正し、公正な競争環境を整備しようという目標は共通しています。しかし、制度の導入時期・目的の焦点・リスクマネジメントの考え方には明確な違いが存在します。その比較を通じて、日本が直面している課題と、これから選ぶべき道筋がより鮮明に浮かび上がってきます。

📊 制度導入のスピードと方向性

観点日本EU
制度の開始時期2025年施行予定2024年3月施行済み
規制目的の重心プラットフォーマーによる不公正排除の是正消費者選択の自由と競争の確保
制度設計の成熟度基本方針はあるが細則は未策定実施済みだが運用上の課題が露呈中

日本では「選択の自由」が重要視されており、AppleやGoogleがアプリや決済のルールを独占している状況を是正することが目的の中心です。EUではそれに加えて、消費者の不利益を防ぐ仕組みにも重きを置いており、DMAに加えてPSDの改正(PSD3やPSR)という形で制度の総合性を高めようとしています。

🔐 安全性と補償へのアプローチの違い

日本において、サードパーティ決済の導入が進んだ際に最も懸念されるのは、詐欺や不正利用が発生した場合の補償責任の所在が制度的に曖昧なまま残る可能性です。現状では、この領域に関して法的な明記はなく、JFTCが今後示す運用細則に委ねられているという不透明な状況です。

一方、EUではすでに制度実装が進んでいるにもかかわらず、詐欺被害への補償や責任分担の問題が解消されていないことが露呈しています。これを受けてEUは、PSD3やPSRによって制度の再設計に着手しており、「事後的な補償」だけでなく、「事前的なリスク管理」や「責任の分散」を実現する方向に進もうとしています。

⚖️ 日本が直面する制度設計上のジレンマ

この比較から、日本は以下のような制度設計上のジレンマに向き合う必要があることが見えてきます:

  1. 自由と安全のトレードオフ  選択肢を広げることで利便性は高まるが、同時にセキュリティや詐欺リスクが高まる。「自由な市場」と「守られる利用者」のバランスをどう取るかが課題。
  2. 補償責任の分担構造の設計  不正利用時にApple・Google・外部決済業者・ユーザー・カード会社など誰がどこまで責任を負うのか。責任分界点を曖昧なまま導入してしまえば、トラブル時の混乱は避けられない。
  3. 中小事業者・個人開発者の扱い  外部ストアや決済を解禁しても、インフラ整備やセキュリティ対策は大手ほど容易ではない。大手への依存を前提としない開かれた仕組み作りが必要。

🧭 今後の選択肢:日本に求められる対応

日本がEUの先行事例から学ぶべきポイントは次の3点に集約されます:

  • 制度導入前に補償スキームと責任構造を明文化すること  施行後に問題が表面化して慌てて修正するのではなく、事前にリスクと対策を制度に組み込むことが肝要です。
  • 消費者の安心感を制度で担保すること  自由だけでなく、「万が一のときにも救済される」という安心がなければ、ユーザーは新制度を利用しません。補償上限や返金ポリシーの明確化は欠かせません。
  • 透明性と監督の仕組みを確立すること  サードパーティに対しても一定の認定・監査・ライセンス制度を設け、セキュリティやユーザー対応の品質を担保する必要があります。

✍️ 結論:日本は“後発”の強みを活かせるか

日本は制度の導入こそEUより遅れていますが、それは必ずしも不利とは限りません。先行するEUが経験した課題や失敗から学び、より洗練された制度を導入する機会があるという点ではむしろ有利な立場とも言えます。

重要なのは、形だけの「解禁」にとどまらず、利用者にとっても開発者にとっても安全かつ公平な市場環境をつくる意志と制度設計です。自由だけを先行させてリスク対応が後手に回れば、信頼を失う結果にもなりかねません。

今後、JFTCや関係省庁、そして業界団体やプラットフォーム事業者がどのように合意形成を図るかが、日本のスマートフォン市場の将来を左右することになるでしょう。


ご希望であれば、この比較セクションを図表にまとめたり、特定の論点(例:補償スキームの制度設計)に特化した解説を追加することも可能です。お気軽にお申しつけください。

🔚 おわりに:選択の自由の先にある“責任の明確化”を

サードパーティ製のアプリストアや外部決済の解禁は、長らく閉じた生態系に風穴を開ける象徴的な政策です。ユーザーにとっては、より安価で柔軟なサービスを選択できる可能性が生まれ、開発者にとっても収益構造の多様化や競争機会の拡大が期待されます。

しかし、自由が拡大すればするほど、同時に求められるのが「責任の明確化」です。たとえば、ユーザーがApple以外の決済手段を選び、その結果として詐欺被害に遭ったとき──その損害は誰が補償すべきなのか?決済業者なのか、プラットフォームを提供するAppleなのか、それとも「選んだのは自分自身だから」とユーザーの自己責任に帰すべきなのか。

現行の法制度では、このような事態への対応が不十分です。EUにおいては、すでに制度が先行して実装されたことで、こうした責任の空白が現実に発生しており、PSD3やPSRといった新たな制度改正によって対応を進めている段階です。つまり、制度の不備が後から露見したという“教訓”が既に存在しているのです。

日本は今、その「制度設計の入口」に立っています。制度導入前のいまだからこそ、補償・セキュリティ・運営費負担といった本質的な問題に正面から向き合い、「自由を与えること」と「責任の帰属を明確にすること」のバランスを制度に埋め込むチャンスがあります。

ユーザーが安心して選択肢を取れるようにするには、自由な選択の裏側で何がどう守られているかを制度として透明に示す必要があります。「何かあったときに誰が助けてくれるのか」が明確でなければ、自由はかえって不安を生むものになります。開放性と信頼性、この両立を目指す姿勢こそが、制度を真に意味のあるものにします。

このテーマは単にテック企業と国の間の問題ではなく、すべてのスマートフォン利用者、すべてのアプリ開発者にとっての共通の課題です。そして最終的に、その制度設計のあり方は、私たちがどのような社会的責任を、どこまで技術に委ねるのかという問いにつながっていくでしょう。

📚 参考文献一覧

AppleがEUでApp Storeルールを変更──本当に“自由”はもたらされたのか?

はじめに

2025年6月、Appleが欧州連合(EU)の反トラスト規制に対応するかたちで、App Storeにおけるルールを大幅に変更しました。

この変更は、EUが施行した「デジタル市場法(DMA)」への対応として発表されたもので、特に注目されているのは「外部決済リンクの解禁」です。

一見すると、Appleの強固なエコシステムに風穴が開いたようにも見えます。しかし、その実態はどのようなものでしょうか。

この記事では、今回のルール変更の背景、内容、そして本当に開発者やユーザーにとって“自由化”と呼べるのかを考察します。


背景:Epic Gamesとの衝突が転機に

この問題の源流は2020年、Epic GamesがiOS版『Fortnite』にAppleの課金システムを迂回する外部決済機能を導入し、App Storeから削除された事件に遡ります。

EpicはAppleを相手取り、独占禁止法違反で訴訟を提起。以降、Appleの「App Storeにおける課金の独占構造」が国際的な議論の的となりました。

欧州ではこれを是正するため、2024年に「デジタル市場法(DMA)」が施行され、Appleを含む巨大テック企業に対し競争促進のための義務を課しました。


今回のルール変更:主な内容

Appleは、EU域内のApp Storeに対して以下の変更を導入しました:

✅ 外部決済リンクの許可

開発者は、アプリ内でApple以外の決済ページへのリンクやWebViewを使うことが可能になりました。

以前はこうした導線を設けると、アプリ審査で却下されるか、警告画面を挟むことが求められていましたが、今回は警告表示なしで直接遷移が可能とされました。

✅ 新たな手数料体系の導入

  • Apple課金を使った場合:通常20%、小規模事業者向けに13%
  • 外部決済を案内するだけの場合でも:5~15%の“手数料”を徴収
  • 加えて、Core Technology Fee(CTC)と呼ばれる5%の基盤使用料が追加

✅ サービスの「階層化」

Appleはサービス内容によって手数料を変動させる“Tier制”を導入。マーケティング支援などを受けたい場合は高い手数料を払う必要がある構造です。


「自由化」の裏に潜む新たな“壁”

Appleはこのルール変更をもって、「DMAに準拠した」と表明しています。

しかし、Epic GamesのTim Sweeney氏をはじめとする開発者コミュニティの反応は冷ややかです。

その主な理由は以下の通りです:

  • 外部決済を選んでもApple税が課される:Appleのシステムを使わなくても、5~15%の手数料が課される。
  • ルールは複雑で透明性に欠ける:階層制や条件付きリンク許可など、技術的・法的ハードルが依然として高い。
  • これは“自由”ではなく“管理された自由”にすぎないという批判。

欧州委員会の判断はまだこれから

現時点でAppleのルール変更が本当にDMAに準拠しているかどうかについて、EUの正式な見解は出ていません。

欧州委員会は現在、「開発者や業界関係者からのフィードバックを収集中」であり、数か月以内に適法性を評価する方針です。

Appleは一方で、この命令そのものの違法性を主張し、控訴を継続しています。


まとめ:名ばかりの譲歩か、それとも転換点か?

今回のルール変更は、App Storeの運用方針においてかつてない柔軟性を導入した点では、画期的です。

しかし、外部決済を選んでもなお課される手数料、地域限定(EUのみ)の適用、Appleによる継続的な審査・支配などを考慮すると、“真の自由化”とは言い難いのが実情です。

この対応がDMAの理念に沿ったものと認められるかどうかは、今後のEUによる評価と、それに対するAppleや開発者のリアクション次第です。

今後も目が離せないテーマと言えるでしょう。


参考文献

Perplexity AIをAppleが狙う理由とは?──検索戦略の再構築が始まった

はじめに

Appleが現在、AI検索分野に本格参入を模索しているなか、注目を集めているのが AI検索スタートアップ「Perplexity AI」 の買収をめぐる“社内協議”です。Bloombergの報道を皮切りに、この話題は各メディアでも続々報じられています。今回は主要メディアの報道を整理し、Appleの狙いと今後の展望をわかりやすく解説していきます。

🔍 主な報道まとめ

1. Reuters(ロイター)

  • Bloombergのレポートを受け、「内部で買収案が検討されたが、Perplexity側には共有されていない」 と伝える  。
  • Perplexityは「M&Aについて認識なし」と公式声明。Appleはコメントを控えています 。
  • Perplexityは最近の資金調達で評価額140億ドル、Apple史上最大のM&Aになり得ると報道  。
  • Adrian Perica(M&A責任者)とEddy Cue(サービス責任者)が協議に参加し、Safariへの統合を念頭に置いているとされます  。

2. The Verge

  • Eddy Cueが米司法省の独占禁止訴訟で、「Safariでは検索数が初めて減少した」と証言。これがAI検索導入の背景にあると報じました  。

3. Business Insider

  • Google検索からAI検索(OpenAI、Perplexity、Anthropic)へのトレンドシフトを報告し、Google株が8%以上急落したと解説  。

4. WSJ(Wall Street Journal)

  • AppleのAI戦略が岐路に立たされており、Siriの進化とSafariのAI統合が「失敗か成功か」の二択に直面していると指摘 。

🧠 背景と分析

✅ なぜ今、Perplexityなのか?

  • 評価額140億ドル のPerplexityは、ChatGPTやGoogle Geminiに迫る勢いで、若年層に支持されるAI検索エンジン 。
  • Siri や Apple Intelligence と比べ、即戦力としての性能・知名度ともに抜きん出ています  。

⚖️ Googleとの関係はどうなる?

  • AppleはGoogleに毎年約200億ドル支払い、Safariのデフォルト検索エンジンに設定。その契約は米司法省の独占禁止訴訟により見直し圧力がかかっています  。
  • AI検索への舵を切ることで、収益モデルの多角化やユーザーの利便性向上を狙っています。

🏁 他企業の動き

  • Meta:以前買収を試みた後、総額148億ドルでScale AIに出資  。
  • Samsung:既にPerplexityと提携交渉中で、Galaxy端末へのプリインストールなど報道あり  。

🧩 現状まとめ

ポジション状況
Apple内部で初期協議済。正式なオファーは未実施。Safari/Siri統合を視野に。
Perplexity買収交渉について「認識なし」と公式否定。
GoogleSafariデフォルト維持からAI検索転換で株価に影響。
競合他社Meta→Scale AI、Samsung→Perplexity連携が進行中。

💡 今後の注目点

  1. 公式アナウンスの有無  AppleまたはPerplexityからの正式声明・コメント発表をチェック。
  2. 独禁法裁判の行方  裁判次第ではGoogleとの契約が打ち切られ、Perplexity導入の動きが加速する可能性。
  3. Safari実装の実態  iOSやmacOSのアップデートで、Perplexityが選択肢に入るかどうか注目。
  4. 他社の提携進行  特にSamsungとの合意内容が示されると、Appleの後手が明らかに。

✨ 終わりに

AppleがPerplexityを買収すれば、それは年間200億ドル規模のGoogle依存からの脱却を意味します。SiriやSafariが強力なAI検索エンジンに進化すれば、ユーザー体験・収益構造ともに大きな転機となるでしょう。今後のアップル株の動きや、他社との提携競争にも注目です。

📚 参考文献リスト

Appleも参入──AIが切り拓く半導体設計の未来

2025年6月、Appleがついに「生成AIをチップ設計に活用する」という方針を打ち出しました。ハードウェア部門の責任者であるジョニー・スロウジ(Johny Srouji)氏は、既存の設計プロセスの課題を指摘しつつ、「AIはチップ設計における生産性を大きく向上させる可能性がある」と語りました。

Appleは、SynopsysやCadenceといったEDA(Electronic Design Automation)大手のAIツールと連携する形で、将来的には設計の初期段階から製造準備までの自動化を視野に入れているとのことです。

チップ設計の複雑化とAI活用の必然性

Appleの発表は決して突飛なものではありません。むしろこの数年で、チップの設計・製造にAIを導入する動きは急速に広がってきました。

ナノメートルスケールでの設計が求められる現代の半導体業界では、人間の手だけでは最適化が難しい領域が増えてきています。具体的には、次のような作業がボトルネックになっています:

  • 数百万個のトランジスタ配置(フロアプラン)
  • 消費電力・性能・面積(PPA)のトレードオフ
  • タイミングクロージャの達成
  • 検証作業の網羅性確保

こうした高難度の設計工程において、機械学習──特に強化学習や生成AI──が威力を発揮し始めています。

SynopsysとCadenceの先進事例

EDA業界のトップランナーであるSynopsysは、2020年に「DSO.ai(Design Space Optimization AI)」を発表しました。これは、チップ設計の中でも特に難しいフロアプランやタイミング調整を、AIに任せて自動最適化するという試みでした。

SamsungはこのDSO.aiを用いて、設計期間を数週間単位で短縮し、同時に性能向上も実現したと報告しています。Synopsysはその後、設計検証用の「VSO.ai」、テスト工程向けの「TSO.ai」など、AIプラットフォームを拡張し続けています。

Cadenceもまた「Cerebrus」などのAI駆動型EDAを開発し、チップ設計の一連のプロセスをAIで強化する路線を取っています。さらに最近では、「ChipGPT」なる自然言語による設計支援も開発中と報じられており、まさにAIを設計の第一線に据える姿勢を明確にしています。

Google・DeepMindの研究的アプローチ

一方で、GoogleはDeepMindとともに、AIを用いた論文レベルの研究も行っています。2021年には、強化学習を用いてトランジスタのフロアプランニングを自動化するモデルを発表し、同社のTPU(Tensor Processing Unit)の設計にも応用されているとされています。

人間設計者が数週間かける設計を数時間でAIが行い、しかも性能面でも同等以上──という結果は、チップ設計の常識を覆すものでした。

オープンソースの潮流──OpenROAD

また、米カリフォルニア大学サンディエゴ校を中心とする「OpenROAD」プロジェクトは、DARPA(米国防高等研究計画局)の支援のもとでオープンソースEDAを開発しています。

「24時間以内にヒューマンレスでRTLからGDSIIまで」を掲げ、AIによるルーティング最適化や自動検証機能を搭載しています。業界の巨人たちとは異なる、民主化されたAI設計ツールの普及を目指しています。

AppleがAIを導入する意味

Appleの発表が注目されたのは、同社がこれまで「社内主導・手動最適化」にこだわり続けてきたからです。Apple Siliconシリーズ(M1〜M4)では、設計者が徹底的に人間の手で最適化を行っていたとされています。

しかし、設計規模の爆発的増加と短納期のプレッシャー、競合他社の進化を前に、ついに生成AIの力を受け入れる方針へと舵を切った形です。

これは単なる設計支援ではありません。AIによる自動設計がAppleの品質基準に耐えうると判断されたということでもあります。今後、Apple製品の中核となるSoC(System on Chip)は、AIと人間の協働によって生まれることになります。

今後の予測──AIが支配するEDAの未来

今後5〜10年で、AIはチップ設計のあらゆるフェーズに浸透していくと予想されます。以下のような変化が考えられます:

  • 完全自動設計フローの実現:RTLからGDSIIまで人間の介在なく生成できるフローが実用段階に
  • 自然言語による仕様入力:「性能は◯◯、消費電力は△△以下」といった要件を英語や日本語で指定し、自動で設計スタート
  • AIによる検証とセキュリティ対策:AIが過去の脆弱性データやバグパターンを学習し、自動検出
  • マルチダイ設計や3D IC対応:複雑なダイ同士の接続や熱設計もAIが最適化

設計者の役割は、AIを監督し、高次の抽象的要件を設定する「ディレクター」のような立場に変わっていくことでしょう。

最後に──民主化と独占のせめぎ合い

AIによるチップ設計の革新は、業界の構造にも影響を与えます。SynopsysやCadenceといったEDA大手がAIで主導権を握る一方、OpenROADのようなオープンソースの流れも着実に力をつけています。

Appleが自社設計をAIで強化することで、他社との差別化がより明確になる一方で、そのAIツール自体が民主化されれば、スタートアップや大学も同じ土俵に立てる可能性があります。

AIが切り拓くチップ設計の未来。それは単なる技術革新ではなく、設計のあり方そのものを再定義する、大きなパラダイムシフトなのかもしれません。

用語解説

  • EDA(Electronic Design Automation):半導体やチップの回路設計をコンピュータで支援・自動化するためのツール群。
  • フロアプラン:チップ内部で回路ブロックや配線の物理的配置を決める工程。
  • PPA(Power, Performance, Area):チップの消費電力・処理性能・回路面積の3つの最重要設計指標。
  • タイミングクロージャ:回路の信号が制限時間内に確実に届くように調整する設計工程。
  • RTL(Register Transfer Level):ハードウェア設計で使われる抽象レベルの一種で、信号やレジスタ動作を記述する。
  • GDSII(Graphic Design System II):チップ製造のための最終レイアウトデータの業界標準フォーマット。
  • TPU(Tensor Processing Unit):Googleが開発したAI処理に特化した高性能な専用プロセッサ。
  • SoC(System on Chip):CPUやGPU、メモリコントローラなど複数の機能を1チップに集約した集積回路。
  • マルチダイ:複数の半導体チップ(ダイ)を1つのパッケージに統合する技術。
  • 3D IC:チップを垂直方向に積層することで高密度化・高性能化を実現する半導体構造。

参考文献

WWDC25で明らかになったAppleプラットフォームの進化

WWDC25のプラットフォーム向け発表では、Apple製品のソフトウェア全体が一大アップデートを迎えました。特に「Liquid Glass」という新デザイン言語の導入は最大規模の刷新と言えますが、これ以外にもApple Intelligence(AI機能)の拡張、開発ツールやプログラミング言語の進化、visionOSの強化、ゲーム関連技術の充実、SwiftUIの新機能追加など、多岐にわたる発表が行われました。本記事ではそれらのポイントを整理し、わかりやすく解説します。

Liquid Glassデザインの刷新

Appleは新しいソフトウェアデザインとして「Liquid Glass」を発表しました。これはガラスのような光学特性と流動性を兼ね備えたソフトウェア素材で、アプリのUI要素に新たな深みと透明感をもたらします 。たとえば、ボタンやスイッチ、スライダーといった小さなコントロールから、ナビゲーション用のタブバーやサイドバーなど大きな要素まで、液体状のガラス素材が画面上で浮かび上がるように表示されます。Liquid Glassは周囲の光を反射・屈折し、背景のコンテンツを透かして「新たなレベルの活力」を演出しつつ、コンテンツへの注目を高めるデザインとなっています 。また、ダーク/ライトモード環境に応じて色調がインテリジェントに変化し、必要に応じて要素が拡大・縮小するなど動的に振る舞うことで、ユーザーの操作に合わせて柔軟に表示が変化します。

  • 新素材の特徴: 「Liquid Glass」はガラスの光学特性と流体的な感覚を組み合わせたデザインマテリアルで、従来のフラットなUIに透明感と奥行きを追加します 。
  • 幅広い適用範囲: ボタンやスライダーなどの小さなコントロールから、タブバーやサイドバーなどの大きなナビゲーション要素まで一貫してLiquid Glassが適用され、統一感のある外観になります 。
  • アイコン・ウィジェット: ホーム画面やロック画面のアイコン・ウィジェットも新しいクリアなデザインに更新されます。iPadでは「ロック画面やコントロールセンターで体験全体に活力がもたらされる」と説明されています 。さらに専用の「Icon Composer」アプリが提供され、レイヤーやハイライトを組み合わせたLiquid Glassスタイルのアイコンを簡単に作成できるようになります 。
  • 開発者への影響: SwiftUIなどのネイティブUIフレームワークはLiquid Glassデザインをサポートし、既存アプリでもコードをほとんど変更せずに新デザインを取り入れられます 。たとえば、タブバーが自動的に浮いたスタイルになるなど、多くの要素がOSレベルでアップデートされ、再コンパイルするだけで新しい外観を得られます 。

Apple Intelligenceの統合

AppleはAI機能(Apple Intelligence)も大幅に強化しました。まず開発者向けには、デバイス上で動作する大規模言語モデルへのアクセスを提供する「基盤モデルフレームワーク」を発表しました 。このフレームワークを使うことで、アプリ内でオフライン・プライバシー保護されたAI推論機能を無料で利用できるようになります 。Swiftにネイティブ対応しており、わずか3行のコードでApple Intelligenceのモデルにアクセス可能、生成的な文章作成やツール呼び出しなどの機能も組み込まれているため、既存アプリに高度なAI機能を簡単に追加できます 。実例として、日記アプリ「Day One」ではこのフレームワークを利用し、ユーザーのプライバシーを尊重しながらインテリジェントな支援機能を実現しています 。

  • 基盤モデルフレームワーク: 「Apple Intelligenceをベースに、無料のAI推論を利用して、インテリジェントでオフラインでも利用できる新たな体験を提供する」フレームワークが追加されました 。これにより、メモやメールなどのアプリでユーザーの入力をAIで拡張したり、自動要約や文脈理解機能などを組み込んだりすることが可能になります。
  • XcodeとAI: Xcode 26ではChatGPTなどの大規模言語モデルが統合されており、開発者はコード生成やテスト生成、デザインの反復、バグ修正などのタスクでAIを活用できます 。APIキーを使って別のモデルを利用したり、Appleシリコン上でローカルモデルを動かすこともでき、ChatGPTはアカウントなしですぐに利用可能です 。
  • その他のAI機能: ショートカット(Automation)からApple Intelligenceを直接呼び出す機能が追加され、翻訳や画像解析などのAI機能がより身近になります 。また、Apple製品全体では翻訳やビジュアル検索、絵文字生成(Genmoji)などエンドユーザー向け機能も強化されています 。

Xcode 26とSwift 6.2

開発環境も大きく進化しています。Xcode 26では前述の大規模言語モデル統合に加え、開発効率を高めるさまざまな機能が加わりました。たとえばCoding Toolsという機能では、コードのどこからでもプレビューやテスト生成、問題解決などの提案をインラインで受けられ、コーディングの流れを中断せずに作業できます 。また、音声コントロールが強化され、音声でSwiftコードを入力したり、Xcode操作を行ったりできるようになりました 。

  • LLM対応: XcodeにChatGPTなどのLLMがビルトインされ、外部APIやローカルモデルも利用可能に 。AIによるコード生成・ドキュメント作成・バグ修正支援がIDE内部でシームレスに利用できます。
  • ユーザーインタフェース: Xcode 26ではナビゲーションUIの再設計やローカリゼーションカタログの改善など、開発者の作業効率を高める細かな改良も行われています 。
  • Swift 6.2: プログラミング言語Swiftも6.2に更新され、パフォーマンスと並行処理機能が強化されました 。特に、C++やJavaとの相互運用性が向上し、オープンソースの協力でWebAssembly対応も実現しています。また、従来Swift 6で厳格になった並行処理の指定も簡素化され、モジュールやファイル単位でmain actor実行をデフォルト設定できるようになりました 。
  • 新ツール: ContainerizationフレームワークによりMac上でLinuxコンテナが直接動作可能になり、Windows環境からリモートのMacでMac向けゲーム開発を行えるMac Remote Developer Toolsなども提供されます 。加えてGame Porting Toolkit 3Metal 4など、ゲーム開発向けのツール・ライブラリも刷新され、より高度なグラフィックと機械学習のサポートで次世代ゲーム開発を支援します 。

visionOS 26とゲーム関連技術

Apple Vision Pro向けのOS「visionOS」も26にアップデートされ、空間体験やゲーム機能が強化されました。ウィジェットを空間内に固定表示できるようになり、物理空間に溶け込むインタラクションが可能になります。さらに生成AIを使って写真にリアルな奥行きを加えた「空間シーン」や、ユーザーのアバター「Persona」の表現強化などでより没入感が高まっています 。同じ部屋にいる他のVision Proユーザーと空間体験を共有し、3D映画を一緒に観たり、共同作業したりできる機能も追加されました 。

  • 空間体験の拡張: ウィジェットが空間に固定されるようになり、環境に合わせた自然な表示が可能です 。また、360度カメラや広角カメラからの映像に対応するほか、企業向けAPIによりカスタムの空間体験をアプリに組み込めます 。
  • 共有機能: Vision Pro同士でコンテンツを共有し、3Dムービー視聴や空間ゲームプレイ、遠隔地の参加者を交えたFaceTimeなどが楽しめます 。
  • ゲームサポート: PlayStation VR2のSenseコントローラに対応し、より没入感の高い新ジャンルのゲーム体験が実現します 。同時に、Game Porting ToolkitMetal 4の強化も進められ、MacでもPC/コンソール向けゲームの移植・開発が容易になっています 。

SwiftUIの新機能

UIフレームワークSwiftUIにも多くのアップデートがあります。前述のLiquid GlassデザインはSwiftUIコンポーネントにも組み込まれ、ツールバーやタブバー、検索フィールドなどにガラス状のエフェクトが適用できます 。検索フィールドはiPhoneでは画面下部に表示されるなど、操作性の向上が図られました 。さらに、Webコンテンツ埋め込みやリッチテキスト編集、3D空間でのビュー配置など、高度な表現機能が追加されました 。フレームワーク自体のパフォーマンスも改善され、新しいインストルメント(計測ツール)により効率的に最適化できるようになっています 。

  • Liquid Glass対応: 多くのツールバー項目やタブバーがLiquid Glassスタイルになり、遷移時には形状が滑らかに変化します 。ツールバーアイテムには色付け(Tint)が可能になり、コンテンツスクロール時にはツールバーにブラー効果が自動適用されるようになりました 。
  • レイアウト・検索: searchable モディファイアの変更なしで、iPhoneでは検索フィールドが下部に表示されるデザインに切り替わります 。タブアプリでは検索タブが分離され、検索タブがフィールドにモーフィングする新しい挙動になりました 。
  • 新機能: WebViewを使わずにWebコンテンツを表示できる組み込みビューや、リッチテキスト編集機能が追加されました 。加えてSwiftUIで3D空間上にビューを配置する機能も導入され、空間アプリ開発がサポートされます 。

今後の展望

WWDC25で示された新機能群は、Appleプラットフォーム全体の一体化と進化を強く印象づけるものです。Liquid GlassがOSの隅々に浸透することで、ユーザー体験はより直感的で美しいものになります。同時に、Apple Intelligenceの統合やXcodeのAI強化、visionOSやゲーム技術の充実により、開発者はこれまで以上に先進的なアプリを生み出す機会を得ました。各プラットフォーム間で共通化されたデザインや新たなAPIを活用すれば、質の高い体験を短時間で実現できるでしょう。今後のOS更新とツールの公開が待ち遠しい限りです。

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