2025年11月、調査会社 Gartner は、米国を除く政府機関のCIOを対象とした最新の調査結果を発表しました。調査によれば、回答した政府CIOのうち 52% が 2026年に IT 予算を増やす予定であると答えており、これは経済的な制約があるなかでも公的部門における IT 投資の拡大が優先されていることを示すものです。
特に、投資が見込まれている技術分野としては「サイバーセキュリティ」「AI」「ジェネレーティブ AI」「クラウド プラットフォーム」が挙げられており、これらは単なるハードウェア更新にとどまらず、行政サービスの変革や運用効率化を目的とした戦略的投資であることがうかがえます。
このような調査結果は、単に予算の増額という数値以上の意味を持ちます。すなわち、世界の政府機関が「デジタル行政」「公共サービスのモダン化」「AI/データを活用した行政運営の効率化」に本格的に舵を切っている──そうした潮流を象徴するものと言えるでしょう。
本記事では、この Gartner の発表を出発点に、なぜ各国政府は今、IT への投資を増やすのか、その背景や狙いを探りながら、行政サービスの未来像とそれがもたらす可能性やリスクを多角的に分析します。
調査詳細と主なデータポイント
2025年11月に公表された Gartner による報告によれば、米国を除く各国の政府機関に所属するCIO(Chief Information Officer)を対象にした調査で、回答者の 52% が「2026年に IT 予算を増やす予定」であると答えました。
この調査では、単なるハードウェア更新や保守コストの補填ではなく、今後の政府IT投資の中心が「AI やクラウド、サイバーセキュリティなど、いわゆる “モダン IT インフラおよび次世代技術” への重点投資」であることが強調されています。具体的に、CIO が関心を寄せている技術分野としては以下が挙げられています。
- サイバーセキュリティ
- AI(人工知能)/ジェネレーティブAI
- クラウドプラットフォーム
Gartner の分析によれば、こうした分野への投資は、将来の行政サービスの提供手段そのものの刷新、デジタルサービスの展開、および運用効率とセキュリティの強化を兼ねており、もはや “オプション” ではなく “戦略的必須” となっていることがうかがえます。
また、Gartner 全体の市場予測としては、2026年には世界の IT支出が前年比約 9.8% 増加し、過去最高の 6.08 兆ドルに達する見通しとされています。
このマクロな潮流の中で、公共部門(政府機関)が IT 投資を拡大すると回答した 52% は、政府/公共機関がグローバルな技術トレンドと同様に“デジタル・モダニゼーションの波”に乗ろうとしていることを示す重要な指標といえます。
ただし、この報告には留意点もあります。Gartner の「CIOアジェンダ 2026」レポート自体は、企業向け CIO を含むグローバルな管理職層全体を対象としており、政府機関専用の詳細内訳や、国別/地域別の比較データまでは公開されていません。
そのため、「52%」という数字はあくまで“政府CIO の回答者の過半数”を指すにすぎず、各国の財政状況、行政システム、法制度、国民の期待、政治的判断などによって、実際の予算配分や導入状況には大きなばらつきがある可能性があります。
本節で示したデータは、あくまでも「今、グローバルな政府機関レベルで IT 投資に対する意欲が高まっている」という傾向を示す予備的な指標である、という点をご理解いただきたいと思います。
なぜ政府は IT 予算を増やすのか — 背景分析
Gartner の 2025 年調査によると、米国を除く政府機関の CIO のうち 52% が 2026 年に IT 予算を増やす予定であると回答しています。 なぜ、このような「財政的制約があるにもかかわらず IT 投資を拡大する」という決断が、各国政府で見られているのでしょうか。その背景には、複数の構造的・技術的要因があると考えられます。
技術的要求および運用リスクの変化:サイバーセキュリティとレジリエンスの必要性
近年、ネットワーク、データ、接続システムを狙ったサイバー攻撃および脅威の急激な拡大が報告されており、従来型の防御手段では対応が難しくなっています。 この文脈において、政府機関にとって「セキュリティ強化およびレジリエンス (回復力) の確保」は、もはやオプションではなく必須課題です。
実際、調査対象の政府 CIO のうち 85%が「サイバーセキュリティ」を次年度の重点投資分野にあげており、AI/クラウドと並んで優先度の高い技術とされています。 こうした傾向は、単なる新規サービスの展開ではなく、既存の公共インフラと行政運営の「安全性・継続性」を維持・強化する必要性の高まりを反映しています。
公共サービスのモダン化と市民ニーズの変化
近年、国や地方における行政サービスに対して、市民 (国民) からの利便性要求やサービスの質向上、迅速性の期待が高まっています。多様な行政手続きや公共サービスのデジタル化、オンライン化、さらにはデータや AI を活用したサービス提供が、“当たり前” として求められる時代になりつつあります。
Gartner の調査では、政府 CIO の約 38%が「新しいデジタルサービスの立ち上げ」を、約 37%が「市民 (住民) 体験 (citizen experience) の改善」を 2026 年の重点目標としています。 これは、行政サービスのモダン化および市民の利便性向上が、IT 投資の主目的のひとつであることを示しています。
また、人口構造の変化、地方自治体の人材不足、行政手続きの煩雑さなど、既存の制度運用には構造的な課題があり、これらを技術で補完・改善する必要性が高まっていると考えられます。そうした制度的・社会構造的な変化に対応するため、IT 投資による “サービスの質と効率の両立” を目指す流れがあると見えます。
AI/クラウド技術の成熟と運用効率の追求
現在、AI やクラウド、ジェネレーティブ AI といった先端技術が急速に成熟し、公共部門でも実用化に向けた技術基盤が整いつつあります。Gartner の調査でも、80%が「AI」および「ジェネレーティブ AI」、76%が「クラウド プラットフォーム」を重点投資分野にあげています。
こうした技術は、行政内部の業務効率化、プロセス自動化、データ駆動型政策立案、運用コスト削減などに寄与する可能性があります。特に、過去数年でのデジタル化の蓄積と技術成熟により、適切に設計された AI/クラウド基盤を導入すれば、持続可能かつ拡張性の高い行政インフラの構築が可能です。
Gartner のアナリストも、「CIO は限られたリソースの中で従業員生産性を高め、内部効率を改善する AI イニシアチブを優先すべきだ」と指摘しています。 これはつまり、IT 投資が単なる性能アップや新サービスのためだけではなく、行政運営の “スリム化と質の向上” を目的とした戦略である、ということです。
地政学・デジタル主権の観点:ベンダー選定と技術供給網の見直し
もうひとつ見逃せない背景として、地政学リスクやデジタル主権 (digital sovereignty) の問題があります。近年、国と地域は、技術ベンダーの所在地、サプライチェーン、データ管理・保護、依存関係などに対する慎重な見直しを進めており、公共部門でもその動きが顕著です。
Gartner の調査では、55%の政府 CIO が「テックベンダーとの関係性 (ベンダー選定) の見直し」を来年の重要テーマとしてあげており、地域内ベンダーとの協調を検討する回答者も 39%にのぼると報告されています。
これは、単なるコストや機能性だけでなく、技術供給の安定性、主権、将来の運用リスクを見据えた投資判断であると解釈できます。
以上を踏まると、Gartner の報告で示された「IT 予算増加」という数値の裏には、単なる“流行”や“最新技術への興味”ではなく、公共サービスの信頼性・安全性の確保、行政運営の効率化とモダン化、市民サービスの質向上、そして地政学リスクへの備えといった、複数の構造的課題とニーズが重層的に存在すると言えます。
次節では、このような背景から、実際に「どのような改善軸 (住民サービス、連携、分析/AI活用)」が想定されるかを具体的に見ていきます。
三つの改善軸から読み解く:住民サービス・連携・高度化
Gartner の報告で示された政府 IT 投資の拡大は、単なる技術刷新にとどまらず、行政サービスの質・効率・対応力を根本から変革する可能性を孕んでいます。ここでは、主に ① 住民向けサービスの改善、② 中央–地方および自治体間の連携強化、③ 行政の省力化およびデータ/AI を使った高度化 という三つの改善軸の観点から、この潮流を整理します。
① 住民向けサービスの改善 — 行政サービスのデジタル化と利便性向上
多くの国・地域で、国民/住民に対して「役所に出向かなくても手続き可能/オンラインで完結」の行政サービスを提供する需要が高まっています。政府がIT予算を増やす背景には、このような住民利便性の改善が重要な目的の一つと考えられます。
- 例えば、我が国では デジタル庁 が主導するデジタル行政の枠組みのなかで、行政手続きのオンライン化が明確に掲げられています。([turn0search13])
- こうしたオンライン化は、住民の利便性向上だけでなく、申請時の添付書類の簡素化、記入の手間の削減、窓口待ち時間の短縮などを通じて、行政手続きのハードルを下げる効果が期待されます。
- また、技術の進展(クラウド、AI、デジタルID など)によって、サービスの即時性、レスポンスの高速化、さらには24時間対応のシステムなど、従来の行政サービスでは難しかった “時間や場所に縛られない行政” の実現可能性も高まっています。
このように、IT 投資は「住民サービスの利便性とアクセシビリティの向上」という公共価値に直結する重要な基盤になり得ます。
② 中央–地方および自治体間の連携強化 — データ・申請・行政プロセスの横断的改善
複数の行政機関や地方自治体にまたがる手続きや情報管理は、従来、手続きの重複、データのサイロ化、手続きの煩雑さ、住民への負担増加など、多くの非効率を抱えてきました。政府の IT 投資拡大は、こうした構造的な問題を是正する機会にもなります。
- 日本では、 公共サービスメッシュ という国–地方および自治体間の情報連携基盤構想が進められており、行政機関が保有するデータを安全かつ円滑に共有・連携する仕組みが整備されようとしています。([turn0search0])
- この取り組みによって、例えば複数の行政手続きで同じ住民情報をあらためて入力する必要がなくなり、住民側の手続き負荷が軽減されるとともに、行政側でも事務処理の重複が削減されるメリットがあります。([turn0search2][turn0search6])
- 加えて、自治体内および自治体間でのデータ利活用や行政システムの標準化・共通化により、効率的な運用が可能となり、地方どうしの格差を抑えつつ全国的な行政サービスの質の底上げにつなげる道も開かれます。
このような連携強化は、中央–地方の分断を乗り越え、全国一律かつ高水準の行政サービスを実現するための重要な構造改革と位置づけられます。
③ 省力化およびデータ/AI活用による行政の高度化 — 内部効率化と政策立案力の強化
住民サービスや申請プロセスの改善だけでなく、行政の “中” の部分──すなわち業務プロセス、データ管理、政策立案や分析基盤──を高度化することで、政府全体の機能性と応答性を底上げすることが可能です。特にクラウドやAIなどを活用することで、“少ない人手で高い成果” を目指す運用が期待されます。
- 海外における公共部門の事例では、AI を利用して文書処理、問い合わせ応答、申請内容の審査、住民からの画像や提出資料の分析などを自動化/省力化することで、行政の内部業務効率と応答速度を劇的に改善している報告があります。([turn0search1][turn0academia31])
- また、データ活用基盤の整備により、地域経済、人口動態、インフラ状況、自然環境データなどを統合し、政策立案や公共サービスの改善に生かす取り組みも進んでいます。日本国内でも、 RESAS(地域経済分析システム)のようなプラットフォームを用いて、自治体の政策立案や地域振興に資するデータ分析が実行されています。([turn0search9][turn0search17])
- さらに、クラウドやサービス標準化(レガシーシステムのモダナイゼーション)は、維持コストの削減、スケーラビリティ確保、拡張性のある行政インフラの構築につながり、将来的な追加機能や新サービスの展開を容易にします。([turn0search3][turn0search18])
これらの取り組みによって、政府は限られたリソースで質の高い行政サービスと迅速な対応力を保持しやすくなり、「人員やコストを抑えつつ行政サービスを維持・強化する」というモデルの実現が近づいていると解釈できます。
🔎 三軸の統合的インパクト — 政府の機能変革と公共の信頼性向上
これら三つの改善軸は、互いに独立したものではなく、むしろ 包括的かつ相互補完的 な関係にあります。例えば、住民サービスのオンライン化が進み、さらに中央–地方のデータ連携基盤が整備されれば、行政サービスはより迅速かつ一貫性を持ったものになります。また、AI やデータ分析による業務効率化・政策立案の高度化は、行政の持続可能性と柔軟性を向上させます。
その結果として、政府はより少ない人的リソースで広範かつ高品質な行政サービスを提供できるようになり、住民の利便性、行政の透明性、全国の自治体間の整合性、そして政策の有効性・迅速性という多面的な価値を同時に追求できるようになります。
このように、Gartner が示す「政府 IT 予算の拡大」は、単なる設備更新ではなく、 行政構造全体を再設計し、公共サービスの質・効率・持続可能性を高めるための出発点 と見ることができます。次章では、さらに「大きな政府・小さな政府」という観点で、こうした変化がどのような意味を持つかを考察します。
「大きな政府・小さな政府」の視点から
近年、政府が拡充すべき機能(政策領域や公共サービスの範囲)はむしろ拡大傾向にある一方で、財政的・人的リソースの制約が厳しくなる中で、「どうやって賢く、効率よく政府機能を維持・発展させるか」が強く問われています。こうした状況において、いわゆる「大きな政府」の責任を果たしつつ、「小さな政府」でありえる構造――すなわち、少人数または最小限のリソースで広範な機能を効率的に回す ―― が、技術、特にデジタル技術/AI によって現実のものとなる可能性が浮上しています。以下、その論点を整理します。
デジタル技術と「小さな政府」の可能性
- Gartner の調査報告でも、政府機関が今後注力する技術として、AI/クラウド/サイバーセキュリティといった「モダン IT 技術」が挙げられており、51%の政府 CIO が「従業員生産性 (employee productivity) の向上」を目的に投資を拡大すると回答しています。
- また、一般的に、AI や自動化 (オートメーション) は、定型業務、書類処理、問い合わせ対応、データ集計など「人手を大きく割きやすい反復的/事務的作業」を効率化できるとされており、これによって「少ない人手で多くの処理量を捌く」ことが可能になる、という期待があります。
- こうした効率化は、単にコスト削減を目的としたものではなく、「政府が担うべき公共サービスや政策の範囲 (大きな政府の役割)」を維持・拡充しつつも、「運用のスリム化 (小さな政府の運営体制)」を両立させる「新しい政府モデル」の実現に資すると言えます。
この観点は、従来の「大きな政府 vs 小さな政府」という二者択一的な議論を刷新するものであり、技術によって「役割の広さ」と「実装効率」の両立を図るアプローチです。ある意味で、「大きな政府を維持しつつ、人員やコスト負荷を抑える」という折り合いを、デジタル化と自動化が可能にする、という発想です。
実務的な文脈:日本における政策表明
日本でも、デジタル庁 を通じた行政 DX において、AI 活用やデータ基盤整備を通じた行政運営の効率化・省力化が明示されています。たとえば、2025年の「デジタル行財政改革」の政策資料では、AI やデータ活用によって行政や産業の効率化・人手不足の克服、新たな価値創造を目指すことが明記されています。
政府関係者も、「役割 (ガバナンスやサービスの提供) は大きく保持しつつ、人的リソースは最適化する」――すなわち「リソースは小さな政府で、役割は大きな政府であるべき」という立場を示す場面があり、デジタル/AI をその実現手段と位置づけています。
つまり、日本においても「大きな政府・小さな政府」の二項対立ではなく、「広い責任と役割を維持しながら、効率的かつ持続可能な運営を目指す」というコンセプトが、デジタル政策の中心に据えられつつあります。
留意点とリスク — 自動化による限界と制度的な整備の必要性
ただし、この「デジタルによるスリム政府」が安易にうまくいくとは限りません。以下のような留意点があります。
- AI や自動化は万能ではなく、すべての業務が代替可能とは限りません。特に政策判断、行政判断、複雑なケースの対応、住民との対話や人間の裁量を要する場面などでは、人的関与が不可欠です。
- 技術導入には初期コスト、データ基盤整備、制度・組織の再設計、職員のスキル習得などが必要であり、単純に「人を削る → コスト削減」とはならない場合があります。
- また、自治体間、中央–地方間、あるいは住民–政府間での不平等 (デジタルデバイド)、プライバシーやガバナンス、透明性の問題など、制度的な配慮が欠かせません。自動化による効率化や省力化を追求するあまり、行政サービスの質や公平性が損なわれるリスクもあります。
つまり、「大きな政府・小さな政府」を技術で実現するには、技術導入だけでなく、それを支える制度設計、ガバナンス、人的要素の見直し、透明性確保が同時に求められます。
結論 — デジタル政府の新しい地平とその現実性
今回の Gartner の調査結果と、世界および日本国内におけるデジタル政策の動向を踏まえると、「大きな政府の責務を維持しながら、小さな人的・運用リソースで運営する」という“デジタル時代の新しい政府モデル”は、理論的にも現実的にも強く現実味を帯びています。
ただし、それが成功するかどうかは、単なる技術導入にとどまらず、制度・組織・ガバナンスの再構築、透明性と公共の信頼の確保、そして 人間が関与すべき領域と自動化すべき領域の適切な切り分け ができるかにかかっていると言えます。
この観点は、単なる IT 投資や行政効率化の話ではなく、これからの社会と公共のあり方そのものを問う、重要な視点であると考えています。
考察:日本における示唆と今後のポイント
デジタル庁 および国・地方自治体が進めてきた行政のデジタル改革の取り組みと、Gartner の最近の調査結果を照らし合わせると、日本においても、今後の公共サービスや行政運営のあり方に対して重要な示唆と、注意すべきポイントが浮かび上がってきます。
🌐 日本における現在の進捗:制度整備と共通基盤の整備
- デジタル庁はすでに、国と地方自治体の協調を前提とした共通基盤整備を進めており、たとえば「公共サービスメッシュ」によって、行政機関間および自治体内のデータ連携・共有の仕組みを構築しようとしています。これにより、情報の断片化を防ぎ、行政サービスの横断的な改善と効率化を可能にする土台が整いつつあります。
- また、国・地方あわせた「自治体デジタル・トランスフォーメーション推進計画」によって、自治体でのDX/デジタル化の方向性が明示され、行政手続きのオンライン化、システムの標準化・共通化、AI/RPAによる業務改善などが掲げられています。
- 2025年時点のデジタル庁の活動報告でも、行政のデジタル改革は「生活」「事業・地域」「行政」の各領域で進展しており、行政の効率化、利便性の向上、制度基盤の整備といった成果が挙げられています。
これにより、日本ではようやく「制度としてのDX」「共通基盤としてのITインフラ」「国–地方間の協調体制」が整備されつつあり、Gartner の示すような「公共部門での本格的なIT投資拡大の国際的潮流」を受け入れる土台が構築されつつあると言えます。
📈 示唆される可能性:機能を維持しつつ効率化/持続性の確保
Gartner の調査結果を踏まえると、日本においても次のような可能性が開かれていると考えられます。
- 共通基盤・データ連携の整備と、AI/クラウドなどモダン技術の導入により、行政の省力化・効率化が進み、少ない人的リソースで必要なサービスを提供し続ける「持続可能な行政モデル」が現実味を帯びる。
- 住民サービスのオンライン化、行政手続きの簡素化、窓口負荷の軽減などを通じて、国民にとって利便性の高い行政サービスが提供されやすくなる。特に、高齢化・少子化、人口減少、地方自治体の人材不足といった構造的課題を抱える日本では、こうした効率化の重要性は高い。
- また、データを活用した政策立案や、自治体間/国–地方間の横断的なデータ共有によって、従来よりも迅速かつ柔軟な行政対応や政策対応が可能になる。これにより、災害対応、社会保障、地域振興、人口移動、産業振興など、多様な行政分野で改善の余地が広がる。
こうした点は、「機能としての大きな政府」を維持しつつ、「運営としての小さな政府(効率的で持続可能な体制)」を追求するうえで、有望な方向性を示していると言えます。
⚠️ 注意すべき課題と限界:導入の遅れとデジタルギャップ
ただし、日本の現状には複数の課題と限界も存在します。
- OECD が発表する「デジタル政府指数 (Digital Government Index)」において、日本は先進国の中で評価が高くなく、行政データ共有・利活用、オンラインサービス提供といった面で遅れが指摘されています。
- 実際、行政手続きのオンライン化率はそれほど高くなく、また自治体ごとにDXの進捗状況にばらつきがある状況です。地域によっては旧来型の運用やレガシーシステムが残ったままであり、改革の浸透と均一化には時間がかかる可能性があります。
- また、デジタル化・自動化を進めるには単なる技術導入だけでなく、制度設計、人材育成、運用体制、ガバナンス、プライバシー・セキュリティの担保、住民への周知など、包括的な改革が必要です。特に自治体や地方では人的・予算的な制約が強く、デジタル改革が形骸化したり、部分導入にとどまるリスクがあります。
- さらに、技術への期待が大きいほどに、既存の制度設計や法制度、行政慣行の見直しが追いつかず、改革の足かせとなる可能性があります。例えば、紙文化・対面手続き重視、既存システムとの互換性、住民のITリテラシーやアクセス環境など、制度的・社会的なハードルは依然として残ります。
つまり、日本において「デジタル政府」の実現は、技術導入だけでなく、多面的な制度・運用・社会の調整を伴う長期的なチャレンジであると言えます。
🔮 今後の注目すべきポイント
以上を踏まると、今後日本で注目すべき論点・進展ポイントは以下のように整理できます。
- 共通基盤と標準化の徹底 公共サービスメッシュ、ガバメントクラウド、共通システム等、国–地方連携と基盤整備を進め、自治体間のバラツキを減らす。
- 現場への浸透と人材育成・運用体制の構築 制度設計だけでなく、自治体職員のデジタルスキル育成、運用体制の整備、住民への啓発・サポート体制。
- 透明性・ガバナンス・プライバシー対策の強化 データ利活用やAI導入において、個人情報保護、説明責任、公正性を担保する制度設計。
- 段階的かつ持続的な改革アプローチ 単発的/断片的な導入にとどまらず、長期ビジョンの下で段階的に標準化・共通化・拡張可能な仕組みづくり。
- 住民ニーズ・地域差への柔軟な対応 全国一律のシステム化だけでなく、地域特性や住民環境を踏まえた柔軟なサービス設計と提供。
おわりに
本記事では、Gartner が2025年11月に公表した調査結果を起点に、政府機関における2026年のIT予算増加の見通しと、その背景、そして改善の方向性について多角的に整理してまいりました。調査では、米国を除く政府CIOの52%がIT予算の増額を予定すると回答し、投資の中心として「サイバーセキュリティ」「AI/生成AI」「クラウドプラットフォーム」などの先端技術領域が高い割合で挙げられました。
この結果が示す最も重要なポイントは、IT投資がもはや単なる業務支援ツールや設備更新の費用ではなく、行政サービスの近代化、市民体験の向上、そして行政運営そのものの効率と継続性を高めるための戦略的な基盤投資として位置づけられている、という点であります。特に、従業員生産性の向上や新たなデジタルサービスの立ち上げ、住民サービスの改善が重点とされているというデータは、公共部門でのITが、サービス改革と運用効率の両立を意図したものであることを物語っています。
また、日本においてもデジタル庁の設置(2021年)以降、行政DXの制度整備、クラウド優先の原則、データ連携基盤の構築、生成AIの利用ガイドラインの公表(2025年)など、“全国規模のデジタル行政インフラと協働体制の整備”が段階的に進展しています。その意味で、今回の Gartner 調査が描く潮流は、日本の目指す方向性とも十分に整合し得るものと言えます。
一方で、AIやクラウド、自動化による省力化には、制度・組織・人材・ガバナンスの再構築が同時に求められることも事実です。技術への期待が増すほどに、行政の説明責任、公正性、プライバシー・セキュリティの担保、デジタルデバイド対策など「人間が果たすべき領域と技術が補完すべき領域の適切な切り分け」が重要となります。
Gartner の調査結果は、各国政府をはじめ公共部門のITが、新たな局面――すなわち 役割としての大きな政府と、運用としてのスリムさを両立させる新しい行政モデルの模索フェーズ へと入りつつあることを示す、ひとつの象徴的指標となりました。
日本の行政組織と自治体にとっても、今回の数字は“国際的なデジタル投資意欲の高まり”以上の意味を持ち、持続性と柔軟性、そして公共の信頼性を兼ね備えた未来の行政インフラ設計へ向かう次の一歩をどう実装していくかが問われる時期が近づいている、という現実を改めて浮かび上がらせたと言えるでしょう。
今後も、中央政府と地方が協調しながら、共通基盤の整備・人材育成・制度設計・ガバナンス強化を推進し、国民と住民の利便性、行政の効率、そして政策運用の高度化という三つの公共価値を同時に実装していくフェーズ へと進んでいくことが期待されます。
このような変革の現在地と展望を読み解くことができた点で、本調査は今後数年の行政IT戦略の意思決定や投資動向において、重要な参照軸のひとつになり得るものであると認識しております。
参考文献
- Gartner Survey Reveals 52% of Government CIOs Outside of the U.S. Expect IT Budgets to Increase in 2026
https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2025-11-26-gartner-survey-reveals-52-percent-of-government-cios-expect-it-budgets-to-increase-in-2026 - 公共サービスメッシュ
https://www.digital.go.jp/policies/public_service_mesh - 行政手続のオンライン化
https://www.digital.go.jp/policies/administrative_procedures_online - 2025年デジタル庁活動報告
https://www.digital.go.jp/policies/report-2025 - 地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化
https://www.digital.go.jp/policies/local_governments - デジタル社会の実現に向けた重点計画
https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program
